1-13 約束
ルミとのふざけたハンデ試合を終えた俺は三回程死にかけていた。
「ちょっ!ホントに!ロゼさん!待って!!!」
「お前は敵にも待ってくれって頼むのか?ミグルミの仕事はそんなに甘くねえぞ!」
迫り来る鎖を必死に躱し続けて約二時間が経過した。ルミとの戦闘で魔力をほとんど使い切っていた俺は満身創痍もいいところだ。突如始まったこの拷問に近い謎の遊びはどういう目的があるのか検討がつかない。
「これ……いつまでやるつもりだ!ですか⁉︎」
「言語能力に支障をきたし始めたか。その調子だ」
「何がその調子なんだ!!クソ!ロゼさんに攻撃当てられたら止めてくれますか?」
「そういうのは聞く前にやるもんだ。つくづく緩いなお前の頭は。やれるもんならやってみろ。考えてやるよ」
“真紅掃射”
周囲から取り囲むように襲いかかってくる無数の鎖を全て弾丸で撃ち弾く。それにより一瞬鎖による攻撃の手が止まる。空中で弛む無数の鎖の隙間を縫うように走り去り、ロゼさんの元へと一直線に駆けていく。鎖の包囲網を抜け、地面目掛けて魔弾を数発放ち煙幕を張り、そのまま煙幕に身を隠し、ロゼさんの背後へと回り込んだ。
ーーーこれならさすがに避けれないだろ!
“真紅掃射”
俺自身も視界が悪いので、全方位に向けて弾丸を撒き散らす真紅掃射で被弾を狙う。弾丸の衝撃で煙幕が吹き飛び一気に視界がクリアになっていく。
「まだ全然動けるじゃねえか。さてはお前ルミとやったときも手抜いてやがったな?」
一本の鎖が蛇のようにうねりながら複数の弾丸を受け止めていた。
「手抜いてたのはそっちの方でしょ!こっちはとっくに限界ですよ」
「限界なんてもんは越えるためにあるんだよ。さっさと越えろ。あと二回くらい越えろ」
ロゼさんがゆっくりと片手を前に出すと再度空中から無数の鎖が魔法陣と共に出現し襲いかかってきた。なんとか鎖を撃ち落そうと魔銃を構えて引き金を引くが魔力が足りないのか弾が出てこない。
ーーークソ!避けきれねぇ!
両手を身体の正面で交差させて咄嗟に急所を守る。腕や腹部に鎖が命中し、衝撃により後方まで吹き飛ばされてしまった。でも、吹き飛ばされたおかげで縛られないで済んだ。ロゼさんに捕まったら終わりだからな……
「もう弾切れかあ?それとも、魔力切れか?」
周囲から魔力の反応を感知する。辺りを見ると、無数の棘に取り囲まれていた。ロゼさんが手を握ると同時に一斉に降り注ぐ棘を回避する為に魔力を銃に込めて放つ。
“真紅掃射”
ーーーっ!!ダメだ!弾数が少なすぎる!
圧倒的に魔力が足りておらず、撃ち落とすことができなかった大量の棘が全身を襲った。
肩や脚に棘が突き刺さり血が滴る。息を切らしながらロゼさんの方へ視線を向けるとこちらに向かい走ってきていた。
俺は慌てて距離を取るために魔銃へ魔力を込めようとするが本当に尽きたのだろう。何も魔力が湧いてこない。魔銃を消滅させてロゼさんを迎え討つため拳を構える。
こ、怖すぎる!こないだ完膚なきまでに叩きのめされたばっかだぞ!ちょっとだけトラウマになってるのか逃げ出したい衝動が全身を襲った。
「震えてんじゃねえか。逃げていいんだぞ?」
「嘘だ!逃すわけないくせによくも……!やってやる!」
狙うはカウンター。顎だ。困った時は顎を狙えと村の爺さんが言っていたのを思い出す。拳を振りかぶり力を溜める。顎を穿つタイミングを狙っていると身体が動かないことに気付いた。いつのまにか仕掛けられていた足元の魔法陣から鎖が伸びて足と腕を縛り付けている。
「捕まえた!」
ロゼさんから放たれた拳が俺の顎を正確に打ち抜いた。歪な音を立てて吹き飛ばされる。遥か後方の壁と衝突しホログラムが歪む。その衝撃で一瞬飛んでいた意識をなんとか取り戻すと、思わず首と顔を触り自分の身体とくっついているかを確かめた。
なんつー威力してんだよ……首と身体が繋がっていることに安堵しながら恐怖を感じていると、前方にいるロゼさんは片手の掌を上に向け、扇ぐように手を曲げる。それと同時に俺の下からいくつもの鎖が現れ身体を突き上げた。
ーーーぐぁっ!
