第五十五話「盗み聞きなんて悪趣味です」
背後へと振り返ると、
「あ!」
そこにはやたら煌びやかなクローバーさんの姿があった。パーティ時の騎士様は普段の軍服とは異なり、華やかな正装をされる。シルバー色のフロックコートに、両肩にはレリーフ入りの金色の肩章、片肩から前部にかけて吊るされる金糸の装緒と、豪華な正衣だ。
着飾りは華美だけど、あくまでも軍服。万が一、なにか遭った時に、動ける服装である事が第一だそうだ。という事で、正装されたクローバさんは、いつも以上にキラキラオーラを放っていた。
彼の後ろには女性達がやたら群がっているのは何故?私の疑問をよそに、クローバーさんは普段の硬派な表情からは想像もつかぬような満面の笑顔を見せながら、私の前までやって来た。……と、思いきや、ガシッと肩を寄せられて?
「は?」
私は素っ頓狂な声を上げて、クローバーさんを見上げる。
―――なんのつもりだ!こんな大パーティでもセクハラか!
「放し…「待っていたよ、スターリー。あっちへ行って話そうか?」」
私に有無を言わさず、クローバーさんはそのまま私を押し出すように、歩き出した。
「クローバー様、もしかして、そちら方は婚約者ですの!?」
背後から、とある女性の切実そうな声が飛んだ。
「まさか。既にこのコには連れがいる」
クローバーさんは振り返ってクールな表情をして答えたけど、私の連れって誰だよ!
「でしたら私を連れて行って下さい!」
「いいえ、私を!」
「なに言っているのよ!私が…」
女性陣から次々とオファーの声が上がり、私は勘弁してくれと逃げ出したい気持ちに駆られた。なんか今の私って女性陣から反感を買いそうな危うい立場だよね。そんなのに巻き込まれたくないっての!だけど、無理矢理ホールの端まで連れて行かれた私は、クローバーさんに不満をぶつける!
「なんのつもりで、私を連れて行ったんですか!」
せっかくお料理を楽しもうとしていたのに酷い!空腹で苛立っていた私は強い口調で問い詰める。
「悪かった。女性陣から離れたくてさ」
「裏で不埒な行為をするから、付き纏われるんです!自業自得だと思いますよ!」
「痛いとこを突くね。普段のパーティなら、オレも彼女達をないがしろにはしないんだけど、今日だけはね」
「え?なんでですか?」
なにか特別な事でもあるのかな?女性を食い物にしているクローバーさんが身を引くなんて、よっぽどだよね?
「まぁ、もう過ぎた話ではあるけど、アンティール様がいる手前ね」
「は?取り巻きの女性とアンティール様になんの関係が?」
「んー、実はシャークスとアンティ―ル様の婚約が破棄になった後、オレ本気でアンティール様に、アプローチをかけたんだ」
「え?仲間の元婚約者ですよね?」
「そう」
サラッと答えてますけど、けっこう凄い事だと思いますよ、それ!
「まぁ、結果はどうだったかは言わなくてもわかるとは思うけど」
「はぁ」
アンティール様、今は隣国のフォールン王子の婚約者だものね。玉砕したって事か!同情はするけど、クローバーさんの素行を考えると、フラれて当然かも。
「アプローチした女性が高貴な方でもあるし、下手に他の女性と楽しくしている姿を見せるのは失礼かと思ってね」
へー、変なところで律儀なんだ。私が珍しくクローバーさんに感心をしていると、彼はジーッと私は見つめてきて?なにか言いたそうないわくありげな表情だ。なんだろう?
「なんですか?」
「いや、こうやって見ると、君はどことなくアンティール様に似ている気がするな」
「え?私あんなに綺麗ですか!」
私ってば着飾れば、アンティール様みたいに、美しいという事なの!素直に感極まっていると…。
「いや、勝気そうなイメージが」
「はい?」
それって全然褒め言葉じゃないよね?……てか、
「アンティール様って勝気じゃないですよね?むしろお淑やか女性じゃ…」
「ブッ」
「え?」
私の言葉に突然クローバーさんは噴き出した。なんで?硬派なイメージに、不似合いな振る舞いをされて、私はしかめっ面をする。
「なんで吹き出したんですか?」
「いや、だって君があまりにも思い違いをしてたからさ」
「どういう意味ですか?」
「んー、まぁそれはシャークスにでも聞いてみてよ」
「なんでシャークスなんですか?……あ、そういえばシャークスは?」
見かけてないな。確か彼もこのパーティには参加している筈なんだけど。
「シャークスも来ているよ。でも今はここにはいないね。それに探さない方がいい」
「どうしてですか?」
「でも…」
「?」
ここで何故かクローバーさんがニンマリした表情を見せた。その表情の意味がわかるのは少し先の事だ…。
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「なんでこんな所に隠れて、盗み聞きなんかしなきゃならないんですか!」
口調は強いけれど、声は最小限の大きさでクローバーさんにぶつける!。
「せっかくの借りたドレスが汚れても、私、弁償するお金持ち合わせてないんですからね!」
「大丈夫大丈夫、シャークスがいくらでも出してくれるから」
シレッとして答えるクローバーさんに噴火しそうになる。
「シャークスは関係な…「シッ」」
メッとしたような表情を向けられ、思わず怒気がしぼんでしまった。
「こんな風に話をするのって、何年ぶりかしらね?」
「5年ぶりだね」
あ、アンティール様とシャークスの会話する声が斜め上のバルコニーから聞こえる。そう、二人の会話を聞きに、私とクローバーさんは石階段の上で身をひそめているのだ。うぅ~、夜の外は肌寒い!ドレスには袖ないし。
何故こんな所にいる事になったのかというと、そもそもクローバーさん、アンティール様とシャークスの二人がバルコニーへ姿を消すのを目撃していたらしく、それを私に気を遣って、内緒にしようとしてくれていたようだった(なんで気を遣うかっての!)。
でも万が一の事を心配して、私を連れ二人の様子を見ようという考えに移行したらしい(万が一の事ってなんだ?)。といっても、実際はクローバーさんが面白がって、身を乗り出しただけなのだが…。
彼の悪趣味に付き合わされ、文句を言いたいところだけど、下手に声を上げてシャークス達にバレるのも怖いもんな。グッと堪えていると、会話の続きが聞こえてくる。
「色々とあったわね、この5年間。貴方も黒騎士の長まで行ったし」
「君も今日で成人を迎えたし、いよいよ婚儀の式を迎えるね」
「…シャークス。貴方、私を恨んでいるの?」
「そうでないと言ったら、嘘にはなるね」
―――え?