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興味本位

「風呂……か」

私は脱衣所にて、服を脱ぎながら今の生活について考えていた。ほとんど毎日を、フロート国王の命令で各地に飛び回る日々。もう、城での生活は二十年ほどにもなるのだから、さすがに慣れてはいたけれども、その生活の中に「自由」は殆んど無く、常に見張られている感覚は否めない。ルシエル様と一緒に居るときは、心中波風立たない安定した状態を保てるが、ひとりで居ると、未だに家族を失った日を夢に見るし、どこでも「疫病神」と呼ばれる私は、生きにくさを感じていた。

「ゆっくり入るのは、久しぶりだ」

かけ湯をしてから、私は湯船に浸かった。木で造られている浴槽は、古代、「日本」と呼ばれていた国のものをイメージして、ルシエル様が日曜大工で手がけたものだ。ルシエル様も、毎日を忙しく生きている方だけれども、私とは違って要領がよかった。そのため、こういう趣味の時間も上手に作ることが出来るおひとだった。

(ルシエル様が、怪盗のワケがないじゃないか……)

湯船からは、木の甘い香りがしていた。

誰にでも優しいルシエル様。お金だってあるし、足りないものなんてあるのかと思うほど、不自由されていない生活を送っている。わざわざ、自分の地位を陥れるような行為をするはずがなかった。それなのに、私はどうしてこんなに焦りを覚えていたのだろうかと、不思議に思えてきた。ルシエル様が呆れられても、仕方のないことだった。

 ただ、それでもスタリーにもう一度行こうとは思う。このまま、ルシエル様を悪党に見せかけて、怪盗なんてするものを、放ってはおけなかったからだ。ルシエル様唯一の「弟子」として、師匠の汚名は返上しなければならないという、義務感にも駆られていた。

「だから、馬鹿なことは考えるものではないよ、カガリ」

「!?」

浴室と脱衣所とを隔てる扉の向こう側で、ルシエル様の声がした。ルシエル様は今、料理をしているはずだったが……もう、終わったとでもいうのだろうか。

 いや、それよりも気にするべき点はそこではない。ルシエル様は、私の考えを読んでいる。

「ルシエル様。覗き見しないでください」

「その言い草だと、なんだか勘違いをされそうだね」

くすくすと、笑い声が聞こえてきた。裸で湯船に浸かっている私。ルシエル様が、どのように受け取ったのかが分かった。

「へ、変なこと言わないでください。言葉のあやです」

「へぇ? それなら、覗き見してもいいのかな?」

「ダメです」

からかわれている。それは、自覚していた。ルシエル様は、誰に対しても平等に優しい方だけれども、私に対してはたまに、意地悪になる。それは、国王やジンレートがする「意地悪」とは、まったく質が違うものだし、それによって私が傷つくということはない。けれども、恥ずかしくはなる。私は顔を赤く染めて扉に背を向けた。

「食事の準備は……」

話題を変えようとした。このままルシエル様がからかうのをやめない可能性もあると、気付いていたからだ。

 ルシエル様とのじゃれ合いが、嫌な訳ではない。でも、自分があまりにも子どもだということを、突かれているみたいで気になるのだ。

「今、煮こんでいるところだから。焦げないように、気を付けてはいるよ」

「別に、焦げていてもいいですけど……」

「カガリは苦いものは好きじゃないだろう?」

「……はい」

声は聞こえなかったけれども、ルシエル様は今、笑っていると感じた。他愛無い会話が、くすぐったく感じる。此処は、「城」だということを忘れてしまうほどに、心地よい空間だった。

「スタリーには、私が行くよ」

「え?」

唐突に、ルシエル様は切り出してきた。これまで、私がスタリーへ行くことを「愚行」としてきた張本人が、どういう心境の変化だろうかと、私は首を傾げた。

「見てみたくなったんだ」

「怪盗を?」

「そうだよ。なかなか、見られるものじゃないからね……自分の偽物というものに」

「偽物に会いたいんですか?」

「興味はあるよ」

何にでも、興味を示すお方だと感じた。半ば呆れるような、いや、それを通り越して尊敬の念を抱くような……ともかく、普通の感覚ではないと思った。

 ただ、偽物が現れるということは、それだけ世界で名が通っているということ。認められていることの、裏付けだとも感じ取れた。

「どうして、偽物は怪盗なんてしているんだろうね?」

「……どうして?」

「そうだろう? 私をかたどるのなら、別に怪盗になんて成り下がらなくとも、なんでも手に入ったと思うけどね。敢えて怪盗を選んだ理由は、どこにあるのか……私は、聞いてみたいよ」

それは、考えてもみなかった見解だった。私は、ただ怪盗を捕まえたい。偽物を捕らえて、師匠の汚名を返上したい……その、一心だった。それなのに、当人はそこには重点を置いていない。おそらくは、捕まえようとも思っていないのだろう。単に、会って話がしたい。それだけを望んでいるのだと予測した。

「そろそろ混ぜないと、焦げるかな? カガリ。ゆっくりあったまっておいで。着替えは脱衣所に置いておくよ」

「あ、はい。ありがとうございます」

ルシエル様は、足音を立てずに歩く「癖」がある。意識して足音を鳴らすときには、それなりの意味があるらしい。気配も消しているし、多くの者がルシエル様に簡単に背後を許して、驚いた経験があると思う。

 先ほどの私だってそうだ。気づいたら、ルシエル様は真後ろに居た。当人は、別に相手を驚かせる為に、そうしている訳ではなく、誰が敵であっても、味方であっても、「自分」というものを覚られないようにしようとしている。いつ、命を狙われても対処できるよう。また、情報収集をこっそりする……要するに、盗み聞きをする為にそうしているところがある。

 ルシエル様は、音もなく現れて……消える。神出鬼没な面だけを見ると、なんだか「怪盗」といわれても仕方がないような気がしてきた。

「……怪盗と魔術士。大差ないのかもしれない」

私は身体を洗う為、浴槽から立ち上がった。

「そうそう」

「!?」

足音もなく消えたと思っていた……気配の消えていた師匠。何の為に、まだ脱衣所に残っていたのかが分からない。

「怪盗と魔術士は、まったく別物だよ、カガリ」

「……はい」

気まずい空気を感じながらも、私は立ち上がった姿でそのまま扉の向こうに居る師匠を見ていた。

「ただ」

「ただ?」

「怪盗とは、どういう存在なんだろうね?」

「はぁ……?」

生半可な声が漏れる。ルシエル様から疑問が浮かぶなんてことは、珍しいことの為、ワンテンポ遅れてしまう。

「怪盗と名乗っているのだろう? 泥棒と何が違うのかな」

「……さぁ?」

「……お前に聞いても、無駄かな」

「……」

その答えに関しては、多少ならずムっとした。でも、事実である。言い返せない。

「聞き耳立ててないで、キッチンに戻られたらどうですか」

「怒ったのかい? 短気だなぁ」

「ルシエル様……短気ですよ、どうせ」

「ぐれないでくれるかい? そんな可愛いことしていたら、裸を覗くよ?」

「覗かなくていいです!」

私は、ムキになって答えた。ルシエル様は、その対応に満足したのか、今度こそこの場から姿を消した。



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