ロゼさんが間をおかずに拳を握り締めると、周囲の四方の空中からそれぞれ鎖が伸びてくる。計四本の鎖に両手両足を縛り付けられ宙に張り付けられた。
この人本気で俺のこと殺す気なんじゃないか……一方的にここまでいたぶられて、これが強くなるのになんの関係があるんだよ。……!クソ、まだ続けんのかよ……
ロゼさんは拳を握り締めたまま魔力を集中させていた。
「避けねえと本当に死んじまうぞ?」
避けれるわけねえだろ……この状況で……力任せに鎖を解く力も残ってない。ロゼさんが拳を前方に突き出すと目には見えない魔力の塊のようなものが迫ってきている気配を感じた。ああ、これはマズイ。身体持ってかれちまう……。
危機感により強烈な逃げろというシグナルを全身が発している。しかし意に反して身体はまるで動かない。意識を失いかけたとき、どこからかあの声が聞こえてきた。
ーーー情ケナイ 特別ダ チカラヲクレテヤルーーー
全身に赤黒い魔力が駆け巡り、強い衝撃が発生する。その衝撃により縛り付けていた鎖が弾け飛び、目前に迫っていた魔力の塊も消しとばした。
何が起きたのかわからないが、またこれだ。この力とあの声は何か関係があるのか?尽きていた魔力が湧き上がってくる快感に身を委ねてしまいたくなる。
ーーー壊セ 目ニ映ル全テヲ アノ男ヲーーー
頭の中に声が響くと同時に激しい痛みが頭を襲った。痛い、痛い、痛い、喋るな、喋るな。
ーーー滅ッセ 憎メ アイツヲ 殺セーーー
クソ!なんなんだ!力が溢れる快感と頭の激しい痛みでおかしくなりそうだ。このままじゃダメだ……意識が……持ってかれ……
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魔導傭兵ギルド ミグルミ そのギルド内部にある最も巨大な空間、 地下施設にかつてないほど邪悪な魔力が満ちていた。アルメラの力量を測るための練習相手に任命されるも、暴走してしまいロゼに叱咤されることになったルミはしばらく縛り付けられた後、ギルドの団長であるクルルに諸々の状況報告をするためロゼの命令により団長室へと足を運んでいた。
「なるほど。それで俺との約束を反故にしてまで暴れようとしたわけだね?」
「いや……違うよ!違くないかもしれないけど!暴れてはないでしょ!だから約束破ってないもん!」
「暴れずに済んだのは俺との約束が功を奏したからだろ?俺はねルミ。みんなはもちろん、君のことも信じているんだ。今回はロゼがいたから良かったものの、アルメラはもう俺たちの仲間で家族だ。取り返しのつかないことになったら大変だろ?」
「うぅ……はい。ごめんなさい」
自らの失態を認めたルミは深々とクルルに頭を下げて謝罪した。クルルが手をルミの方に向けてかざすと翡翠色の光が彼女を包み込んだ。
「顔上げてルミ。次からは気をつけるんだよ?君の力はみんなを助ける大切なものだ。見失いそうになったら俺との約束を思い出して。ね?」
「うん!わかった!あ、そういえばロゼがーーー」
ルミはロゼからの伝言を伝えようとしたところで口を閉ざした。下から強大で邪悪な魔力を感知したからだ。
「これはーーー!!ルミ!急いで地下施設に向かうよ!」
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「ようやく出て来たか。不安要素は排除しとかなきゃならねえ。そのガキはもう俺達の身内なんでな。返してもらうぞ」
地下施設で禍々しい気を放つアルメラにロゼは話しかける。しかし、その口ぶりは別人に話しかけるようなものだった。それも無理はないだろう。先程までアルメラとして対峙していた人物は魔力の質も雰囲気もまるで他の何かのようになっていた。
「ーーーオマエハ 殺ス」
様子のおかしいアルメラはロゼに向かい一直線に突っ込んでいく。全身を包んでいた赤黒い魔力が両手に集約していき、獣の爪のようなものが魔力で象どられていく。
「意識は完全に無いみたいだな。これは骨が折れそうだ」
