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5月だというのに、肌寒い日だった。数ヶ月前はあれほど憧れていた、高校生活が始まったというのに、あまり実感が湧かない。家からの距離は、中学と比べてむしろ短くなった。放課後は相変わらず、中学からの友人達と途中まで一緒に帰り、残り数キロはウォーキングだ。「部活何に決めた?」とか他愛ない話を切り上げ、1人の帰路についた。
iPhoneにイヤホンを指し、LINEの通知数が増えていないことを確認してから、音楽をかけ始める。最初の曲は、星野源の『地獄でなぜ悪い』にした。歌詞はうろ覚えだが、ある一節が気に入っていた。『生まれ落ちた時から 居場所など無かった』理由はない。
曲を聞きながら、いつも脇を歩いて通り過ぎるだけの公園をふと覗いた。これにも理由はない。ただ公園を覗き、水飲み場で喉を潤している“少年”と眼が合い、そして眼を奪われた。
「人と人が出会う確率は、丁度夜空を見上げた時に流れ星が見える確率に等しい」と、誰かが言っていたような気がする。僕は、その瞬間に、確かに流れ星を捕まえた。
肌寒い日だった筈なのに、公園から家に帰った時には、服が汗でびっしょりと濡れていたことを覚えている。逆に、僕がどうやって彼の気を引こうとしたかはあまり覚えていない。正確に思い出したくない、というのが本音だった。しかし、結果として僕は、小学5年生の彼とお近づきになることが出来た。
...ひとりの人間としてそれが、果たして正しいことなのかも思い出したくはなかった。
僕は、自分のどうしようもない性癖を周りに隠して生きてきた。簡潔にその辺りの事情を述べると、僕は女の子ではなく、男の子のお尻が好きだった。これは覆しようのない、事実だった。僕にも、神様にもどうしようもない。さらにどうしようもないことに、僕は彼の、真珠のような美しいお尻に出逢い、求めてしまった。さらにさらにどうしようもないことに、彼もまた僕を求めていた。それはまだ稚気にも等しいものかもしれないが、僕と彼との間には、その種の熱を持った絆が確かに生まれていた。
「お兄さんの家に行ってもいい?」夏の日のことだった。彼はよく日焼けした健康的な肌に薄いTシャツと短パンを纏い、それでもまだ暑そうに言った。僕は家に親がいないことを頭の中で確認し、その事実の奥に見えるものに眼を背けつつ、笑顔で「いいよ」と言った。それから、そうすると余計に暑いこともお互い分かっていながら、手を繋いで家まで歩いた。
「ふぅ、暑い暑い」蝉の声が聞こえるアパートの一室に少年を上げ、クーラーをいつもより設定温度低めでつける。ゴー、ガーと音を立てて動き始めるそいつを尻目に、台所へ向かう。部屋に上がってから何も言わない彼に、「何か冷たいもの用意するね」と背中で声をかけ、冷蔵庫を開けると、「うわ何だこれ」皿に盛り付けられた柘榴と目があった。親がどこかのお土産に買ってきたのだろうか。とりあえず麦茶を2つ分コップに注ぎ、氷を数個入れ、彼の待つ居間へ帰ると、
最初に目に入ったのは、彼のカモシカのように細く長い脚。アキレス腱から太腿にかけて健康的に日焼けしており、その上にはー僕の求め続けた、真珠の様な双丘が見えた。ここでやっと僕は、彼がズボンを脱いでいることに気づく。蝉の声と真夏の太陽が頭の中で膨れ上がり、充していく。その中で、脳髄に刺す針の様な声を聞いたー
「お兄さんのも、見せて」
僕の最初の性的な経験は何だっただろうか。といっても、中学の時に初めて出来た彼女と、プリクラを撮りながらチューした(当時それが流行っていた)ことくらいしか記憶にない。あの彼女とは何で別れたんだっけ。彼との行為の際中に考えていたことは、そんなことばかりだった。まだ頭の中で、自分が異常者であることを認めまいとする最後の抵抗をしていたのだろうか。
行為自体は淡々としていた。僕も彼も、男の慰め方は悲しいくらいよく知っていた。
それから何度も、親の眼を盗んで僕と彼は柘榴を食べた。
(続くかもしれない)