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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

永久就職先が、決まりましたね。一言どうぞ「は?」

作者: 鼻息

 助けて、と声が聞こえた気がした。

 だけれど、普段マスミは、そんな声に答えることなどしない。だって怖いじゃないか。何が出来る訳でもない、普通の人間なのだから。


 だけれど、たまたまマスミのカバンには、制汗スプレーとライターがある。


(なんかあってもいける気がする)


 その時、マスミは、少し疲れていた。なぜだか見覚えのない、書類のミスを散々上司に罵倒されたので。剥げろと呪いながら、コンビニで必要もないライターを購入した。


「助け、て」


 泣きながら、手を伸ばす女。美しい、青の目。その背を押さえつけるように、巨大な犬が乗っている。野犬だろうか。え? いやデカ過ぎる。


「ワタシは通りすがりの魔法使い」


 独り言を呟き、死んだ目で、ライターを点火した。制汗スプレーを噴射する。勢い良く上がる炎。予想外にデカ、いや正当防衛正当防衛。


 巨大な犬は、身軽に飛び退いた。青の目は、驚きに見開かれている。とりあえず、ライターの点火スイッチが固いので、手っ取り早く、犬に向かっていく。迅速に追い払わないと、指が死ぬ。あと、何回もプッシュしている制汗スプレーの残量も気になった。これ、昨年買った奴なんだよな。


「逃げれば?」

「……はい! ありがとうございます!」


 涙に揺れる顔は、若い。もしかしたら十代位かもしれない。夜道には、もう少し気を付けてね。まあ、誰も夜道で巨大な犬に襲われるとは想定しないだろが。


 ドタドタと、走り去る音を聞き、急いでスプレーを警戒しながらも去らない犬目掛けて投げた。今日のマスミは、強力なバフがかかっているようで、犬の眉間にクリティカルヒットした。嘘だろ、もしかして、上司の…。

 罵倒か。罵倒の力か。心が死にそうになりながら、鞄からこれまた普段持ち歩かない、カラーボールを取り出し投げ付ける。腐った卵のような悪臭を放つそれは、見事に奴の鼻に当たった。必中とかのバフがかかっていそうだ。だって、マスミは、ノーコンである。


 キャイン! とやたら声は可愛く悲鳴をあげて、犬は逃げた。マスミも逃げた。カラーボールの色が散った地面や、転がったスプレー、吠える近隣の犬、サイレンの音。絶対これ、ヤバい奴だわと悟ったので。スプレーは、拾ってとっとこ逃げる。通りすがりの魔法使いは、現場を後にした。




 翌日。

 どうにも夢見が悪くて、寝坊。さらに、強化バフ(BATOU)を上司にかけてもらいつつ、マスミは、思った。転職したい。





 シスの母は、半異世界人だ。昔、異世界召喚されたじいさんにばあさんが惚れ込んで、帰るときについて来たらしい。それが、明治だかなんだかの話。

 シスの祖母は、やんごとなき血筋だったかなんかしたようで、母は、事あるごとに命を狙われていた。

 らしい。

 母、いわく。


「通りすがりの火炎魔法使い様が助けてくださったのよ! この世界にも魔法使いはいるのね!」


 父、いわく。


「母さんは、夢み勝ちな所があるから、魔法使いの話題が出たら突っ込んではいけないよ」


 まあ、つまり、この世界かはともかく、常識的に、小型火炎放射機とかをその助けた男が携帯していた話になるわけだが、そんな何処の世紀末かという装備の奴は、現代日本の中にはいない。いないのだが、


「いよう、おじょう」

「……」

 欠伸をしながら、登校中のシスによってくる、色黒の派手なチンピラ。


 彼、いわく。

「俺、元暗殺者。今お前の母ちゃんの従僕獣。で、火炎の魔法使いを探してる」


 らしい。

 彼のせいで、シスは、どこぞの組のお嬢様説が何度も学校で上がっていた。その度、あれは、従兄弟だの親族だの誤魔化してきたが、中学三年になって、もう卒業だしいっかと放置している。親しい友人は、そっと「今、あんたの従兄弟凄腕のアサシンで、あんたは、代々古い血筋を継ぐ姫様になってるわ」と尾ひれ背鰭を教えてくれた。

 おい、誰か中2を卒業出来ていない奴がいるぞ。高校デビューは大丈夫か?


「もう、送り迎えいいっていったじゃん」

「いや、もうそろそろ、返した呪詛で、先代がおっちんで、新たなお家騒動が起こるころだからな」

「勘弁して…」


 こっちは、受験生だぞ?


 と、そこで、背後から。





 助けてー!


