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がん地蔵  作者: 西本麻弥
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一円玉

 友達が欠席中の多恵のために、プリントを持って多恵のうちへ見舞いにやってきた。

「多恵ちゃんは学校、お休みたいしたいだけ休んでもいいですって。先生が仰っていらしたわよ」

 もうみんな、多恵ちゃんのことなんてきれいさっぱり忘れ去ってるし、多恵ちゃんがいなくたって、うちのクラスは誰も何も困ることなんてないし。

「そんなこと言わないでよ~。あたしだってマリモを育てる係なんだよ? 飼育委委員会の委員長なんだよ?」

「委員長が動物の世話から逃げ出してどうするんだよ? 動物がみんな死んじゃうじゃない」

 多恵ちゃんがいないと、遊んでいてもつまらない。みんなが口をそろえて本音を言う。

「ごめんね」

「多恵ちゃん、『ごめんね又兵衛』歌って」

 リクエストに応えて多恵が「ごめんね又兵衛」というを歌い始めた。


 ごめんねごめんねごめんね又兵衛べえ

 今宵の飯にはありつけず

 腹をすかして眠れない

 そんな理不尽ありえない

 だけど現実認めなさい

 ごめんねごめんねごめんね又兵衛べえ


 みんなが玄関口で歌に合わせてはしゃいで笑いながら踊っている。歌い終わった多恵は言った。

「ねえ、あたし一曲歌ったんだから、みんなお布施しなさい?」

「オフセ? 何それ?」

「おカネを払うのよ」

「え~何それ? バカみたい!」みんながどっと笑う。

「そうだよね~、バカだよね~」

 多恵も一本の虫歯もない大口を開けて笑う。そして多恵は急に怖い顔になった。

「さあみんな、背中に背後霊がついてるよ~? 一人二百円でおはらいしてあげる。キャッシュでお金ちょうだい」

 背後霊? みんながどっと笑う。あ、ダメだよ笑わないでよ、お布施をしなければ許してあげないよ。呪われても知らないんだから。悪運に巻きもまれたくなかったら、お布施をしなさい、お・ふ・せ・を。

 指一本、友達の顔に一人ずつ差して、いかにもマジで真剣に忠告しているんだ、と演技している多恵に、みんなは「それじゃあ本当にお金を払うよ」と笑った。多恵は思わず指を引っ込め、両手を顔のあたりで振った。

「あ、冗談だよ。お金なんていらないよ」

「多恵ちゃん聞いたよ? 変態宗教ババアにお金取られて、全財産を失ったんでしょ? 無一文の立場で住居も奪われて、多恵ちゃんが橋の下で暮らすことになるって聞いたから、みんなでカンパしたんだ。お金たくさん上げるから遠慮しないで受け取って」

 しかしお金をたくさんくれると言っても。確かにたくさんだ。一円玉を二百枚。ビニール袋に入れられて、ジャラジャラと多恵はよこされた。

「いちえんだま?」

 これじゃ自動販売機には使えないし、お店でも恥ずかしくて払えないよ~。多恵がそういうと「それもそうだね」とみんなは他人ごとのようにアハハと笑い出した。

「笑い事じゃないよ!もらう人の身になってこういうことはやりなさいよ!」と、多恵が頬を膨らませて怒ると、「もらう立場のくせにえらそうなこと言うもんじゃないよ」逆に仕返しを食らった。

「あ~一円玉か~。どうしよ~?」

 多恵ちゃん、どうしても学校に来れないの?と聞かれる。

「うん」

「学校嫌い?」

「ええ? 学校が好きな人なんているの?」

 いや、学校が嫌いと言う訳じゃないけど、本当は行きたいんだけどな。多恵は考えるように答えながら、でも学校は日柄方角が悪いからと、沈み込むようにうつむいた。

「日柄方角?」

 多恵にプリントを渡しながらクラスメートは不思議そうな顔をする。学校はこの家から東の方にあるでしょ? と多恵が説明を始める。

「あたし、東の方角へ行くと呪い殺されるの」

 ええ? と一瞬理解しかねたみんなは、次の瞬間にどっと大笑いする。

「じゃあさ、多恵ちゃんのことを呪い殺したやつって警察に捕まるのかなあ?」

「うん、証拠があれば逮捕令状が執れるんじゃないの?」

「捕まった人って裁判受けて死刑になったりする?」

 あたしの死と、呪いによる殺害の因果関係が立証されたらそんな可能性もあるんじゃないの?

「多恵ちゃん、そりゃいくら何でもテレビの世界だよ」

 テレビかあ。あたし最近テレビ観てないしなあ。夜のこのうちはテレビも観られないほど凄いことになってるんだよなあ。学校に行かれないことくらい分かって頂戴よ。多恵は伸びすぎた髪を右手でつかんで引っ張った。

「多恵ちゃん、運動会、出られなくてもいいから見に来なよ。出来たら体操着もって来て、みんなで走ろう」

 多恵は軽くうなずいた。子供たちはじゃあねと手を振ると拡散するように多恵のうちからそれぞれの家の方向へ走り去っていった。

 友達が帰った後、多恵はそのまま玄関のじゅうたんの上にしゃがみこんだ。ああ、あたしは疲れ果てている。頭がぼんやりと、頭痛もしていた。多恵はしばらくゴロンとじゅうたんの上に寝転んで、一円玉の入ったビニール袋を眺めていた。

「一円玉かー。」

 顔の上に袋を上げてみた。すると袋が破けて多恵の顔に大量の一円玉が降り注いだ。

「あじゃー!」

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