二章 第四話
「では行きましょうか」
「そ、そうだね」
あくまで噂でそうなっているだけだが、彼女ができたことがない睦月にはいきなり相手の家に行くというイベントはかなり困難なものに思えた。無意識に体が硬直し、額に汗が浮く。
「睦月君、どうかしましたか?」
緊張が弥生に伝わったのだろう。弥生が睦月の顔を覗き込む。
「いや、何でもないよ。大丈夫大丈夫」
「ならいいのですけど……」
心配させたかな……。ここは俺がしっかりしないと。
「か、栢橋さん。今日はいい天気だね」
何でそんなことしか言えないんだよ俺!
「そうですね、お日様がぽかぽかしてとってもいいお天気です。お休みだったらピクニックにでも行きたいですね」
何て気が利くんだ、この子は。励まそうとして逆に励まされる俺って……。
「ピクニックか。小学生の頃に一度家族で行ったっけ」
「仲がいいんですね。羨ましいです」
「栢橋さんは家族の思い出って何かある?」
「そうですね……また今度お話ししますね」
「気になるなぁ」
「その話、是非俺にも聞かせてもらいたいもんだな〜」
「「え?」」
睦月と弥生の声が揃う。今の声はどちらが発した言葉ではなかったからだ。
声の主を探して辺りを見渡すがそれらしき人影はない。
「こんにちは、お二人さん。今日はデートかい?」
突如二人の肩に手が置かれる。振り向くとそこには見覚えのない男がいた。
逆立った髪に銀が所々に配色された黒の革ジャン。他にも指摘するしたいところはあるがそのどれもが派手だった。
「こ、こんにちは」
「はいはいこんにちは〜」
「あんたはだれーーー」
「ピクニックいいよねー!俺も最近ピクニック行きたいと思っててさー。今から行こうよ、ねぇ?」
睦月の声を遮ってチャラ男は弥生に話しかける。止まらない言葉の連続に弥生も戸惑っているようだった。
「あーでも今からだとお弁当ないよね。ピクニックと言えば彼女の手作りのお弁当だもんね。じゃあまた今度行こうか。うんそうしよう」
「だからあんたは誰だって聞いてんーーー」
「うるせぇな、少し黙ってろ」
睦月は飛んだ。飛ぶと言っても鳥のように羽ばたいたのではなく、吹き飛んだ。知覚するよりも早く体が飛んでいた。
「あなた、今何をしたんですか……」
「ん?ああ、大丈夫大丈夫。ちょっと押しただけだから。それよりもさーーー」
「離れてください!」
「ははは。怖い怖い」
チャラ男は両手を上げて弥生から距離を置く。その間に睦月へ駆け寄った。
「睦月君大丈夫ですか?」
「な、何とか意識は……。今何が起きたんだ……?」
「睦月君はここにいてください。もし動けるなら少しでも安全な所へにげてください。ここは私が引き受けます」
「そ、それはどういう……」
睦月の体を近くのブロック塀を背にもたれさせ、弥生はチャラ男のもとへ戻った。
「おっ!俺とピクニックしてくれる気になった?」
「いえ。ピクニックはあなた一人で行ってください。」
「つれないなぁ。寂しいじゃんよ」
「楽しんで来てくださいね。ーーー地獄で!!!」