図書館と寂しさ
強烈な夕焼けのオレンジが窓から流れ込み、俺の読んでいる本を斜めに照らして邪魔をした。俺は夕日に背を向ける。
図書館が閉館するまであと約……1時間。俺はまだ探し物を見つけられていない。ここに来てからもう2時間は経とうというのに。
「ぁ……」
誰かが隣に立っているが無視だ。
「ぁ……あのっ!」
急に大きな声を出された俺は驚いて本から目を離した。ベルがこちらを窺うように見つめている。
「おお、ベル。居たのか」
「はい」
「ベルも探し物?」
「はい」
……数秒、俺とベルは何も言わずに見つめ合った。
ベルの髪が夕日に照らされ、その金色がより一層輝いていた。
ああ、そういえばこの子は人見知りで……、
「なぁ」
「あのっ」
かぶった。うん。よくあるよな。お互い慣れない雰囲気なのに、なぜか息ぴったりな事。
「なに?」
「あっいえ、あの……お、お邪魔でしたか?」
目を潤ませて俺を見上げてくる。なんだその攻撃は。これを無意識にやっているところがもう、女の子ってやつは。
「邪魔じゃないですけど?」
「そ、そうですか……」
これは俺が喋らないと話、繋がらないよな。
「ベルは何探しに来たの?」
「あ、えと、特に探している本はないんですけど、何か借りようと思って来ました」
そういえば、と俺は昨日の記憶を捻ヒネり出す。
「読書が趣味なんだっけ?」
「え? あっはい!」
ベルは何故か嬉しそうに笑った。かわいい。……いや、なんでもない。
「ベルはどんなの読むの?」
「いろいろ読みますけど……最近はまってるのは、……りょ、猟奇殺人、あなたが私を満たすまで、です」
「!? え、猟奇殺……え? なんて?」
――なに読んでるのこの子!?
ベルは視線をうろうろさせて慌てたように話し出す。
「あ、えと、あの、別に猟奇ものじゃなくても良くて、その、恋愛小説とかも読むし、」
なんか言い訳されてる?
「いいじゃん猟奇もの! ベルがそんなの読むって見た目に反してギャップにやられるし!」
何言ってんだ俺。
「とりあえず今度貸してよ。その……猟奇、なんとか。読めるか分かんないけど気になるし。すごく気になるし」
君が何を読んでるのか気になります。
「え、いいんですか!? あっはいっ貸しますっ」
ベルの顔が嬉しさに輝いた。かわいいな。……いや、何言ってんだ俺。いや普通にかわいいけど。いやそうじゃなくて。
「シュウさんは何を探してるんですか?」
シュウさん? シュウさん……。
「シュウって呼び捨てでいいよ。それとも呼び捨てって苦手?」
「あ、わかりました。あの、そのうち慣れると思うので頑張ります……シュウ」
丁寧に名前を呼ばれる。この子は純粋培養でもされて育ったんだろうか。良い人オーラが半端ない。こんな大人しそうで華奢な子が魔物をぶった切れるのだろうか。
シェリーも細身ではあるけど背は160cmぐらいあるし、さばさばした性格っぽいからなんかいけそう。この子は150cmくらい、ああでも、わざわざ近接で攻撃しなくても魔法があるのか。
「俺は転移魔法について知りたいんだけど、見つからなくてさ。ベルならわかる?」
「転移魔法、ですか。そうですね……無属性の魔法ですよね」
ベルは言いながら背表紙に目を走らせていく。
ここの本棚は無属性魔法専用の本棚らしいけど、『日常生活に欠かせない!? 空間魔法のいろいろ』とか『皆が知らない無属性魔法のほんと』とか、一般大衆向けのような気がする。勉強用のかっちりした本ではないというか。
ここのほかにも無属性魔法の本が纏マトめられている棚を探し歩いたが、気になったものを次々と手にとっては立ち読みしていたので、気づくと2時間も経過していた。
