魔武器
昼飯を急いで食い終わり、今は校庭でヴォルク先生が来るのを今か今かと、いや、魔石が来るのを今か今かと、いや先生が来るのを、どっちでもいいか。
俺のおでこにはうっすらとボタンの痕がついている。なぜなら午前中ずっと寝ていたから。
午前中の授業は最初の10分程しか記憶にない。明らかに昨日の夜更かしが原因だ。シーナが起こしてくれなかったら本当に11時くらいまでぐっすりだったかもしれない。
昼休みになって肩を揺さぶられ、ようやく起きた俺を呆れ顔のシェリーが見下ろしていた。ライトが俺の顔を見た瞬間に馬鹿みたいに笑い出したので、何かと思っているとベルが手鏡を貸してくれて、痕を見た。俺も自分の顔に吹きだしたが、昼飯を食べながらずっと痕を擦っていたのでいくらかマシになっていると思いたい。
「お、シュウ! 先生来たぜぶっはは」
こいつはいつまで笑ってんだ。
「なぁベル、手鏡持ってない?」
「あ、鞄の中です……すみません」
「ん? 謝んなくていいよ」
「大丈夫よ。痕はそんなに残ってないわ。ライトが馬鹿なだけ」
「そうか。ライトが馬鹿なだけか」
「ばかばかって失礼だぞー」
そう言いながらもライトはにやついている。
「うおっしお前らー魔武器生成だ! 魔石取りに来い!」
先生が大声で言うと、待ち構えていた生徒たちが一斉に魔石の入った箱に群がった。
ライトも群れの一員と化し、ベルはおろおろと群れに入れず、シェリーは冷静に群れが散るのを待っている。性格が出るなぁと思う。俺はのんびりだから後でいい。フォリアは取り巻きに魔石を献上させていた。
「押すな! 魔石は無くならねーぞ」
先生が注意を飛ばす。
群れをかき分けライトが戻ってきた。
「おい見ろ! めっちゃでかいの取れた」
大きければいいのかは知らんが。
「よかったな」
「何の武器にしよっかなー」
聞いてねぇ。
「魔石を取った奴は、魔石に魔力を流せ! それだけでいい!」
魔武器生成のコツはしっかりと自分の作りたい武器をイメージすることだ。
イメージできていれば、魔石は思った通りの武器になってくれる。
イメージが定まっていなければ、魔石は俺たちの魔力の質や属性を感じ取り、そいつに合うような武器に勝手に変化する。予想外の武器になることもあるが、それはそれで未知の発見というもんだ。想像していなかった武器を使うのも面白い。
皆があらかた取り終えたところで、シェリーとベルは魔石を品定めしていた。 俺も一緒に魔石を覗き込む。
「どれがいいとかあるのかしら」
「これなんかどうだ?」
先生が俺たちに手渡す。
「ど、どうやって選んだんですか?」
「勘だ」
「勘かよ」
思わず突っ込んでしまった自分にドキリとする。
俺は昨日、先生に魔法を相殺したところを見られてから、どうすればいいのか分からずにいる。今朝のHRでは何も言われなかったし、このまま何事もなかったように、
「アリミヤ」
心臓が跳ねる。
「なっなんでしゅか」
……あああああ噛んだあああああああ
「んふふっ」
ベルが隣で声を押さえるように笑った。
「もういっそ全力で笑ってくれ!!」
「あっはははははは! これでいいのかしら? ふふふ」
「くっくくっアリミヤおまっぶっははは」
もういい。存分に笑えよ。笑えばいいだろ。
「うっせー誰でも噛むことだってあるだろ! もういいもんね!!」
俺はそこから逃げるように全力疾走でライトのもとへ避難した。
ライトはもう魔石に魔力を流したようだ。
「おい見ろ! シュウ! 俺の魔武器だ!」
キラキラした目で魔武器を見つめている。新しい玩具をもらった子供みたいだ。
「ライトは剣か」
「おう!」
ライトは自分の武器に夢中だ。
「武器試す時は広いとこ行けー! 周り確認しろー!」
先生が大声で叫んでいる。
ライトの剣は幅広で、1メートルくらい。おそらく両手でも片手でも扱える。刀身も柄も銀色に輝き、刃の表面にはくねくねとヘビみたいな溝が彫られている。
「さ、あたしたちも魔武器作るわよ」
シェリーとベルがいつの間にか戻ってきていた。
シェリーが魔石に魔力を流す。
