1-2 出逢い
森を抜けてからどれだけの距離を歩いただろう……国を出てから一日が経った。日差しが強烈だ。木々に遮られていたおかげで気がつかなかったが、日光が旅人にとってどれだけの脅威だったのかを思い知る。俺はあれからいくつかの森を抜け、森と森の間の果てしなく続く大地の上を彷徨っていた。
ここら辺の地域は快適な気候だが、直射日光を浴び続けての長距離移動はさすがに堪えるな。
「クソ……日光……コロス……アツイ、ツライ、シンドイ……大体、村で暮らしてたときはこんなにキツくなかったぞ……。やっぱ日陰最高だな……」
よくよく考えてみると村での生活ではこんなに移動したことはない。食糧の調達は近場の森での狩りだったし、人数もいたのでそんなに辛くはなかった。残りの生活に必要な物も、大人達が定期的に通りかかるアシュグレイ王国の行商から仕入れていた。
「このフード無かったら日差しに殺されてるんじゃないか?」
そう呟き、フードを深く被り直しながら、ポーチの水を取り出して再度、次の国の方を見る。国まではまだまだ時間がかかりそうだった。
「あんなにはっきりと見えてるのに……どんだけ距離あんだよ……」
「ホントだよねー!僕もうヘトヘト。手が届きそうなのに届かない………世界っていうのは残酷だよね〜」
「あぁ……それは俺も思う。クソッタレな世界に期待なんて持っちゃダメだよな。ったく、前の国出てから一体どんだけ歩き続けてると思って…………」
強い日差しに当たり過ぎたのか、遂に一人で会話が出来るようになってしまった。
「…………ん?」
特殊な能力に目覚めたかとも思ったが、冷静に思考する。誰かが話しかけてきたのだと。俺は慌てて腰元の銃を抜き、後ろにいるだろう人物に突き付けた。
「うわわわ! 危ないよ〜いきなり。あ、銃だ!僕こんなに近くで見たのも向けられたのも初めてかも!けど、いきなりそんな物騒でカッコいいもの人に向けちゃダメだよ?」
そこに居たのは予想していた野蛮な輩などではなく、身なりのやけに整った育ちの良さそうなガキだった。
「なんだお前。危ないのはお前だろ。人の後ろ付け歩きやがって……大体いつからいやがった?」
「僕のどこが危ないのさ!どう見たって危険なのは君だろ?初対面の人にそんな……それにいつからって、変な連中が君の方から走ってきたから気になってね!」
ふざけたような態度で答えたガキは銃を突き付けられたことをまるで意に介していないように見えた。オモチャだとでも思ってるんだろうか。
………まて、こいつ『変な連中』って言ったのか?それって森出る前に会った三バカのことか?だとしたら……
予想外の情報と強烈な日差しで思考が定まらない。森での出来事を知っているということは嘘は付いていないのだろう。でも、だとしたら、俺はこのガキに今の今まで一日以上気付かず歩いてたのか?
