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第一話 『ハロー異世界』

 後頭部に感じる何とも言えない硬さ、それと同時に鼻孔(びこう)へと不法侵入してくる澄んだ空気の香りと味。

 俺は咄嗟に瞼を叩きあげ、目の前に広がる世界の眩しさに瞳を焼いた。


「うあああっ! 目が、目があああっ!」


 つい先ほどまで真っ暗闇にいたというのに眩しいくらいに輝く太陽、それを反射して眼球へとダイレクトアタックしてくる草原の草花達。

 あらゆる煩悩を消し去りそうなこの輝きによって、俺の身も心も浄化されつつあった。


 一人で叫び、もがき苦しんでいると、背後で何かを落としたような音がした。


「ん?」


 目を向けた先に落ちていたのは、煤けてボロボロの本だった。

 勿論、何の宛先も持たない俺はその本を拾うしかない。例えその本の表紙に未知のウイルス、及び未知の細菌や病原菌が付着していたとしても……拾うしかない。

 本を手に取り、ペラペラとページを(めく)ってみる。


「なんだ、何も書いてないじゃないか」


 中身は目次らしきページ以降全て白紙、一ページも千切られた跡すらない無傷未使用の本だった。

 少しがっかりした気分のまま俺は本を閉じた。


「詰んだ、かんっぜんに詰んだ」


 目標は無し、地図も無し。この謎の地域についての説明も無ければ、経緯すら無い。

 もしまた"あの声"と出会う機会があったなら、今しがた頭に浮かんだ文句計百八個を全てぶつけてやりたい。


 肺の酸素全てを放出させる気かってくらいに大きなため息をつきながら、自分の両目に両手を当ててうな垂れる。

 するとどうだろう、何か木の擦れ、ぶつかり合うような音が聞こえてくるではないか。


「はは、とうとう俺の身体が木で作られちまったか。これじゃあ無課金アバター以下だな」


 などと言いながら首を垂らし続けていると、木製の音がどんどん大きく響いてくる。

 流石に何かおかしいと感じて、振り向くとそこには絵に描いたような馬車が停車していた。

 カーテン的な何かで良く見えはしなかったものの、車の方からは人影が覗き、こちらを見つめているのが分かった。


 何見てんだよ、と言いたいところではあったが口を塞いで気持ちも抑える。

 この何が何だか分からないような地域で先住民の方々を敵に回せば死んだも同然、今度こそ俺の人生に終止符が打たれてしまう。


「ここはトークスキルの見せどころだな」


 俺は本をズボンとパンツの間へと納め、手でごまを擦りながら馬車へと近づく。

 カーテン付きの窓へと差し掛かった辺りで違和感に気が付いた、というよりも何故気づけなかったのかと後悔すら感じる。

 ずっと馬だと思っていた車体を引いていたもの、それは馬などでは無く大型のトカゲのような見た目をした何かだった。


「は、はははハロー……」


 両足がガクガクと震えあがり、身体中の穴という穴から気持ちの悪い汗が洪水のように溢れだす。

 トカゲというべきなのかドラゴンというべきなのか、見方を変えれば大型の鱗の生えた鳥とも取れそうなソレは顔を近づけて臭いを嗅ぎ始める。


「終わった、これ絶対喰われる。最後は大型生物の餌になって終了、なんと悲しい人生だろうか」


 既に死を覚悟していたが、中々死ぬ気配が無い。それどころかソレは俺へと頭部をこすりつけ、猫のような呻き声を上げている。

 俺が何となく犬や猫に接するように撫でまわしてやると、ソイツは嬉しそうに瞼を開け閉めしていた。


「ほう、ルーダを懐かせるか」


 声に驚き振り返ると、先程までかかっていたカーテンを開いて男が顔を出していた。

 どこからどう見ても白人な顔立ちをした男はこちらを観察するように眺めている、まるで動物園の飼育員になったような気分だ。

 ルーダと呼ばれていたその生物を愛でる手を止め、俺は男の方へと近づいた。


「日本語が喋れるのか」

「日本語? はて、そんな言葉を覚えた覚えは無いのだが……まあ良い、乗りたまえよ」


 男は馬車? の戸を開いて俺を手招きした。

 先ほども言ったように宛先が無い、だからこそ棚から牡丹餅であるこの状況には甘えておきたいところだった。

 俺は男に言われるがまま車内へと乗りこんだ。


「ルーダ、いいぞ」


 ルーダは喉を鳴らすと、ゆっくりとした足取りで動き始めた。

 心地の良い揺れに身を任せていると、男も外の景色を眺め始める。


「そういえば、どうして俺のことを見ていたんですか?」

「うん? ああ、それはね―」


「―ここが人間の立ち入れるような場所じゃないからだよ」


 何の事かは分からなかった、分からなかったが変な冷汗が再び身体を濡らし始める。

 先ほどのルーダといい、この男の一言と言い、俺はこの時やっと理解した―



 ―ここは異世界である

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