魔力の爪撃を躱しつつ後ろに飛んで距離を取りながらロゼは苛まれていた。あの時、初めて黒白の橋で不吉な魔力を感じたこと。その後、ミグルミの敷地内でアルメラという少年と対峙し、その魔力に実際に触れたこと。そして、今のこの状況。
ーーーコイツの魔力をこのまま放って置くのはかなりヤバイ。限られた情報しかないが、それだけでも十分すぎるほどに物語っている。何があってこんなもん抱えてるのかは知らねえが、ただの田舎者じゃこれだけの殺意に満ちた魔力を宿すことは不可能だ。
「全く……ウチにはどうしてこうも危ないヤツばかり集まるのかね」
「ーーー死ネ!」
アルメラが片手を振り下ろすと、爪の斬撃が空中のロゼ目掛けて飛んでいく。ロゼは魔力を集中させて片手を目の前に突き出す。
‘鎖状盾’
瞬く間に鎖で盾が形成され、魔力の塊が自身の身にたどり着くのを妨げた。しかし、アルメラの爪撃は一発で止まることはなく、暴れ狂うように両手を振り回し爪の斬撃をいくつもロゼに向けて放ってくる。最初の数発こそ鎖の盾で防ぐことができたが、あまりの数の多さに盾の耐久力が限界を迎え鎖が弾け飛んだ。
空中に出現させた鎖の盾を蹴り地面に素早く身を躱すことで爪の斬撃は虚しく宙を舞う。ロゼは片手に魔力を集める。すると、先程砕けた鎖の盾の破片が棘のように変化して上空からアルメラ目掛けて棘が降り注いだ。
アルメラは上から迫り来る棘の雨を避けることができずにその身に浴びてしまうが咄嗟に身を竦めることによって致命傷は負わずに済んだ。全身に鉄の棘を浴びて身動きの取れないアルメラの足元から鎖が出現し全身に絡みつく。
「もうお前は動けない。棘をいくつか関節に打ち込んだからな。オマケに鎖で雁字搦めだ。理解出来てるかは知らねえが、一応忠告しといてやる。少しでも動けば激痛が走るし、追加で攻撃させてもらう。だからそのまま大人しくしてろ」
うなだれるアルメラの後方から近付いていくロゼの頭上から影が迫ってくる。咄嗟にバックステップで躱そうとするが何かに弾かれ壁まで吹き飛ばされてしまう。なんとか両腕で受け止め、ダメージこそ負わなかったが凄まじい威力に驚きを隠せない。何が起きたのかを確かめるため拘束しているアルメラの方へ視線を向ける。
「何だ……あれは……!!!」
アルメラから大きな獣の尾のようなものが生えていた。さっきまでロゼがいた場所に尾の形がくっきりと付いている。それほどの威力で叩きつけたということだろう。
ーーー地面にめり込むほどの威力かよ……。意識も戻る気配が無い。一度完全に気絶させておとなしくさせるしかないな。
ロゼは離れたまま左手に魔力を集約させる。
‘鎖縛砲’
拳よりもひと回り程大きい鎖の砲弾がアルメラに向け放たれる。身動きの取れないアルメラは避けることなど出来ないが、先程発現させた‘尾’を使い砲弾を弾き落とした。
ーーーやっぱりだ。さっきもそうだが、死角の後方からの攻撃にも的確なタイミングで対応してくる。目で見る以上に‘視えてる’ってことか。
「だが……‘未知’に対しての理解は浅いようだな」
尾が砲弾に触れた途端、砲弾が弾け解けるように鎖が尾に絡みついて縛りあげた。ロゼはすかさず三発の鎖縛砲を放ち追撃を行う。縛りつけられるとわかってはいてもアルメラの現段階での最善の対処は尾を使いなんとか防ぐことだった。防ぐといっても盾代わりに使っている尾には次々と鎖が巻きついていき状況は悪化するばかり。合計で四発の砲弾を受けた尾はギチギチに縛りつけられ、自由に動かすことすら出来なくなっていた。
「敵の放つ魔力に迂闊に触れるからそうなる。まあ今のお前言っても意味無いかもしれないけどな。……早く戻って来い」
鎖まみれの尾がロゼの横でぎこちない動きで攻撃を仕掛けてこようとしている。ロゼは視線をアルメラから外すこともなく地面から鎖を出現させ、尾を地面へと縛り付け更に鎖漬けにした。
「殺シテヤルーーーコノ屈辱ハ必ズーーーオマエノ死デ」
アルメラの全身を覆う赤黒い魔力がどんどん深く重い淀んだ色へと変化していく。
