1-3 魔獣の森
涼しい……快適だ……。今俺達のいる、ここ、こここそが、国だ。そう言っても過言ではないほど、俺は安らいでいた。
「あぁ〜〜気持ちがいいね〜〜涼しいね〜〜」
日陰の恩恵を全身で感じているグラスが腑抜けた声を出している。
「気持ちはわかるけど、俺は先を急いでるんだ。あと少し休んだらそろそろ行くぞ」
「わかってるよ〜〜。僕も早くネテルワルツ領土に着きたいしね。着いてからゆっくり休むとしよう!」
「ねてるわるつ?なんだそれ?」
「なんだそれって………え!? 目指してるのあの国だよね? まさかとは思うけどアルメラ、行こうとしてるのネテルワルツ王国じゃない?」
俺の発言に余程驚いたのか、グラスは森の奥の方角を指差して今更、目的地を確認してきた。
『あの国』と言われても木々に遮られて見えない。それでも、ずっと遠くに見えていた国のことを指しているのはわかりきったことだった。
「そうだな。俺の目的地は『あの国』だ」
俺もグラスと同じ方角を指差しながら答える。
「待って。話が見えてこない。けど、ひょっとすると、アルメラ……もしかしてネテルワルツって聞いたことない?』
「あぁ……なるほど。理解した。ネテルワルツ王国……。『あの国』の名前なのか」
「うん。僕も少しだけ把握したよ。君ってもしかして国外出身?」
「ああ。アシュグレイ王国付近の村の出だ。ちなみに、国に入国したのもこの前が初めて」
俺の発言を聞くと、グラスは凄く驚いた表情を見せる。目を見開いて、先程までの腑抜けた顔が嘘のようだ。
「そうか……!アルメラは村出身なんだね!会った時は国から出てきたって言ってたから、生まれもてっきり国内の人間かと思ってたよ。突然で申し訳ないけど、聞きたいことがあるんだ」
「なんだ?」
俺は突如、興奮し出したグラスに若干引きながら水を飲む。
「入国したのは初めてって言ってたけど、その……どうだった?あの国は。アシュグレイ王国は、、、君から見てどう映った?」
水を一気に飲み干して、よく意図のわからない質問に答える。
「っぷはぁ、そうだな……一言で言うなら‘豪華な檻’みたいだったな。外側の人間の俺が言うのもあれだが、華やかな空間と引き換えに、ひどく生き辛そうに見えた」
「檻……か………なるほど。うん。ありがとう!いきなりこんなこと聞いてごめんね」
グラスは少し考えるような素振りをすると納得したようにそう言った。
「いや、俺が居たのは数週間だけで国の一部分しか見てないから、よくわからないんだが……。本当に、いきなりどうした?村出身ってそんなに珍しいのか?」
「あ……違うんだ。珍しいとかそういうのじゃなくて……もし気を悪くしたならごめんね。いわゆる、‘外側’の人の意見を聞くことが今まで無かったからさ。どう見えるんだろうと思って、あくまで興味的な質問だから!あんまり気にしないで!」
「別にそんなことで気を悪くしたりはしねーけど……。うーん、俺は村での暮らしの方が快適に感じたって話だから参考にならないかもな。ただ、知らないことが多くて驚いたよ」
「そう言ってもらえるとありがたいよ。そうだ!僕で良ければアルメラの知らないことを少しは教えられるかもしれない。次の国に着くまでわからないことがあれば説明してあげる!」
「それは助かる!入国の時とかも大変だったんだよなーー。検査とか金とか色々。自分が無知だってことを痛感したよ」
「でも、確かにアルメラってどうやって入国したの?その歳で一人でなんて多分難しいよね」
「一応、何かあった時の為にって兄さんが国の認可証を用意してくれてたみたいでさ。申請したのが本人じゃないから審査にめちゃくちゃ時間かかったよ。怪しまれるし。それに、金もスゲー取られたな」
入国審査時の不毛な時間を思い出して拳を強く握りしめる。
「あの国は秩序とやらを守るのに必死だからね。不穏分子が紛れ込まないように気を張ってるんだよ。まぁどこの国も似たようなものだと思うけど」
「なんだ、そういうもんなのか、やっぱ詳しいな。グラスは国内で生活してたんだよな?国ってそんなに色々厳しいのか?」
「うん。そうだね……。国という制度は内側と外側で人を差別しているみたいで好きじゃないんだ。外側っていう表現がそもそも間違ってると思う。領土内にいる人達だって、れっきとした国民に違いないのに……国内で暮らす人々には色々とルールが課せられる。それこそ国によって特色は違うみたいだけど、あの国が支配国家の一つであることは間違いないよ」
グラスは顔をしかめながら苦しそうに口に出した。なんだかやけに嫌そうだ。
「支配国家ね……それであの息苦しさか。他にも色々教えてくれよ」
重苦しい空気を拭うように話題を進める。
「あ、そうだったね!話逸れちゃってごめん。えーっとね、何から話そうかな……そもそもネテルワルツ王国の名前も知らないとなると一体全体何から話せば……」
グラスが俺の知識の無さに頭を悩ませている時、木の上から何かが襲いかかってきた。
「危ない!」
それに気付いた俺はグラスを突き飛ばす。腰元の銃に手を伸ばし、視線をそれに向けた。
「ガルルルル……」
そこに居たのは、魔狼だった。魔狼とは魔獣の一種で非常に凶暴な存在だ。大体が群れを成して行動し獲物に襲いかかる。
