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第四話 『天国と地獄』

 俺の中に芽生えた悪魔的な何か、それが少しだけ顔を出し始めていた。

 何か恨みがあった訳ではない……と言えば嘘になる、不愛想なメイドを少し懲らしめたいのだ。


「あ、一応メイドさんの名前を聞いておきたいな」


 メイドは何か躊躇するような素振りを見せ、ゆっくりとこちらに向き直り口を開く


「シャルとお呼びください」


 メイドの表情は元の無表情へと戻り、顔色も元の雪のような白さへと早変わりしていた。

 その姿を見た途端、俺の負けず嫌いの何かに火がついた。

 俺はシャルの手を掴み、部屋の中へと引きずり込む。


「なっ!?」

「俺まだ部屋の説明してもらってないからさ、頼むよ」


 シャルは急いで手を振り払い、軽く咳ばらいをして何事も無かったかのように部屋の説明を始めた。

 窓の開け方から呼び出し用のベルまで、よほど俺に会いたくないのか尋ねられそうなもの全てを一度に叩き込まれた。


「よろしいでしょうか? それではおやすみなさいませ」


 シャルが部屋を出ていこうとしたその時、俺はベッドのしたで何か影を作りだしている物に気が付く。

 俺はソレへと手を伸ばして、引きずりだした。


「また本かよ……」


 昼間のときよろしく、埃まみれの本と再び出会ってしまった。

 しかも見るからにこれは絵本、それも子供用の絵本である。


「……本?」


 シャルは振り返り、俺の持っていた本を見るなり形相を変えて飛びついてきた。

 本を持つ手に力を入れていなかったのもあり、簡単にシャルに奪われてしまう。

 シャルは大事そうに胸へと抱きしめ、部屋を出ようとする


「待てよ」


 ビクッと肩が上がるのが分かった


「それは無いだろ? その本を見つけたのは俺だって言うのに、横取りしたうえに無言で退室って……あんまりじゃないか?」

「……大切な本なんです」


 珍しくしっかりとした返事に少し喜びを覚える


「なるほど大切な本ねえ、それで? 俺には何も無い訳?」

「……ありがとうございます」


 返事を聞けば聞くほどに数分前とのギャップのせいか、意地悪の悪魔が心の奥から顔を覗かせる。


「お礼だけじゃなあ~あんな無礼な態度を取られたんだからな~」


 するとシャルは踵を返し、俺の目の前まで来て顔を上げた。

 その瞳は軽く潤みを帯びており、顔は屈辱からかほのかに赤みがかっていた。


「……どうすればお許しいただけますか?」


 反則だ。

 メイド姿の美少女に涙まじりの上目遣いで、「どうすれば」で「お許し」だぞ? このコンボに背徳感と言う名の興奮と、罪悪感と言う名のもどかしさを覚えない輩はいないだろう。


「……じゃあ俺にもその本の内容、読み聞かせてください」


 ついでに小声で言ってみる


「……膝枕で」


 シャルの顔が一気にほおずき色へと染まる、がすぐに顔を隠したので表情は良く見えなかった。


「わかりました」




 ―極楽。

 もう死んでもいいかも知れない、いやいっその事このまま死なせてくれ。

 現在俺は美少女の柔らかな太ももへと頭を乗せ、それによって赤面しながら絵本を音読させられている美少女の顔を眺めていた。

 正直、絵本の内容は全く持って頭に入ってこない。


「聞いていますか?」

「聞いてます」

「……」


 不服そうな彼女の顔を眺めるのも悪くない、というか寧ろ良い。


「……おしまい。さあ、終わりましたよ」


 シャルは絵本を閉じて、出ていけと言わんばかりに俺の頭を持ち上げる。

 その態度にむっときた俺は、最後に何か皮肉でも言ってやろうか、そう思って考えてみるが何も思いつかない。

 ここは素直にお礼を言うのが吉だろうか


「ありがとうな」

「……っ!!」


 よほど本当に屈辱だったのか、解放された途端にシャルは部屋から逃げ去るように出ていってしまった。

 しかしながら俺は満足である、今世紀最大の満足を味わった。


「よし、いい気分のまま寝よう」


 人生初の膝枕という今世紀最大のイベントを終え、先ほどまでシャルが座っていたベッドの温もりを感じながら瞼を閉じる。

 元より常夜灯を点けて寝る派では無かった俺は、月明かりぐらいが丁度よく、すぐにでも夢の中へと落ちて行ってしまいそうだった。


 しかし、車内で仮眠を取ったせいか今夜は中々寝付けない。

 せっかく丁度よい温もりを持ったベッドは惜しかったが、気晴らしに屋敷内を見て回ることにしよう。



 廊下に顔を出し、横断歩道を渡る小学生が如く左右を確認する。これはシャルに見つかった場合、すぐにでも寝かしつけられる可能性があるからだ。

 気の遠くなる程に長い廊下を歩いて、やっと広間へと辿り着く。


 するとどうだろう、広間にはシャルが立っており入り口で何かそわそわとしているではないか。

 その近くにはもう一人幼そうな少女と、人間らしからぬ何かが立っていた。

 この人間らしからぬ何かについては暗くて良く見えない、見えないけれども頭部の形と生えている尻尾で人間ではないことくらい察しが付く。


 しばらく観察を続けていると、シャルが何かに気づいたように扉を開き始めた。

 外から入ってきたのはボロボロの身なりへと変貌した、傷だらけのブラッドレイだった。


「シャルは新しい服を、ドマンは血のついたカーペットの掃除。キリセはいつもの手当てをしてくれ」


 ブラッドレイがそう告げると、シャルは急いでどこかに走っていき、人間でない何かも近くの扉へと入っていった。

 ただ一人残されたキリセと呼ばれた少女はふわふわと空中浮遊をしながら、血だらけのブラッドレイへと近づく。


「まるで常連客のように"いつもの"なんて言うけど、最近こんなことが多すぎるのではなくて?」


 少女がそう言うと、ブラッドレイは申し訳なさそうに誤魔化し笑いする。

 それを見た少女は軽くため息をつき、呆れたような声でブラッドレイに言った


「素性も分からないような人間を連れては来るし、お蔭でこっちは廊下の操作で一苦労よ」

「本当にすまない、感謝しているよ」


 そう言うとキリセはブラッドレイに浮きながら肩を貸し、階段を上り始めた。


(やっべ、登ってきてる!)


 盗み見ていたのがバレたら殺されるかもしれない、特にあのドマンとかいう人外に。

 俺は急いで自室に戻ろうと、身を翻して元来た道へと方向転換する。


 ―がそれは起きてしまった。

 俺が逃げ出そうとしていたのを待っていたかのように、近くの扉からはシャルが折りたたまれた服を持ちながら出てきたのだ。

 幸いにも向こうは気づいていないが、鉢合わせするのは時間の問題だ。

 それもたった数秒


(これはまさか、絶対絶命ってやつじゃ……!?)

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