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虚空の灯明  作者: 一榮 めぐみ
第四章
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36. 水の精霊

 気が付くと、ふわふわのベッドの上にいた。サラサラと水の流れる音が聞こえる。暑くもなく、寒くもなく、ただキラキラと光が眩しくて目を開くのに躊躇う。目が覚めた時に、陽の光があるというのは贅沢な気がする。こんなにぐっすり眠ったのは、数カ月ぶりかもしれない。


「リューナ、目が覚めた?」


 優しい声があたしの名を呼ぶ。


「……うん、久しぶりによく眠れた」

「良かった。リューナには無理をさせたね……でも、ずっと見守っていたんだよ。時には背中を押して……ね?」

「ん……?」

「アイキがリューナだけを連れてくることは、予想してなかった。けれど、こうして会えたのは嬉しいな。いつも姿を隠していたからね」


 この声は……水の精霊?! そうだ、あの時……意識が遠退いて、そのまま眠ってしまったんだ。がばっと起き上がると、自分が着替えていることに気がつく。


「あれ……いつの間に着替えて……」

「怖がらなくていいんだよ。オレはアイキの母親だからね。あの服じゃ安眠の妨げになると思ったから、ゆるりとした服に着替えさせたよ」

「あ……いや、その…………」


 ベッドの脇に座っている水の精霊が、にっこりと微笑む。お礼を言うべきなのか、怒るべきなのか、どうしたらいいのか悩むけれど、その前に……もっと気になることを言われた気がする。


「あの……背中を押したって……?」

「……あぁ、オレがリューナを導いたんだよ。きちんと、紅い魔法使いに出会えるように……ね。運命の出会い、なかなか素敵だったよ」


 ……混乱する。水の精霊は、ずっと前からあたしを見ていたというの?


「あ、あの……」

「あの宿から逃げ出すときも、連携はバッチリだったろ? あの時は少し焦ったかな。土の精霊が手伝ってくれて良かった」


 楽しそうに話している水の精霊の反応に困っていると、部屋の外からバシャバシャと、誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。


「水!!」


 アイキの顔を見て、安心する。良かった……アイキが来てくれた!


「リューナに勝手なことしたら怒るって言っただろ?!」

「アイキ、おはよう♪ リューナは今、目覚めたばかりだよ」

「アイキ……!」


 助けを求めるようにアイキの方へ体を捻ると、アイキは驚いた顔をして顔を真っ赤にした。


「かっ……勝手にリューナに変な服を着せるなっ!!」

「アイキ、怒ることないだろう? 眠るときはなるべく薄着のほうがいいんだよ……ね?」

「へっ……?」


 よく見てみると、この服は色がないみたいに透けて……?!


「みっ、見ないでぇっ!!」


 あたしは咄嗟に布を取り出して被る。空間能力が使えて良かったと心底、思う。


「リューナ、隠すことない。とっても素敵だよ。ね、アイキ?」

「もぉっ! 出てけよ水! リューナに近寄るの禁止!!」

「アイキはズルいなぁ、そうやってリューナを独り占めするつもり?」

「もう、いいからっ! ラピスの所にでも行って来いよっ!!」


 水の精霊が居なくなるまで、あたしは布に隠れたまま、二人のやり取りを聞いていた。恥ずかしさで、顔が熱くてたまらなかった。


「ほんとに油断も隙もない……ごめんね、リューナ驚いただろ?」

「う……うん」


 アイキは、いつもと違う不思議な服を着てる。いつものアイキなのに、周囲を水に囲まれているし、不思議な場所だからか、違う人に見える。


「その服、見たことない」

「リューナが着てるのと同じだよ。そんなに透けないけど……」

「水の精霊って、お母さんなんでしょ……?」

「うん。でも、精霊って性別無いからな。まぁ、育ての親だね。今の水は、オレの顔を真似してるんだよ。前は違う顔してた気がする」


 あたしは、頭の中でアイキの言葉を整理する。この服は、きっとこの空間での特別な服なんだろう。それからえっと、水の精霊はアイキの顔を真似ている……? それじゃ、水の精霊とアイキの区別がつかない。


「アイキそっくりじゃあ、どっちがどっちかわからないよ?」

「そうか、そうだよね」


 アイキは、ぱっと何かを取り出した。


「指輪……?」

「石には土の精霊の力が宿ってるから、水には化けられない。これをつけてるのがオレだからね」

「うん……わかった」

「それから、こっちはリューナに。手を出して」


 アイキに言われて手を差し出すと、アイキがつけている指輪と同じものを薬指に付けてくれた。


「オレのと、お揃い♪」


 アイキが照れるようにニッと笑う。綺麗な笑顔にあたしはお礼も言えずに見惚れてしまった。アイキがあたしの顔を見て、首を傾げる。


「……嫌だ?」

「嫌じゃない、すごく嬉しい……!」

「良かった♪」


 アイキは嬉しそうに笑ってから、自分の手に付けた指輪を眺めていた。あたしも自分の指輪を見つめる。シルバーのリングに水色の小さな石が付いている。なんて名前の石なのだろう。


「リューナ、オレは勝手かな……ルーセスは今頃、怒ってるかもしれない。ルフには、やるべきことをやったら迎えに来るって言ったんだけど、ルーセスには何も言ってない」


 アイキの言葉に、はっとする。


「……あたし、今日からルーセスと剣の練習をする約束してたんだった!」

「えっ、そうだったの?!」


 アイキは少し困ったような顔をしたけれど、アハハッ、と笑いだした。あたしも笑う。ルーセスが困惑する顔を思い浮かべるあたしは、かなり意地悪だ。


「早く、ルーセスとルフにもここに来て欲しいけど……来て欲しくない」

「……あたしも同じ気持ち」


 アイキと指輪を付けた手を重ねると、見つめ合って二人で笑った。


「やっぱり、独り占めしようとしてる……ね?」


 水の精霊の声が聞こえて慌てて振り向くと、部屋の入り口から半分だけ顔を覗かせて、じっとりとした視線をこちらに向けている。


「水、邪魔すると怒るよ……?」

「朝ごはん、食べるかと思って呼びに来たんだよ。別に、気にせずに続けていいよ?」

「やっぱり水は邪魔すると思ったんだよなぁ……」


 アイキは溜め息を吐いて立ち上がると、水の精霊に向かって突然、魔法を放った。アイキの魔法は、水の精霊に当たり、弾ける。けれど、水の精霊にはアイキの魔法は全く効いていないみたいだ。


「やんちゃな子だなぁ。驚かさないでくれよ……ね?」

「ああもう! どっか行けぇぇえっ!!」


 アイキは、ぴょんとベッドから飛び降りると、再び魔法を放った。水の精霊は手をひらひらと動かすと、今度はアイキの魔法を消してしまった。そのまま、にっこりと笑いながら手招きする。


「おいでおいで〜♪」

「待てぇっ! みずっ!!」


 逃げる水の精霊をアイキが追いかけていく。パシャパシャと足音を立てて、二人はどこかへ行ってしまった。


 遠ざかる足音を聞きながら、改めて周囲を見渡してみる。水の中に透明の部屋が沈んでいるように向こう側が透けていて、水の中をスイスイと泳ぐたくさんの魚や、ゆらゆらと揺れる水草が見える。見上げると、光がチラチラと水面に反射するように見えた。


「綺麗……不思議な場所……!」


 昨日までと全く違う場所で、違う毎日が始まる。そう思うと嬉しくて、わくわくした。

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