39. ひとりでやれば
ここからまたルーセス視点です。
ぼちぼち。
朝になり、目を覚ます。こんな当たり前のことが、とても幸せなことだと思う。手を伸ばすと、クーちゃんを捕まえて抱きしめる。
懐かしい匂いがする。でも、城での生活はもう戻らない。
「……もう、迷わない。怖れない……覚悟するんだ」
クーちゃんをベッドに残して立ち上がる。リューナに剣を教えてやる約束だ。そろそろ行こう。
着替えを済ませて、部屋を出て、廊下を歩く。窓から見える緑が青々と輝いている。当たり前の、朝の空気の輝かしさと、陽射しの眩しさが、とても心地良い。
リューナの部屋の前に立ち、深呼吸をした。
「リューナ、居るんだろう?」
しばらく待つものの、返事がない。もうどこかに出かけてしまったのだろうか。扉に手をかけてみると、鍵はかかっていないようだ。
覗くのは良くない……けれど、鍵をかけていないのが悪いんだ!
と、自分に言い聞かせながら、少しだけ扉をあけて中を覗いた。その瞬間に違和感を覚え、扉を開き、部屋へ入る。
なんだ……何かがおかしい。そうだ、リューナの私物が何ひとつ無いんだ。これではまるでもぬけの殻……
―――リューナが居ない?!
はっとした。リューナの部屋を飛び出し、すぐ隣のアイキの部屋の扉を叩いた。
「アイキ! アイキ――!!」
アイキの返事もない。扉を開くと、この部屋にも何ひとつ、物が無い。
どういうことだ……何が起きているんだ。昨夜、リューナと剣の練習をしようと約束したばかりじゃないか。つい昨夜、みんなで食事をしたじゃないか。何故、消えてしまったんだ。オレに何も言わずに、何も伝えずに、二人が居なくなるなんて考えられない……!
オレは、サラの所に向かった。悲しいような、悔しいような気持ちで苛々しながら、階段を駆け下りた。
「……サラ!」
サラは、ひとりで美味しそうなタルトを作っていた。ちょうど出来上がったようで、オレの声に振り返ると満足そうな笑みを浮かべた。
「おはよう、ルーセス。朝の食事の代わりに、これを食べないか?」
「リューナとアイキが居ないんだ。何か知らないか?」
サラは、オレの顔を見ながら、複雑な、困ったような顔をした。
「……アイキは、リューナを連れて行ったんだね」
「どこに行ったんだ、オレもすぐに追いかけて……」
「追いかけて、どうするのさ」
サラの真っ赤な唇が艶めきながら、つり上がる。
「オレは……オレにはやらなくちゃいけないことがあるんだ! オレは、アイキとリューナと……」
「ひとりで出来ることなら、ひとりでやればいいじゃないか」
サラは、タルトをザクザクと切り分ける。その音が、何か別のものまで切り分けるように耳に響いて、何も言えずに黙っていた。
「座りな。今、茶を淹れるからね」
サラは取り分けたタルトをひとつ、皿に載せるとテーブルの脇に置いた。オレは黙ったまま、その席に座った。
テーブルに肘をつき、頭を抱えて下を向いた。サラが準備する、ティーポットのカタカタと揺れる音だけが聞こえる。
ひとりでやればいい……サラの言葉が胸に刺さる。オレは、ひとりでは何もできないんだ。覚悟を決めるなんて言っておきながら、やはりアイキやリューナを頼っていたんだと、自分で自分が情けなくなった。
やがて、サラは茶を持ってきてオレの前に座った。
「ルーセス、初めに言っておくけど、二人はルーセスを置き去りにした訳じゃない。先に行っただけだ」
「……それでも、黙って行くことないじゃないか」
「そうだね……でもさ?」
サラは、言葉を慎重に選んでくれている気がした。
「黙って行く必要があったんじゃないのか」
「……わからない」
いや、少し考えればわかることだ。オレはアイキとリューナとは、ずっと一緒だと思いこんでいた。でも、二人には二人の意志があり、目的があるはずだ。今のオレは、お荷物でしかないのかもしれない。
視線を上げてサラを見ると、タルトを頬張っていた。サラは、美味しそうに食事をする。精霊は食べる必要は無いと言っていたが、サラはいつも食べている。
「我ながら美味いぞ。ルーセスもお食べ」
「あぁ……ありがとう。いただきます」
皿の上でザクザクとタルトを一口大にする。口に入れると、サクサクのタルト生地とクリームがバランスよく絡み合う。サラの作るものは、本当に何でも美味しい。
「アイキとリューナのことは心配しなくていい。アイキは、自分の家にリューナを連れ帰っただけだ」
「アイキの家……?」
「ルーセスとルフの時間が追いつくまで、もう少しかかるだろう。アイキにしてみたら二人は、お荷物なのだよ」
「荷物……」
サラはニヤリと微笑った。頭の中を見透かされているような気がして、言葉に詰まる。
「ルーセス、これからしばらくの間、ルフと共にアタシの手伝いをしてくれないか?」
「ルフと?」
「そう、魔物退治をして欲しいのさ。ルフの家はわかるかい? 早速、頼みたいことがあるから、ルフをここに連れて来ておくれ。ルーセスが行けばシーナも喜ぶだろう」
「わかった……」
サラは、オレをじっと見つめて微笑んでいる。赤色の長い髪と、切れ長の目はサラを美しく見せる。何か言いたげな眼差しに、首を傾けた。
「ルーセスは、可愛らしいものが好きなんだな。アタシも、可愛らしい姿のほうが良かったか?」
「なっ、何をそんな急に……!」
「フフッ。人に愛されるという経験は無いからな、少し興味があった」
サラは、クスクスと笑う。オレはどんな顔をしたらいいのかわからなくなってしまった。ただ……サラが、オレのことも他の魔族と同じように大切に想ってくれている気がした。
タルトを食べ終わってからも少し、サラと話をした。それから食器を一緒に片付けて、オレはルフの家に向かった。