「この感じは……さすがに笑えねえぞ」
ロゼは異変にすかさず反応し、拳を強く握りしめアルメラの全身を縛っている鎖に魔力を流し込む。しかし、魔力で増強された鎖にヒビが入りはじめ、アルメラの全身から解き放たられるように魔力が噴き出すとそれと同時に全ての鎖が粉々に弾け飛んだ。
「オマエニモーーー呪イヲーーー」
鎖から解放されたアルメラはゆっくりと振り返りロゼを見る。表情こそ見せないが薄っすらと笑みを浮かべているようだった。
「あれは……牙……か?それに……どういうーーー」
「ロゼ!!!アルメラ!!!」
ロゼは声のする方へ目を向けると二人の人物が地下施設に入ってきていた。ルミとギルド ミグルミの長であるクルル・バトラーナである。
「クルル!それにルミまで戻ってきたのか!」
「これは一体……なにがあったのロゼ⁉︎この禍々しい魔力……本当にアルメラ?さっきボクと戦ってたときとはまるでーーー」
「次カラ次ヘトーーー邪魔スル奴は殺スダケダ」
アルメラはロゼの目の前から一瞬で消えるとルミの真後ろへと移動し、魔力で形成された爪を振り下ろす。
‘白玉’
まるで予期していなかったアルメラの強襲に普通なら反応出来ないはずだった。普通なら。離れていても感じ取れる地下からの禍々しい魔力。様子のおかしい二人。そして突如背後から迫る圧倒的な殺意。これらの情報はルミを一瞬で臨戦態勢に入られせるには十分すぎるほどだった。自らに向けられる仲間から発せられるはずのない純粋な殺意に戸惑うこともせず瞬時に魔力を発動させたのだ。
ルミの周囲に丸くて白い膜のような防壁が出現し、爪がルミの美しい白い肌を傷付けることを妨げた。しかしここで予想外のことが追加で起こってしまう。たったの一撃で白い膜にヒビが生じてしまったのだ。ヒビはあっという間に膜の全体に走ると、球体の防壁は割れて散ってしまった。膜を破裂させた爪ではないもう片方の爪がルミの眼前に迫ってくる。
ルミは魔力を両手に集めて迎撃しようとするが先程のロゼの時と同様に白い魔力が集約するも再び霧散していってしまった。
ーーーそうだった!これは、まずい!よけられーーー
ガキンッ!
アルメラの強烈な爪の一撃はルミの肌に届くことはなく、突如として現れた紫色の魔力を纏った盾で防がれている。何が起こったのか理解出来ていないアルメラに対してルミは一瞬で状況を察知し、盾越しにその場で回し蹴りを放つ。盾と共に物凄い勢いで遥か後方の壁へと叩きつけられアルメラの全身が鈍い悲鳴を上げた。
「助かった!ありがとうクルル!」
「いいんだ。今のは俺の責任だからね。まさか君との約束がこういう形で弊害になるとはね。ただハッキリしたことが一つある。彼は間違いなくアルメラ本人だということだ。どういう理由でああなってしまったのかはわからないけどロゼの状態や今の出来事から察するに一筋縄ではいかなそうだね。今の君じゃ彼とは戦えない。危ないから少し下がっててくれ」
「オマエモーーー邪魔ダーーーキエロ!!!」
「アルメラ。よく聞くんだ。今から少しだけ手荒に君を拘束、及び気絶させる。だが絶対に大丈夫だ。必ず君を取り戻す。信じて待っていてくれ」
「黙レ!!!」
アルメラの繰り出す無数の爪撃を紫色の盾でことごとく防ぎながら意識の奥にいるであろう元のアルメラに語りかけるようにクルルは言葉を投げかける。
そんな言葉ごと切り裂くように爪の乱舞は止まらない。下からのえぐり取るような一撃を何とか出現させた盾で防ぐが、勢いを殺しきることができずに空中へと弾き飛ばされるクルル。
ーーーさらに速度と威力が上がった!下手な攻撃はアルメラの身体を悪戯に傷付けてしまう。俺にはやりづらい事この上ないな。
ギルドに入ったばかりとはいえアルメラが仲間であることに変わりはない。仲間の存在を一番に考えているギルドリーダーのクルルは防戦を強いるほかなかった。
どうすればいいのかを思考していると視界の端で何かを捉える。と同時に静かだが激しい魔力を感知した。
ーーーあれは!