魔石が黒く光りその手から出てきたのは、ナックルダスターが2つに、刃? ちょうど指が入りそうな穴が4っつある。
シェリーは新しい武器をくるくると回して見て、穴に右の指を通した。握ると内側、シェリーから見て左に30センチ程のクナイのようなものが伸びている。
どうやら右手はナックルダスターとクナイが合わさった様なもの、左手は普通のナックルダスターのようだ。
「あたしにぴったりね」
シェリーは格闘が得意なんだろうか。
俺も魔石に魔力を流す。闇属性を流したから黒く光り、イメージ通りの武器が出てきた。
「ナイフ、ですか?」
「そ。ダガーナイフ」
数は5個で刃渡りは15センチくらいだ。メインで使うなら少し数が少ない気もする。けどもともとが飛び道具だし、暗器にするつもりなので問題ない。それに俺の魔武器の性質は、名前を呼ぶと飛んで手元に戻ってくる事らしい。投げても呼べば戻って来るので安心だ。
性質っていうのは魔武器に一つだけある便利機能みたいなものだ。
ベルの手元が光る。軽い武器がいいって言ってたけど、さて、何が出てくるのか。
「何それ!? 人形!?」
驚いた。予想外の武器とはまさにこの事だ。
「な……なんでしょう、これ……?」
人形1体に指揮棒1つを見下ろして、ベルは目を剥き立ち尽くしている。どうすればいいのか分からないんだろうな。俺も分かんね。人形はベルの腰辺りまでの大きさだから、70~80センチぐらいかな?
「その……人形が手に持ってる棒? を掴めばいいんじゃないかしら? よく分からないけど」
シェリーがおずおずと口を開いた。
ライトが人形に近づいて頭に手を乗っけるが何も反応しない。
ベルが恐る恐る棒を手に取る。
俯き加減だった人形が、がっと首を動かした。
ライトが慌てて手を離す。
「「「「ひっ」」」」
ギギギギと首が180度回転し、首を左右に倒してこきこきと肩を鳴らす。
「きゃああ」
ベルは怖さからか混乱からか、指揮棒をめちゃくちゃに振り回す。
「ちょ、危ない、落ち着け」
俺がベルの手首を強く握って止めると、指揮棒が手から地面へ落ちた。
手から指揮棒が離れると人形はがくんと首を項垂ウナダれる。目を開いたままなのは人形だから当たり前だけど怖い。
「ふぅっははははなんだこいつー」
ライトが人形のほっぺをがんがん突いて笑う。怖いもの知らずだなお前は。次にぽふぽふ手を握って無邪気に言った。
「かてーしやわらけー」
手に指はなく丸くなっていて、なんか綿が入ってそうだ。
「え、あたしも触りたいわ。ベル、指揮棒絶対に持たないでね! 急に動くと怖いし」
「あ、はい。持ちません!」
シェリーが人形に充分手を近づけたところで俺は指揮棒を持ち上げた。シェリーが素早く手を引っ込めてこちらを睨む。
「あんたねー」
「はは、ごめんて。でも俺が持っても動かないし大丈夫だろ」
「ほんとね。あ、それはそうに決まってるじゃない! ベル以外の人でもこの人形を動かせたら、ベルの魔武器じゃないわ」
ごもっともです。
「髪さらっさらだなー。金髪だしベルの分身みたい」
「え、わ、私こんなに不気味ですか!?」
「いや、そうじゃないだろ」
ベルの思考回路は面白そう。いつも真面目そうな顔して何考えてんだろ。
「それにしても、衣装までこってるわね」
人形は淡い黄色のドレスを着ている。ライトがドレスを捲った。
「パンツはいてる!!」
「馬鹿」
シェリーは頭を抱える。俺も抱えたくなった。ベルがあたふたと指揮棒を手に取ると、その瞬間ドレスを捲っていたライトの顔に人形の上段回し蹴りがキレイに入った。
「ぶおっ」
3メートルくらい吹っ飛ばされていく。人形は何事もなかったかのように微動だにしない。
「すっげーなこの人形。3メートルも吹っ飛ばしたぞ」
「あ、あのっすみません!」
「どうして謝るのよ?」
「あっライトさんを吹き飛ばしてしまったので……」
「「気にしなくていい」わよ」
ライトが離れたところで手を挙げる。
「気にしなくていいぜ……」
俺たちはその後、武器を使ってみて少しは慣れたが、ベルは終始人形に翻弄されていた。