「何が目的だ?俺はお前みたいなガキ知らないし関わりたくもないんだけど」
銃を深く握り直し警戒を強める。いくら疲れてたとはいえ、長時間こんな不審者の気配を感じ取れなかったという事実を受け入れられずにいた。
「一緒にあの国に向かっている今、この状況こそが僕の目的だよ。お姉さんのお気付きの通り、中々に距離があるみたいでね。一人で向かうのを躊躇ってたんだよ。あとね、僕はガキじゃないから。グラスっていう立派な名前がある。汚い言葉で呼ばないでくれ」
「ーーぇーーんじゃねぇ……」
「……ん?」
「お姉さんじゃねぇって言ってんだ!俺は男だ。いいか?ガキだからって次ふざけたこと抜かしてみろ。許さねーぞ」
「カッチーーーン。許さないのはこっちだね。ガキガキって何回も……さっきも言ったけど、僕にはグ・ラ・スっていう名前があるの!そっちが女の人に間違われるのが嫌なように、僕だってガキって呼ばれるのは気に食わない」
グラスとかいうガキは先程までのふざけた態度を一変させ、苛立った様子を見せてきた。
「テメーが何に苛立ってるとか聞いてねーんだよ。俺はお前と一緒に歩くつもりはないし、ガキって言われんのがそんなに嫌ならさっさと消えろよグ・ラ・ス・く・ん」
「おー!そうそう!やれば出来るじゃない、えっと……お兄さん?ただね、消えろとかも言われたら傷付くんだよ?」
嬉しそうな顔ではしゃいだと思ったら、わざとらしい悲しそうな顔でこちらを覗き込んできた。
「お兄さん?じゃねーよ……なんで疑問形なんだ。ぶっ飛ばすぞ。傷付くとかも知らねーよ。早くどっか行け」
俺は少し不満を覚えながらも、あしらうようにして手を振り払う。
「うわー野蛮な人だなー。会って間もない人間によくそんなに冷たくできるね?それにさ、どっか行けって……目的地一緒って言ったよね?話聞いてた?あー……お兄さん?」
「おい……お前わざとやってんだろ?それに、会って間もない人間だから冷たくすんだろーが。お前みたいなのが一番信用できん」
「わざとじゃないよ!僕は自己紹介をしたのに、お兄さんが名前も教えてくれないから困ってるんじゃないか。それと、信用を得るのはこれからだから大丈夫!道のりは長いし仲良くしようよ!」
得体の知れないヤツだとは思っていたが、ここまで自分のペースで話を進めてくる人間も珍しい。信用はできない。信用はできないが、悪い奴ではなさそうだと、俺は少しだけ思ってしまった。
「…………はぁーーーー。ダメだ。これ以上言い合ってても苛つくだけだ。お前が俺に害を加えないなら、あの国までは一緒に行ってやる。だが、信用はしないし、仲良くもしない。いいな?」
深い溜息と共に張っていた緊張が解けていく。目の前のコイツから悪意を感じ取ることができなかった俺は、根負けした形でこいつの要求を飲むことにした。
「よかった!全然後半の内容はよくないけど………とりあえず、一緒に行ってくれるみたいで何よりだよ!ありがとうお兄さん」
「アルメラだ。お姉さんでもお兄さんでもない。大体、同じくらいだろきっと。お前と俺の歳。それに、礼を言われる筋合いもない」
自分でも少し驚いていた。会って間もない人間に名前まで教えて……。完全にこいつの空気に当てられたようだ。疲労のせいもあるんだろう。早く休みたい。
「わかった!よろしくねアルメラ。あと、僕はガキでもお前でもないからね!気軽にグラスって呼んでよ!………ていうか、歳同じくらいって思ってたのに人のことガキ扱いしてたの?うわあ……」
「はいはい、よろしくね。グラスくん」
無機質に答える。こいつよくこんなテンション保ってられるな……。付き合ってると疲れが増しそうだ。
「なんでそんなテキトーなのさーーーー!まぁいいや。自己紹介も終わったし。さぁ!気を取り直してーー、しゅっぱーーーーつ!」
そう高らかに声を上げる騒がしいガキ……じゃなかった、グラスを横目に、俺はうんざりしながら歩いていた。
何でもいいから早く休みたい………
疲労で上手く頭が回転していないらしい。だからこんな怪しいヤツをすんなり受け入れてしまってる……
「……あ!」
「ん?どうしたの?」
「いや、そういえばな。良いこと思い出してさ」
俺はポーチの中から瓶を取り出した。
