三章 第三話
「お姉ちゃん、入るよ?」
リビングの扉を開き中へ入る。中央にテーブルがあり、二方向に椅子が二つずつ並ぶ。キッチンの向かい側にはテレビとビデオデッキがあり、その脇に一対の薄緑色をしたソファが置かれている。そのうちの一つで弥生の姉はくつろいでいた。
栢橋莉奈、二十歳。弥生をそのまま、色々と成長させたような容姿を持つ。弥生との表面的な違いは髪をポニーテールに結っている点。その言動とは裏腹に意外と真面目なところもあり、弥生のことを第一に考えている。
「えらく遅かったじゃないの、睦月君。ナニしてたの?」
莉奈がその心境を隠しもせずに顔に出す。つまり変な想像をしてニヤついていた。
「別に大したことはしてませんよ」
「じゃあ大したのとじゃないことはしたんだ?」
「いや、だからそれは---」
まぁまぁまぁ。そう言って莉奈は二人に座るように促す。
「まぁ何もないことはわかってたけど。ちなみに弥生が泣いてたのは、睦月君が泣かしたからじゃあないよね?」
「も、もちろん」
莉奈の背後に鬼を見るほど、その笑顔は恐ろしかった。
「そうですよお姉ちゃん。睦月君は悪くありません」
「そうだね、睦月君『は』悪くないよねー」
棘のある言い方だが弥生は言い返さない。言い返せない。
「さて、弥生も来たことだし改めて話そうか」
莉奈の声色が一変した。真面目モードに切り替えたようだ。
「私と弥生は特殊宇宙専門調査機関、『偶然の一致』に所属している。弥生は能力者として、私はそのサポーターとして。偶然の一致は五年前にそれまでの組織とは一変した。原因は『万天流星群』。それはただの流星群じゃなかった。世界中で観測されたはずの流星群の証拠は一つとして現れなかったの。でもその証拠は万天流星群発生の半年後、最悪の形で現れた、とここまではさっき話したわね?」
「はい、確かに」
「じゃあ続けるわね。その時最初の能力者が現れたの。場所はロシアのウラジヴォストーク。被害自体は大したものじゃなかったし死者も出なかったからいいものの、明らかに人の手でも自然現象でもない破壊だった。その日を境に世界中で能力者が次々と現れ始めた。だから偶然の一致は能力者を集め、研究すると共に事件を起こさないように指導したりしているの。そしてそれが順調に進み始めた頃に敵が現れた」
「敵ですか 」
莉奈はコーヒーを口に含んでから、また話を続けた。
「『闇の星屑』。今でも組織の情報は謎だらけ。分かっていることと言えば、奴らは能力者を使って世界中で事件を起こさせてるってこと。今日あなたたちが出くわした森乃司は闇の星屑の一員でしょうね」
「あいつが……」
陸上の金メダリストさえ比べものにならないスピードと高い攻撃性を森乃は持っていた。そんな能力者が他にもたくさんいるのかと思うと寒気がする。
「私たちの目的は能力者がその力を悪用しないようにさせること。世界を守るために戦うの。今日は逃しちゃったけど、妨害もあったし仕方ないか。それに初めての実戦だったしねー」
莉奈が弥生に視線を送る。
「うっ、申し訳ありません……」
「でも栢橋さんは頑張ってたと思うよ、うん」
睦月の言葉に莉奈が異様に反応したような気がしたが睦月は敢えて無視した。
「そんじゃ能力の話だけしてしまいましょうか。長話も退屈でしょうし」
「俺は大丈夫ですよ」
「あら嬉しい。それじゃこの後お姉さんと朝まで『お話』しない?」
「お姉ちゃん!」
「ちょっとからかっただけよ。あんたもヤキモチさんね」
「お茶を淹れてきます!」
勢いよく立ち上がると、顔を真っ赤にしながら弥生は台所の方へ早足で行ってしまった。
「ほんと素直よね、あの子」
睦月にはあまり理解出来なかったが、そういうことらしいと自分に納得させた。
「そうだ、あの子ね---」
弥生を待つ間に睦月は莉奈に『色々と』教えられたのだが、どれも弥生に言えるようなものではなかった。