先程まで下に居たはずのアルメラが一瞬のうちに空中にいるクルルの背後へと移動する。それと同時に強烈な爪の一撃がクルルの頭目掛けて振り下ろされた。危機を察知したクルルはギリギリのところで身体を反転させ腰元の剣を抜き、爪を受け止める。しかし人並み外れた一撃の威力を受け止めきれるはずもなく、背中で自らの紫色の盾を弾き飛ばしながら地面に叩きつけられた。
「クルル!」
ルミが不安の声を上げる。
「ーーーコイツヲーーー八裂キニシタラーーー次ハオマエダーーー」
アルメラはそう言うと空中を蹴り飛ばし、煙が立ち込めるクルルが叩きつけられた場所目掛けて加速し突っ込んでいく。
凄まじい速度で降下してくるアルメラに向かって煙の中から紫色の盾が迫ってくる。それを片手でいとも容易く弾くと着地の衝撃で煙を吹き飛ばし、姿をあらわにしたクルル目掛けて鋭い爪を突き刺した。
鋭く速い爪による突きの軌道を剣で僅かにずらして受け流すとアルメラの懐に入り剣での一撃を喰らわせようと突きの構えを取る。
「これで終わりだ」
剣による突きを放とうとするクルルを尻目にニヤリと笑みをこぼすアルメラ。その表情の変化を見逃さなかったクルルは自分に起こる危険を察知したが少しばかり遅かった。アルメラの魔力の尾が具現化されクルルを一瞬のうちに締め付ける。剣を突き刺そうと懐に入ったことにより尾の射程範囲内に侵入してしまっていたのだ。
ーーーこれは……尻尾?地面に残された後はコイツの一撃によるものか!突然現れたところを見ると、出し入れは自由なのか……爪に牙……それに尾。これではまるで……
「ーーー終ワルノハーーーオマエノヨウダナーーー」
尾で全身を締め付けられ身動きの取れないクルルに対してアルメラの魔力の爪が襲いかかる。しかし、クルルの顔面を捉えるギリギリのところで爪が止まった。
「ーーークソ!!!ーーーキサマアアァァ!!!」
「何他のヤツと遊んでんだよ。先に相手してたのは俺様だろ?浮気してんじゃねえよ。妬いちまうだろ」
ロゼの魔力によりアルメラの全身に鎖が巻き付けられ身動きを封じていた。何とかクビにだけを動かし視線を横にいるロゼへと向ける。
「ーーーコンナ鎖ーーー引キ千切ッテヤルーーー」
「それを黙って見てると思うのか?」
「ーーーオマエハーーーソコデ死ネーーー」
アルメラが口元に魔力を溜めると髪がざわつき始め、フードが魔力に煽られ頭を覆う。
「いいのか?余所見していて。俺を捉えてもう安心か?見た目だけじゃなく思考回路も獣並みか?」
クルルの発した言葉に思わず視線を正面に戻す。挑発にも取れる内容に反応したからではない。瞬間的に上昇する魔力反応を感知したからだ。アルメラは本能的に一瞬で理解した。先ずはコイツを消さなければ自分の身が危ないと。
アルメラが口からクルルに魔力を放とうとすると、口元に鎖が現れて塞がれてしまう。
「だから言ったろ。浮気してんじゃねえよ。お仕置きだ」
「ーーークソドモガ!!!ーーー」
クルルは魔力を解き放ちその衝撃で身体を締め付けていた尾を弾き飛ばす。解放された瞬間に腰元の剣を鞘から抜き取り、鎖で縛られたアルメラの身体を下から斬り上げた。一連の動作は洗練されていて、まるで時の流れが違うようにも見えた。
血飛沫を上げて膝から崩れ落ちるように倒れ込むアルメラを抱き止めて支えるクルル。アルメラを覆っていた魔力は少しずつ薄くなり消えていった。
「ふう……大丈夫なんだろうな?そのガキは」
「ああ。少し身体に傷を付けてしまったけどね。これくらいならバクラに診てもらえば問題ないだろう。さっきはどうも。助かったよ」
「身内相手だと手を抜くからな。テメーは。下手したら死んでたぞ。自分の立場をもっと自覚しろ」
