第二十八話「ヤツの方が上手でした」
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私とシャークスとの間に張り詰めた重い空気が流れていた。それもそうだ。何故なら私がほんの少しのバランスでも崩したら、数十メートル下へと落下するような状態でいたからだ。
「…スターリー」
シャークスはかつて見せた事のない困惑した表情を見せながら、私の名を呼んだ。
「シャークス、私は本気よ!もう二度と私への変態行為をやめると誓って!」
もちろん脅しのつもりだったけど、私はこれ以上のシャークスの行為を終止させる為に、ガチの姿を見せて叫んだ。その本気は今のシャークスの表情を見てれば、彼には十分伝わっているだろう。少しばかり良心が痛んでいたけれど、私はもう一度ハッキリと伝える。
「誓えないの!?なら私はここから飛び降りるから!」
私は片足を宙に浮かせ、いかにも飛び降りる姿勢を見せた。かなり危険な体勢だ。でもこれぐらいの本気を見せなければ、あの究極のシャークスの変態行為は止めてもらえないだろう!
「スターリー!!」
シャークスは身を乗り出し、私の名を力強く呼ぶ。そして観念したように「わかった」と呟いた。その言葉に私は「やったぁ――――!!」と、高鳴る鼓動と今すぐにでもニヤつきそうな表情を抑え、宙に浮かせた足をバルコニーへと着かせた。と、同時に……!
「え!?」
目の前の光景に目を疑う!だってだってだって、シャークスが突然に所有している自分の長剣を抜き出し…なんと!その剣を自分の喉元に突き付けているんですけどぉぉおお!鋭利な刃は当たったら、容赦なくスパッと切れるだろう!陽射しによって刃は異様に光っていた。
「なっ、なっ、なっ、なにやってんのよ、アンタは!?」
「見ての通りだよ?剣を自分の首に突き付けている」
冷めた表情をしながら、淡々と答えるシャークスに私の動きが完全に止まる。
「君を失う事はオレの生きている意味を失う。なら君の飛び降りと同時に、オレもこの剣で命を絶つよ」
「は?冗談よしてよね!」
シャークスのキツイ冗談に、私はギッと彼を睨み上げる。
「冗談?」
「え?」
私の言葉をまるで鼻で笑うかのようにシャークスはクスリと笑い、……気が付けば、彼の喉元から血が流れ出ていた。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと、なにしてんのよ!血が出ているじゃない!」
シャークスは剣で喉に切り傷を入れたのだ。私は信じられない光景に大きく動揺し、思わずバルコニーの取ってから地面へと下りた。彼は私の叫び声にも顔色一つ変えず、喉元には剣を突き付けたままでいた。
「君がオレの本気を認めてくれないからだよ。オレは君の為なら死ぬ覚悟だってある。死ねと言われれば、今すぐにでもこの剣で首元をザクリといくよ」
シャークスの本気を目の当たりにして、私の心臓はバクバクと速まり、今にも破裂寸前だった。頭の中も混乱し、グラグラして足も震える。
―――ど、どうしよう!ほんの少し脅かすつもりだったのに、なんでこんな事に!
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さっきとは逆転した立場に、今度は私が立ち往生していた。シャークスは一向に剣をしまう気配がない。私は自分のしでかした軽率な行為に、後悔の涙が込み上げてきた。今のシャークスは異様に怖かった。このまま本当に剣で自害してしまいそうな、そんな恐ろしい雰囲気を漂わせていたのだ。
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無言のまま見つめ合う。私は震える躯に拳を作って抑え、そして、やっとの思いで口を開いた。
「シャークス!私が悪かったわ!もうむやみに飛び降りるなんて言わないから、その剣を早くしまって!傷の手当ても早くしないと!」
流れ出る血が生々しく、私は瞼を瞑りたくて仕方なかった。それもあって、ここは私が観念してシャークスを宥めた。私の切実なお願いに彼は……。
「わかったよ、しまうよ」
「は?」
あまりにもアッサリとして私の言葉を呑むシャークスは、私が固まっている間に、機敏な動きで剣をクルリと回し、腰へと戻した。
―――な、なにこの無駄な従順さは?
私は未だ状況に把握が出来ず、口がポカンとして開いたままだった。その間にシャークスは私の方へと向かって来た。そして腕を掴まれ、フワッと彼の懐に包まれる。
「シャークス?」
いつもなら罵声を上げて拒むけど、この時ばかりはそんな気分にならなかった。むしろ、シャークスの体温を感じる事に、とても安堵感を抱いた。私は彼の心臓の音を確認するかのように、より躯を密着させた。
「スターリー、本当に良かったよ。君が落ちて、もしもの事があったら、オレは……」
「シャークス…」
シャークスの声が心なしか震えていた。私は彼が本気で心配をしてくれていたんだと感じ、おのずと涙が出てきた。
「シャークス、ごめんなんさい。私、カッとなってあんな事して……それと首は大丈…「生きていけなかった!罵ってくれる愛しの人がいなければ、オレは死人も同然だったよ!」」
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喉元を心配する言葉をかけようとした私を遮り、シャークスは自分の心の内の熱い想いを爆発させてきた。まさに「いらぬ想い」だ!
「だからオレも死のうとしたんだ!」
「はいはい、もうわかったから、首の血をなんとかしなさいよ!」
人の心底心配する気持ちをコイツは!ガチ死んで来い!と、言いそうになったけど、そこはなんとか抑え、私はシャークスの言葉を流した。
「うん、正直痛い」
「そりゃ、あんな剣で切ったら痛いでしょうね!」
本当にバカな行為としか言いようがない。私は奮起してシャークスに叱咤の目を向ける。が!
「スーターリー、消毒して」
「わかったわよ。じゃぁ、早く部屋に行くわよ!」
私はシャークスから離れようとした。しかし、ヤツはまたもや私を引き寄せ、恍惚とした表情を浮かべ…。
「今すぐここで君の舌で舐めて」
「死ねぇええええ―――――――――――――!!!!」
不道徳的な言葉が美しい中庭へと響いていったのであった…。