「なにそれ?ビー玉?じゃないよね。綺麗だねー!」
「これはな……世界の幸せが詰まってるんだ!………らしい」
「………えっと、まだ全然アルメラのこと知らないからあれなんだけど……大丈夫?日差しに殺されたの?」
「……これに関しては俺が良くなかった。うん。気を遣ってくれてありがとう。違うんだ。ちゃんと訳があってだな……」
俺はこのまま変な誤解を生まないように、歩きながら事の発端を説明することにした。
「これにはちゃんと理由があってだな………」
「ふーん。理由ね〜」
「…………」
「え?どうしたの?早く説明してよ!」
「いや……よく考えたら会ったばっかのヤツに話すような内容じゃなかった。気にしないでくれ。俺は日差しに殺されていた」
「いやいやいやいや。そんなキメ顔で言われても……すごい気になるんだけど」
「いつかな、いつか」
「えーーーなにそれ」
グラスは不服そうな顔をしてこちりを睨む。俺は何故、出会ったばかりの怪しいコイツにこんな話をしようと思ったのかよくわからなかった。もしかしたらこの瓶のせいかもしれない。
この瓶を見つめていると少し気を緩めてしまう……。俺は瓶を片付けようとする。
「ふぅーん……まぁ、アルメラがそういうなら少しだけ話してくれるの待つよ。少しだけね!」
「来るといいな。そのいつかが」
「それで?結局中身はなんなの?世界の幸せって」
ポーチに戻す前に、中身くらいなら教えてもいいかと思い、瓶の蓋を開けてグラスに差し出す。
「ほら!一つやるよ」
グラスは不思議そうな顔で瓶の中から一つ取り出す。
「なんだろこれ?何色?不思議色?」
「それが幸せの色です」
「……………」
グラスは無言で上着を脱ぐと、上着を盾にして俺に降り注ぐ日光を遮る。
「まだ、大丈夫だ。いいから口に入れてみろ」
「えーーーー!入れてみろって……結構勇気いるでしょこれは。確かに綺麗だけど……」
「いいから、ほら」
渋るグラスの口へ、強引に押し込んだ。
「………ん……ん! 甘い!なるほどね!キャンディか!珍しい形してるからわからなかった!確かにこれは幸せの味かもしれない」
俺も瓶から一つ取り出して口に入れる。カラコロと幸せを転がす。やはり甘い物はいい……全てを和らげてくれる。これが、、、幸せの味。
「でも意外だな。僕が言うのもなんだけど、こんなに速攻で心を寄せてきてくれるとは思わなかった。いいの?嬉しいけど」
甘さに酔いしれていると、グラスが疑問を投げかけてきた。
「別に心寄せてるつもりはないけどな。まぁお前からは何にも悪意を感じないし、なんとなくいいヤツなんだろうなっていうのがわかる。一日中俺の後をつけてたんだ、襲おうと思えばいくらでも出来たはずだろ?でもそれをしなかったってことはその気がないってことだ。それに、知ってるか?甘いもの好きなヤツに悪い人間はいないんだぜ」
「………ふふ……なにそれ」
グラスは笑顔でそう答えた。
「正直なところ、信用しないって言ったのは前提として何も期待してないって言うのもあるしな。まぁ色々あって心が強くなったんだ。だから期待や信頼が裏切られったって報われなくたって響かない。だから大丈夫」
「そうか、君も……」
「ん?」
「いや、なんでもない!それよりも、めちゃくちゃ暗いことを笑顔で話してるの怖いよ?大体そんなこと言って、そのうち僕のこと信頼しすぎちゃう日がくるかもよ?」
「はいはい。そうですねグラスくん」
「だからなんでテキトーなのさーーー!」
調子に乗るグラスの戯言を話半分で聞き流す。
「お前もアシュグレイ王国から出てきたのか?」
「うん、そうだよ。あの国で少し用事があってね。それが片付いたから、向こうに戻るところなんだ」
「そうか。一応聞いておくけど自分の身は自分で守れるんだよな?」
「ある程度は、ね!大丈夫、アルメラの負担になるようなことにはならないさ」
それから特に内容の無い話を繰り返し、目前に見える森へと向かい進んでいく。次の国まであとどれくらい歩けばいいのだろうか……国に着いたところで前に進めるかもわからない。漠然とした不安がいつのまにか心を締め付けていたのかもしれない。
そんな時にコイツが現れた。もしかしたら……などと余計なことを考えているうちに口の中の甘さが消えていく。




