第五十七話「予期せぬ霹靂」
今日は朝から穏やかな気分ではいられなかった。アンティール様バースデーパーティの余韻から醒めていなかったのもあるけれど、逆にこれからの出来事を考えると、心にさざ波が立っていた…。
朝食を済ませた私は、これからシャークスと共に「ある場所」へと向かう予定でいた。それは先日、私の誘拐事件で知り得た情報の核心に迫る為、赴く。
―――気が重い…。
時間が迫れば迫る分だけ、心臓のバクバクが大きくなる。とはいっても事は避けられない。むしろ早く解決に向けて、安堵感を得る方が大事だ。私は高まる緊張と共に、部屋を後にしたのだった…。
*★*――――*★* *★*――――*★*
「良い天気だね」
「そうだね」
宮殿から外へと出ると、心地良い陽射しに迎えられた。気持ちとは裏腹に、今日は雲一つない見事な青空が広がっていた。あまりの天気の良さに、思わずそれを口にすると、シャークスも淡々と返した。こんな日はお日様の下で、のんびりと過ごしたいのにな。ほのかな気持ちが広がる中、ふと…。
「でももしかしたら…」
「え?」
か細く呟いたシャークスの言葉に、私は首を傾げる。彼は目を細めて青空を眺めていた。
―――空を眺めてもなにもないよね?
横から覗く彼の表情は妙に真剣で、なにか感慨深さを思わせた。なんだろう?なにがあるの?聞きたいけれど、声をかけられる雰囲気ではなかった。それから目的の場所へは歩いて一キロほどだ。私とシャークスは馬を利用せず、徒歩で向かっている。殆ど会話はない。
―――シャークスは今なにを考えているんだろ?
これから向かう先で「ある人物」に会いに行く。その人物とは先日の誘拐事件で現れた男の口から知り得た、まさかの相手だ。だって「彼」は悪事を行える人では…いや「立場」ではないのだ。
その人物が「黒幕」かどうか、それを暴きに行く。私はそうでなければいいと心底願った。万が一そうであった場合、きっと多くの人達を大きな混乱へと招いてしまうだろう。
…………………………。
物思いに耽ながら、宮殿から離れて10分ほど歩いた頃だった。
「きゃあああ!」
「な、なんだあれは!?」
一通りの少ない路地で突然に悲鳴と叫び声が入り、私は目を丸くして吃驚する。声が飛んできたのはメイン通りの方から!?
「うわぁぁああ!」
「なんなの!?怖い!」
次から次へと悲痛な叫び声が響いてくる!
「なに?」
只事ではないと悟った私はシャークスに声をかけようとしたが、すぐに息を呑んだ。シャークスがはなんとも言えない「無表情」でいたのだ。まるで人形のようだった。
「?」
―――シャークス?
「行こう、スターリー」
そうシャークスは私に伝えると、メイン通りへと足を走らせる!私も急いで彼の後を追った。
―――数分後。
アーケードの商店街を抜け、大広場までやって来た。ここは普段商店とお客で賑わう活気ある場所だが、今日の人だかりはわけが違う。変に人がごった返している。その中で一際大勢が集まっている礼拝堂の前へと足を運ぶ。人だかりを掻き分け、掻き分け、目にしたあるモノを映し、私は絶句した。
周りの大勢から狂気の悲鳴と混乱の様子が飛び交っていた理由は目の前の「これ」にあったのだと。それは……恐れ多くも礼拝堂の外壁へと吊るされた「白骨」であった!バイオレットのローブを羽織った白骨はまるで死神のように不気味であった。
「きゃあ!気のせいかと思ったけど、さっきからあれ動いているわよね!?」
「オレもそう思っていたんだ!なんなんだあれは!?」
―――ただの風じゃないの?
白骨は風によって揺れているようだが、奇妙な躯の揺れをし、カタカタと口をも動かしていた。ただの風で、ここまでの動きにはならないよね?え?じゃぁ、あの白骨は生きてるって事!?私は蒼白となる。
そして気が付いた時には雲行きが怪しくなり、辺りは真っ暗となっていた。宮殿を出た時のあの雲一つない青空が今は真っ黒な雲に覆われていた。まるで黒い雲が空全体を支配しているような獰猛とした恐ろしい光景だった。
―――嵐の前兆?
段々と風が強くなり、躯に纏わり付くようで、とても不快であった。
―――ピカッ!
刹那!
―――ゴロゴロゴロォォドッカァァ―――――――――ン!!
なんとも凄絶な霹靂が鳴る……いや落ちた!
「「「「「きゃぁぁああああ!!」」」」」
轟音の響きに驚いた人々から、叫び声が上がる!
「ちょっ、なに!?見てよ、あれ!」
なにかに気付いた一人の女性が恐怖の悲鳴を上げた。彼女はガクガクと震えながら、前方へと指を差している!その先には?
「「「「「きゃぁぁああああ!!」」」」」
雷が落ちた時よりも、さらに大きな悲鳴が上がった。どよめきが当たり一面が震撼する!
―――なに、あれ!?
それを目にした私は一瞬で硬直した。だってだってだってだよ?目の前の白骨からローブが剥がれ、そして目からポタポタと………血が流れ始めていた!
―――なんなのあれは!?
さらに血は目だけではなく、肩から腿からと随所流れ始めた。そして真っ白な骨が全身血まみれとなる!
「イッヤァァアアアア!」
狂気の悲鳴が響く。波紋が広がる中、
―――ポタ、ポタ、ポタ、ポタ…。
「「「「「きゃぁぁああああ!!」」」」」
追い打ちをかけるように……頭上から「血の雨」が降ってきたのだ!頬に腕に足にと纏わり付くドロッとした血が落ち、呆然とする。
「ローゼンカバリア女神の天罰だ!」
―――え?
「そうだ!これは女神の天罰だ!」
「エクストラ王への王族への呪いだ!」
―――な、なにそれ!?
次から次へと意想外な展開が繰り広げられ、私の思考は回らなくなっていた。
―――ローゼンカバリア女神の天罰?呪い?それがエクストラ王や王族に対して?そんなバカな!
「エクストラ王はローゼンカバリア女神の天罰を受けるべきだ!」
「そうだそうだ!!王を退位させなければ、呪いは解けない!」
「王を退位に!退位に!!」
巻き起こる混沌にまみれ、正気を失ったのか王に対し畏れ多い言葉を投げ飛ばす輩達に、周りの人達も次々に呑み込まれていく。まるでデモのような騒ぎが広がる。
でもこんな状況なのに、シャークスは目を細め無表情でいた。どこかしら冷然としているように見えるのはなんで?私はわけがわからず、彼を見つめていると…。
「周りに王の退位を余儀無くさせるよう促している。これは……黒幕からの宣戦布告だ」
―――え?