「自覚してるからこそ守りたいんだ。家族だからね。ロゼ……彼を……アルメラを頼んだよ」
「くだらねえこと言ってんじゃねえよ。わかってんだよそんなことは」
「そうだよね。良かった。ところでアルメラのーーー」
「アーールーーメーーラーー!!!!大丈夫⁉︎ロゼとクルルに二人掛かりで虐められて……可哀想すぎる」
「おい!虐めてねえだろうが!大体お前は今回全く役に立ってないくせに一々入ってくんじゃねえよ!」
「んな⁉︎それは仕方ないでしょ!クルルとの約束がーーー」
「ほら!そんなことよりも先にアルメラの治療だ。上に戻ってバクラに診てもらおう」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アシュグレイ王国とネテルワルツ王国のちょうど国境に位置する場所にある美術性に富んだ美しい建造物。地上三階建て、地下数は不明。魔導傭兵ギルド ミグルミの地上一階部分に該当する一室に新規加入したばかりの少年が治療の為に医療室に運ばれていた。
「おや?目が覚めたのかい?ここ最近ではトップクラスだよ。君は」
「…………またか。確かロゼさんと訓練……いや、ボコボコにされて……え?そんなにされたのか俺?」
「へえ。記憶は無し、か。」
「え?……あ、バクラさん。すいません。また世話になったみたいで。記憶ってどういうーーー」
「クルルが呼んでるよ。もし聞きたいことがあるなら僕じゃなくてあの二人に聞くといいよ。ロゼもきっとそこにいる」
俺はバクラさんに言われるがまま曖昧な記憶のモヤを晴らすためにクルルさんがいるギルド長室へと足を運んだ。長い廊下を通り、華やかな螺旋状の階段を上がって行く。最上階に位置する三階まで足を運ぶと正面にそれらしき部屋が現れる。大きな両開きの扉をノックすると中から入室許可の返事が返ってくると俺は扉をそっと開いた。
「わざわざ呼び立てて申し訳ないね。傷はもう大丈夫かい?」
「はい!痛みもほとんど無くて、前にバクラさんに治療してもらったときよりもだいぶ良いです。ボコボコにされたと思ってたけど、ロゼさんちゃんと手加減してくれてたんですね」
部屋の奥にあるソファに腰掛けるロゼさんにぎこちない笑顔を投げかける。
「アルメラ。脱げ」
ロゼさんは華麗に俺の笑顔を無視するといきなり変態的な要求をしてきた。
「嫌ですよ!散々ボコボコにしといて、挙句脱げって……本当に頭おかしいんですか⁉︎」
咄嗟に全力で拒絶してしまった俺の目の前に魔力の込められた鎖が一直線に伸びてきて当たる直前で止まる。
「二度言わせるな。脱げ」
「……はい。」
横暴だ……こんな劣悪な職場環境があるなんて……本当に外の世界は恐ろしいと思い知る。村がまた一段と恋しい。俺は恐怖政治に屈し言われるがまま上半身を露わにした。
「綺麗な身体をしているね。安心したよ」
クルルさんが何やら危険を匂わせる発言をしているような気がするが気のせいだろう。裸など普段気にするようなことではないのだが、こうもまじまじと凝視されると脱げと言われてるのも合わさって、さすがに羞恥心が触発されてしまう。
「女みてえな顔となりしてるくせに一応は戦える身体になってるらしいな」
「顔も身体も立派な男ですよ俺は!」
ロゼさんはソファからゆっくりと立ち上がると歩み寄ってくる。何を血迷ったのか俺の胸元からへそを通り腰元のあたりまで二本の指で優しくなぞってきた。
体感したことのないような寒気にも似た感覚が全身に走る。思わず ヒャッ! っというような出したこともないような声を上げてしまった。
ーーー何してくれてんだこの人は!!!