俺はすかさず銃を抜き、発砲する。五発の球を撃つが素早い身のこなしで全てを躱される。しかし、これでひとまず距離を取れた。
「グラス!戦えるか⁉︎」
突き飛ばれて倒れていたグラスは素早く起き上がる。
「もちろん!あと、ありがとう!」
そう言うとグラスは右手を前に構える。淡く青い光の粒子が集約すると特殊な形状をしたブレードが目の前に現れた。
「剣?面白い形してるなそれ!」
「アルメラのと少し似てるかもね」
「それはどういう………?」
「来るよ!!!」
武器に見惚れていると目の前から魔狼が凄いスピードで突っ込んできていた。
グラスの声のおかげで間一髪でヤツの牙を躱す。空中に回避した俺はそのまま弾丸を放つ。
しかし、これも躱さてしまう。ヤツはそのままグラスに鋭い爪を振り下ろした。
ガキンッ
金属同士がぶつかったような音が響く。グラスは両手で武器を構えて爪を防ぐ。
「ッハァ!!!」
掛け声と共に剣を振り払う。弾き飛ばされた魔狼は後ろの木へと叩きつけられる。
「ギャウンッ!!」
悲鳴をあげて一瞬地に伏せるヤツに、俺は着地と同時に弾丸を撃ち込んだ。
ダンダンダンッ
頭部と身体に命中した三発の弾丸はその生命を奪うのには十分だった。
「ふぅ、やっと当たった。にしてもやるなお前。てっきり良いとこのお坊ちゃんでなにも出来ないのかと思ってたよ」
「こう見えても僕、それなりに強いんだよ?」
グラスはそう言うと、剣を担ぎながら得意げな顔でこちらを見つめてくる。
「そうみたいだな。んじゃま、さっさと片付けるか」
俺達は既に囲まれているようだ。
「三、四……五匹か。背中預けても大丈夫だよね?アルメラ」
「当然!」
『グルルルルルルルル』
魔狼達の群れが一斉に唸り声を上げる。
「来るぞ!!!」
今度は俺が声を上げる。魔狼達が襲いかかってきた。すると、グラスは声とほぼ同じタイミングで一匹の魔狼に向かい突っ込んで行く。
数的有利が油断をさせたのだろう。予想していなかった人間からの正面きっての攻撃に反応も出来ないまま、振り下ろした剣が魔狼を二つの肉塊へと変える。
真っ二つになった仲間の両隣に構えて居た二匹の魔狼達が、同時にグラスに襲いかかる。
『グルアアァァ!!』
「遅いよ」
左右からの凶悪な牙と爪をステップでなんなく躱すと、もう一度剣を構える。
「っせーーーの!」
横から大きく振り抜いた斬撃が二匹の魔狼を斬り飛ばした。
「……へー、っと!」
グラスの戦いぶりに感心していたのも束の間、俺の元へと向かって来た二匹の魔狼の爪撃をバク宙で躱す。
ダンダンッ
素早く撃った二発の弾は、二匹の獣の眉間を正確に撃ち抜いた。
ふと空中でグラスの方に目をやると、俺が着地をするよりも早く、先程斬り飛ばしていた魔狼達に追撃を加え、とどめを刺していた。
「ふぅーー。とりあえずは、これで終わりかな?」
武器に付着した血を振り払う。そう言いながらも周囲への警戒を怠っていない様子だ。
「そうみたいだな。それにしても本当に強いな。どこで身に付けたんだ?」
銃をしまい、木へと腰掛ける。
「アルメラも凄く綺麗な戦い方だったよ!身のこなしが狩人って感じだった!ボクは少し訓練を受けたから」
剣が青い光となって消えていく。グラスは嬉々とした表情で俺の隣までやってきた。
「狩人って……まぁ、そうか……村では確かに狩りで暮らしてたな。訓練か、なんか凄そうだな。そうだ、魔石回収しとこうぜ」
「そうだね!このサイズが五つかー。国に着いた時の入国料くらいにはなるかな?」
掌に収まる程の大きさの魔石を五つ抱えながらグラスは言う。俺はその発言で大切な事を思い出した。
「入国……料?そうか、何も考えてなかった……まずいな……アシュグレイ王国でほとんど金を使っちまった」
「入国料は結構かかるからねーー。この魔石を換金すれば入国はできても、宿に泊まったり食事をしたりは少し厳しいかも……まぁでも、着くまでにまた魔獣に出くわすかもしれないし!」
「ん?魔石って金になるのか?」
「それも知らないのか……。なるほど。アルメラ、君は思ったよりも常識的なことを知らないみたいだね。魔石はサイズとか純度によって価格は異なるけど、換金すればそこそこの値段になるよ」
「換金か……なるほどね。それで村の大人達は行商と交易してたってわけか……でも、それなら……」
俺はグラスのありがたーい説明を聞き終えるとポーチをひっくり返す。すると、大量の魔石が落ちてきた。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……
「こんだけあれば、少しは金の足しになるか?」
「ちょ……これ、全部魔石?少しどころじゃないよ!この数どうしたの⁉︎ ていうか、いまどっから出したの⁉︎」
魔石の量を見て驚愕しているようだ。村での狩の修行の一環で、魔獣達は結構倒したからな。 兄さんの教えもあって、村の連中には内緒で全部保管していた。魔石の数は魔獣の討伐数を明確にしてくれる為集めていたというのもあるんだが……結果として助かった。
「村にいた頃に貯めてたんだ。よし!これで金の心配も無くなったわけだ。いつまた襲われるかもわからない。早く行こうぜ」
「そうだね……。君には色々と驚かせられるよ。でも、この森を抜ければネテルワルツはすぐだ。行こうか」