 尋常ではない叫び声がする。三徹の頭に深刻な被害。おい、昼間だぞ。落ち着けよ。


 十五年前転職に失敗したマスミは、現在フリーターである。最近、母は、諦めた目で、もうあんた男でもいいからパートナー連れてくる甲斐性くらい持って。とかぶつぶつ言いはじめた。お願い、気付いて。甲斐性という言葉は、フリーター(39)には、荷が重い。


「だってあんた、そのまま行けば孤独死まっしぐらじゃない。どんな形でも、家族がいればましでしょ」


 私は、あんたより先に天国よ?


「天国って宗教違いじゃね?」

「じゃあ、あの世」


 そういう問題か。以外と深刻な声だったので、振り返ったら、真顔で韓ドラを観ていて脱力した。ドラマの中のヒロインが、車に轢かれる回想シーン。え、そのエフェクト使うの?というぐらいメルヘンな白い画面。…それ、笑う所だよね、とは言ってはならない。演出を受け入れ心酔している母には、涙ながらのロマンチックな場面だ。この間、思わず爆笑したらぶち切れられた。



「まあ、じゃあ、そのうち逆プロポーズされて逆たま乗ったら報告するわ」

「いらないから、さっさと出ていって独立して」


 今さらだけど、なんか職探そうかな。

上司のバフの代わりに、母親からのデバフ(KOGOTO)が辛い。


「あ、トイレットペーパーとお酢買って来て」

「は? メーカー何でもいいのかよ?」

「そのスプレー入ってる匂いのやつ」


 ということで、マスミのカバンには、お酢のスプレーが入っている。よくよく考えると、メーカー名が書いてないし、容器は多分均一ショップのだし。匂いってなんだよ、と思ったが、三徹だったので、思考が鈍っていたのだ。


 そしてデジャブ。


 女子高生が、犬に追われて泣き叫びながら此方にかけてくる。その犬のデカさ。うわ、頭痛い。マスミは、カバンからスプレーを取り出した。マスミに気付いた女子高生がはっとして、立ち止まろうとする。


「いいから逃げろ」

「え、でも、」

「おじさんは、通りすがりの毒遣いなので気にしないで」

「は?」


 飛び上がる、犬目掛けて、死んだ目でワンプッシュ。上司のバフは、しつこく効いていたらしく、犬の拳大はある目玉にクリティカルヒットした。いや、近づいてボーナス、大きい的だったから。


 ぐぎゃああああああ!


 ものすごい悲鳴、ひっと女子高生のひきつる声。


「おじょう! 大丈夫…か」


 追いかけてきた、色黒の、赤金髪の男。おお、イケメン。犬は、痛みに転げ回っている。とりあえず、逃げよう。追い払うには、位置が悪い。


「おい、逃げるぞ」

「……あ、はい! ほらポチも!」

「……」


 パードゥン? 聞き返しそうになったけど、我慢する。頭痛が痛い。いや、頭が痛い。なんか、すごい色黒から、視線を感じる。走りつつ、土地勘で、人通りと、警察署に向けて走る。あ、なんか、ヤバい。近くの交番までにしとこう。とりあえず、マスミよか強いお巡りさんが二人を守ってくれるさ。完結。


「それじゃ、この道真っ直ぐで、交番だから」


 走りながら、急に二人から逸れるマスミに、あっけにとられたような顔。いや、そんな顔されても。マスミは、今主人(家主・母)のお使い中である。やっばい、頭痛い。早くトイレットペーパーとお酢買って寝よ。そして、真剣にこれからの事考えよ。



 帰宅後、お酢のスプレーを落として来たので母にまた、デバフをかけられた。




 翌日。


 早朝。朝早く甲高く鳴く玄関ベル。しばらくして、母が冷や汗だらだらで、マスミを起こしに来た。


 母いわく。

「い、イケメンが、あんたを嫁にくれって、花束持って玄関に」


 イケメンいわく。

「大狼族は、己に勝ったものを伴侶とする。魔法使いいな、今は毒使いか。俺の伴侶となってくれ」


 え? 






【なんとなくの説明】


僻地(異世界)


バフ(ゲームとかで、なんか仲間を強くする魔法的なやつ)


デバフ(ゲームとかで、なんか敵を弱くする魔法的なやつ)


欧米人が邦画や韓ドラのお涙シーンで爆笑するのが頭に残り過ぎた結果。


ファンタジーなので、現実より強めの攻撃力が主人公に付加されてます。ガスにも色々あるから真似しないでね。


痴漢や通り魔にあう可能性がある、防犯に自信がない女性なんかは、良いかもしれないけれど(お酢スプレー)、カバン多分臭くなるよ。気を付けてね。


ちなみにカラーボールは、主人公の知り合いのコンビニ店長が、カラーボール(腐臭)より良い防犯グッズ買ったので要らなくなっている?って気軽にあげちゃったヤバい奴。判断力がまいってたのでノリでもらって来ちゃったんだ。


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