「アルメラ……お前今回どれくらい寝てたか知ってるか?」
「え?……そんな何日もってことはないですよね?いや、こないだのこともあるからな……二日、とかですか?」
「半日も寝てない。三時間程度だ」
ーーーたったそれだけ?記憶も曖昧になるくらいやられたからもっと気を失ってるもんだと思ってたけど……
俺は予想以上に意識を取り戻すのが早かったことに驚きを隠せなかった。でも何故だ?その割には未だに記憶が鮮明にならない。もやは晴れないままだ。それに、ロゼさんとクルルさんの雰囲気もなんだか……
「アルメラ、君がロゼと特訓をしている時のことはちゃんと覚えているかい?」
「いや、それが途中から記憶が曖昧で……」
「俺とルミが駆けつけたことは覚えてる?」
「……え?クルルさんにルミも⁉︎全然……覚えてないです」
ここで初めて気付いた。俺が想像しているよりもはるかに長い記憶を失っているということに。
「やはりそうか。いや、でも逆に安心したよ。君は君のままだということがわかったからね」
「お前は相変わらず楽観的だな。まあいい。こっちに来いアルメラ!さっさと服着てここに座れ」
話の流れが全く掴めないまま腰を下ろす。それから聞いた話は耳を疑うような内容だった。
身に覚えの無い魔力をこの身に纏っていたこと。その力を使いロゼさん達に危害を加えようとしたこと。そして、圧倒的で強大な殺意を宿していたこと。しかも二人の話によるとその力は人というよりも獣、それも魔獣に近いものがあったらしい。
目を覚まして一気に自分では溶かしきれない程の情報の波に襲われたことにより気分が悪くなる。
ーーー俺がみんなを襲った?殺意を持って?なんの冗談だ?
「はは……しかも牙や爪……それに尻尾って……それじゃあまるでーーー」
脳裏に一瞬蘇る村の赤い景色。兄さんを貫いた巨軀にそれに見合った鋭い爪。魔獣よりも更に禍々しいその風貌は伝記にも記されるほどの厄災、人狼の姿そのものだった。
ヤツの姿を思い出し、気分の悪さが加速していく。呼吸が上手くできない。胸が苦しくなり激しい頭痛が襲う。憎き仇として追っているヤツと自分自身が同じような魔力系統を持っているという事実を突然突き付けられたのだ。こうなってくると俺の見たあの人狼の姿も疑わしくなってくる。人狼という種族の者による行いなのか、それとも同じように魔導の力によって姿や形を変えた者による行いなのか……
そもそも俺は何者なんだ?何故俺だけが生き残った?気付かなかったのか?他の仲間は全員殺されているのに?おかしいと思わなかったのか?目を背けることしかしないで深く考えていなかった。ダメだ、次から次へと思考の波が押し寄せて頭が割れそうになる。
「落ち着くんだ。ゆっくりと呼吸をしろ。俺の目を見るんだ。余計なことは考えるな!自分を見失ってはいけない。戻れなくなるぞ!」
クルルさんに身体を掴まれ顎を持ち上げられる。クルルさんの両の瞳に映る自分の姿と目が合った。一瞬記憶の中の人狼の姿と自分の姿が重なった。身体全体が震えだす。
「俺は……一体、何を……なんで、どうしてーーー」
パンッ
突如、顔に痛みと衝撃が走り頭の中が真っ白になる。熱くなる頬に触れてみて気付いた。どうやらクルルさんに頬を思い切り叩かれたらしい。
「あ……ありがとうございます」
「……!これは驚いた。いきなり叩かれて礼を述べるなんて、思ったよりも思考は固まっていないようだね。いきなり暴力を振るってしまいすまない」
クルルさんは本当に申し訳なさそうな顔をすると俺に頭を下げてきた。
「いや、そんな!おかげでごちゃごちゃしてたのがリセット出来ました!こちらこそ気が動転してしまって……ごめんなさい!」
「沢山不可解なことも現段階ではあると思う。特に君の村での惨劇を聞くと思うところも多々あるだろう。でも、それは今考えてるだけではきっとわからないことばかりで、気力も時間も不毛に浪費するばかりだ。今、君がしなければならないのはその力を制御すること。そして前に進むことだろう?」
「……はい!」
