表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚空の灯明  作者: 一榮 めぐみ
第四章
39/41

38. 歌って

 食事が終わってから、あたしとアイキはまた違う部屋に向かっていた。とにかく水の精霊の棲家は広い。壁のむこう側に、ゆらゆらと水草のようなものが揺れていて、その傍らを魚が泳いでいる。床は水の膜で出来てるみたいで、少し柔らかい。どれだけ歩いても景色が変わらないので、アイキと一緒に移動しないと迷ってしまいそうだ。


 しばらく歩くと、何も無いだだっ広い部屋に出た。少し前を歩いていたアイキは、振り返ってあたしの手を取ると、部屋の真ん中まで引っ張っていく。


「ねぇ、リューナは歌ったことある?」

「なくはないけど、あんまり……」

「オレに聴かせて?」

「アイキの前でなんて、ぜっったいにイヤよっ」

「気にすることないのに。オレだって初めは下手だったんだもん♪」


 アイキは、少し困ったように首を傾けてあたしをじっと見ると、息を吸い込んだ。


「―――♪」


 綺麗な声。アイキの歌声、すごく好き。


「ね、リューナもオレと同じように歌って」

「……うん」


 同じようになんて、歌えるわけないのに……。


「―――♪」

「あぁぁぁ……」


 自分の声に恥ずかしくなる。顔が沸騰しそうなほどに熱くなった。アイキがニコっと笑うので、余計に恥ずかしい。


「しょうがないな♪ 特訓だからね、すぐに歌は無理でも声の出し方くらい覚えてもらわなくちゃ」

「……歌が、特訓?」

「リューナが今すぐ使えて即戦力になるものを使うんだ。声に魔法を乗せることが出来るようになって、自分の身を自分で守れるようになるのが目標ね。そのために歌うんだ。そして、剣を使えればカンペキ!」

「それって、支援ってこと?」

「察しが良いね♪ 支援ならレベルが低くてもあるのと無いのでは全然違うだろ?」


 アイキが歌う。


 あたしは、ぼーっとしながらその姿を見ていた。今までこんなふうにアイキの歌を聞いたことが無かった気がする。城でもアイキの歌を聴いた人は皆、聞き惚れて大絶賛していた。あたしはアイキの歌は魔法だと思っていたから、上手くて当たり前くらいにしか思っていなかったかもしれない。


「リューナ! ちゃんと聞いてる?」

「……あっ…………うん」

「やっぱり……しょうがないな」


 アイキがあたしの両手を握ると、真剣な顔をして迫ってくる。あまりにも近くて、思わず呼吸を止めた。大きな目を弓なりにして、目の前でにやりと微笑む。


「覚えてくれないと困る。オレの夢なんだ」

「えっ……?」


 アイキは魔法を使った。その瞳が碧く輝くと、あたしは、自分の意志とは関係なしに声を出した。


「……そう、喉で歌うんじゃない、全身で……そうそう! リューナは素直だなあ」


 魔法で歌わせておいて素直も何も無いじゃない! ああもう……恥ずかしい。あたしの声は、アイキみたいに透き通ってなくて全然綺麗じゃないってのに――。


 アイキはあたしの様子を伺いながら、すぐ目の前で同じように声を出し始めた。


 アイキの眼差しは真剣そのもので、この歌は、ただのパフォーマンスとかステージのお楽しみじゃない、戦うための歌だってことが、少しずつ理解できた。


 それと同時に、魔物と戦ったときのことを思い出した。アイキのおかげで体は軽くなり、魔法は威力を増した。あたしにも、あんなことが出来るようになるのかもしれないと思うと、胸が高鳴る。


 だだっ広い部屋にあたしの震えるような声と、アイキの美声が響く。


「オレと一緒に歌おう。ずっと、誰かと歌ってみたかったんだ」


 魔法を使うなんてズルい。可愛くて、歌が上手くて、魔法も綺麗で、短剣だって誰も敵わない。アイキの存在全部がズルい。


 ……だけど、アイキと一緒に歌えるなら歌いたい。あたしも、アイキみたいに輝いてみたい。あたしには特別な能力なんて何もないけど、あたしにだって何かできるはずだ。ルフが言ってくれたようにきっと、あたしも輝くことができるはずだから。


 アイキの手をぎゅっと握って、アイキの声に自分の声を重ねた。今のあたしは魔法も剣もアイキには遠く及ばない。歌なんて比較することすら馬鹿らしい。だけど、足手まといは嫌だ……守ってもらうだけなんて嫌だ。


 同じ歌を何度も、何度も、ひたすら繰り返して歌った。時間も、ここがどこなのかも忘れるくらい集中した。自分の声とアイキの声以外には何も聞こえなかった。繰り返すうちに、少しずつ感覚がアイキから伝わってくる気がした。


 もっと……もっと上手くなりたい。あたしもアイキと歌いたい――!


 不意に、アイキがあたしから手を離した。意味がわからず、アイキを見上げる。


「そろそろ、休憩しようか」

「……まだ、まだ大丈夫よ」

「ダメだよ、休憩も必要だからね」


 アイキがそう言った途端に気が抜けて、アタマがぼーっとしてきて、たまらずその場にふらふらと座りこんだ。アイキもその場にぺたんと座りこむ。あたしもアイキも、息を切らしてる。


「こんなに歌ったの、久しぶり……疲れたぁ!」

「ズルい……魔法で、歌わせた……でしょっ!」


 怒鳴ったのに、アイキはしらばっくれるように目を丸くする。


「最初の、最初だけだよ……気がついて、なかったんだ」

「えっ……?」

「リューナが、歌ってたんだ、嬉しいな、夢が、叶ったみたい……こんなに頑張ったの、すごく久しぶり……頭がクラクラする……!」


 アイキは嬉しそうにその場に寝転がった。ほんのりと光る床に、アイキの頬が照らされてすごく綺麗に見える。ハァハァと肩で息をして、にっこり笑う。


 あたしが頑張れば、アイキが喜んでくれる……?


「リューナも、横になって」

「……うん」


 アイキに言われるまま、水の膜の上に手を突いて、ごろんと横になった。歩いている時には気が付かなかったけれど、ほんのりと温かい。それに濡れる感覚がするのに、服も手も濡れていない。


「この空間そのものが水の魔法なんだよ。すごいだろ」

「魔法……?」


 天井を見上げると、幾つもの魚が泳いでいるのが見えた。大きい魚、小さい魚、平べったいやつに、細いやつ。キラキラと陽の光が水面に揺れるように反射する。鳥が空を飛ぶように、魚は水の中を気持ち良さそうに泳ぐんだ。知らなかった。水の中には、こんなにいろんな種類の魚が泳いでたんだ。


「お昼過ぎたら、次は剣の練習をしようね♪」

「あたし、体力持つかな……?」

「大丈夫だよ、無理はさせないから。オレは、ルーセスとは違うからね♪」


 アイキはいたずらっぽく笑う。あたしも寝転がったまま、つられて笑った。これからしばらく、毎日アイキと二人でここで過ごすんだ。この美しい、水の精霊の棲家で。


 特別な場所で、特別な時間を過ごす。大好きなアイキと、ずっと一緒に居られる。そう思うだけで嬉しくて、ふわふわとした気持ちになる。これがあたしの感覚なのか、アイキの魔法なのかわからないけど、いい夢を見てるみたいだ。


 そう、ずっとずっと醒めない、特別な夢。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