「良い返事だ。気休め程度にしかならないかもしれないがミグルミにはアルメラみたいな未知の力に悩まされてる者も少なくない。魔導とはそういうものだ。そこらへんはロゼに任せておけば大丈夫だから安心するといいよ」
「おい!ったく。なんでいつもお前はそう人任せなんだ」
「頼れる仲間が沢山いて本当に心強いよ。アルメラもこれから忙しくなると思う。よろしく頼むよ」
「わかりました!何をすればいいのかはまだよくわからないですけど……ロゼさん!よろしくお願いします!」
ロゼさんは特に返事をすることなく頭を掻きながら部屋を出て行った。
「あいつこそ相変わらず素直じゃないな。あれで照れてたりするんだ。わかりづらいかもしれないけどね」
ーーー絶対そんなことないだろ……面倒に思ってるだけだ……
クルルさんは少しだけ嬉しそうに笑みをこぼすと俺の前で翡翠色の魔力を溜め始めた。
「これは……えっと……」
「これはミグルミに所属しているみんなと結んでいるものなんだ。‘約束’って言ったら子供っぽく聞こえるかもしれないけど、今から君には俺と約束をいくつかしてもらいたい。どうかな?」
ーーーそういえばルミがなんかそんなようなことを言ってたけど、あれか
「どうもなにも、ミグルミに所属してるんですから約束くらいいくらでもします」
「するだけじゃダメなんだ。ちゃんと守ってくれ。それが俺と君との約束だ」
クルルさんは今までで一番強く、しかし静かに俺にそう言った。
「……!わかりました!」
「よし。では始めよう」
両手を優しく前に広げると先程の翡翠色の魔力が俺とクルルさんを包み込んでいく。
「なんだ……魔力が……柔らかい?」
「一つ目の約束は仲間を傷付けないこと。訓練中やちょっとした喧嘩は必要だと思うけど、深く傷付けるようなことはしないでくれ。二つ目は美徳と誇りに反さないこと。これは各々で価値観も違うこともあるから難しいんだけど、犯罪行為や裏切りなんかが該当するかな。ミグルミの一員であることを胸に深く刻んでのしい。そして、三つ目。これが最後にして最も重要なことだ。絶対に死なないこと。これはどんな状況下であれ必ず守ってもらう。以上が俺と結んでもらう約束、契りだ」
「わかりました。結びます。貴方との約束を」
「我と汝 ここに契りを結ぶ 魔の糧となり 導きを記す」
翡翠色の魔力が濃くなり俺の身体に定着していく。ゆっくりと浸透していくように光が消えるとクルルさんは深い溜息をついた。
「これで‘約束’は結べたんですね?」
「ああ。時間を取らせてすまなかったね。グラスやルミが心配しているかもしれない。顔を見せてあげるといい。明日からまたロゼの厳しい訓練が始まる。今日はゆっくりと休んでおくように」
「はい!失礼します!……それと、ありがとうございました!」
俺は深く頭を下げて礼を述べると部屋を後にした。
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アルメラが部屋を出た後の団長室で倒れ込むようにソファに腰掛けるクルルの姿がそこにはあった。アルメラと結んだ‘約束’というもので激しく魔力を消耗したのか疲労の色が強く伺える。
「ふう……大変なのはこれからだ」
クルルはゆっくりと瞳を閉じてミグルミのメンバーの顔を一人一人思い浮かべる。
先程契りを交わしたアルメラ、それに彼を連れてきたグラス。小柄だが強大な戦闘力を有するルミとレイ。大人しいが優しい心を持つルナ。難しい団員達の面倒を日頃からよく見てくれているシオン。全員の生命線でもあるバクラ。荒っぽいがミグルミの古参の一人で誰よりも仲間想いのローゼ。今はいないがいざという時頼りになるムジカ。
クルルにとって 団員達は全員家族同然であった。血の繋がりは無くても自分よりも大切な存在がいるということで強くなることができた。
机の上に広げられた依頼書などの仕事の書類の中でから一通の手紙を手に取り、封を開く。数分の間黙読すると深く息を吸い込んだ。
「急がなければいけないようだね……頼んだよみんな」
日が暮れてゆくの窓から眺めながら拳を強く握り締めていた。