「ここには無いんじゃないでしょうか。内容が軽そうなものばかりですし、5階に行きませんか?」
「5階? まだ見てないな」
この図書館は実は時計台の中にある。何階まであるのか知らないが、螺旋状に延々と階段が伸びていて、円形に湾曲した壁に沿って本が並んでいる。
時計台の中はもの凄く広い。端から端まで歩くのが少し面倒なくらいに。
外から見て予想していた広さと実際の広さが違って、俺は入り口辺りで不審な挙動を繰り返してしまった。数分間も悩んだ末に空間拡張魔法だとようやっと思い当ったが。
俺はベルに続いて螺旋階段を上る。
各階、棚上のアーチ形の窓から光が差し込み、机と椅子も十分に設けられていた。
「ここ広いですよね。司書さんも今日は不在みたいなので、私たちで探してみましょう」
「いいのか? ベルも何か借りに来たんだろ」
「私はなんでもいいので……特に借りたいものは決めていませんし、探してる途中に面白そうなのがあったら借ります」
「そうか。ありがとな」
「いえいえ」
俺たちは手分けして探すことにした。
ベルと本を探し始めて約30分。ベルがそれらしいものを見つけてくれた。
「すげーなベルー」
「見つけただけですよ」
「いや、ベルがいなかったら俺は彷徨ってたから」
俺は正直2時間も図書館にいたから本に飽きていて、真剣なベルの周りをふらふらうろつきつつ窓から外を眺めていたりしたのに、ベルは怒らなかった。 なんて心が広いんだ。
ベルが一生懸命探してくれた本を数冊借りて、俺たちは時計台から出る。
夕闇が訪れていた。柔らかい風にベルの髪がそよいで、同じ金髪のリリアを思い出した。昨日別れたばかりなのに、たとえようもない寂しさが心に広がった。ここに来るときはあんなに嬉しくてはしゃいでいたのにいざ別れてみると、少し怖くなった。俺は孤立無援みたいな気がして、そんなことはないのに。
転移を覚えたらいつでもあの家に、俺の家に帰れるんだ。
自分で自分を励まして、なるべくのんきな声をつくってベルに話しかける。
「明日は魔武器生成だなー」
「そうですねー」
「ベルは使いたい武器とかあんの?」
「うーん、特には。軽い武器なら嬉しいですけど」
「ああそうだな、ベル筋肉なさそうだもんな」
ベルはくすりと笑って、問を返す。
「シュウさ……あ、シュウは、欲しい武器があるんですか?」
「大体は決めてる」
「えっどんなのですか?」
「ふふーん明日のお楽しみ! じゃ、俺こっちだから」
俺が笑って言うとベルは飴をもらえなかった子どものような顔をしていて、なんか面白い。
「っき、気になります! でも明日、ですよね。……あ、シュウさん、おやすみなさい」
ちょっと早いけどな。
「おやすみ」
さあ、帰って転移の練習だ。
夜遅くまで本を読み耽っていた俺はいつの間にか勝手にベットで寝ていたらしく、その事はいいのだが。目の前の状況が信じられないでいる。
「おっはようシュウ君! なはは」
「なっなっなんんん」
「ご飯にする? シャワーにする? それともあ・た」
「馬鹿か!!」
俺が勢いよく体を起こしたせいでシーナに図らずも、そう、図らずも頭突きをかましてしまった。
シーナはベッドから転がり落ち、いや俺の上から転がり落ちてひどいよ~とか言っている。
「なんだ、なんでここに居る。どうやって入ったんだよ……」
俺は朝一番のため息を漏らした。
「いてて、ふふふふ、びっくりしたでしょ! 学園生活3日目じゃん? シュウ君が寂しがってるんじゃないかと思ってだね!」
シーナはしてやったり、という顔だ。俺はまさにしてやられたが。
「べっつにー? 寂しくなんかないし。つかまだ3日目だし」
なんか素直になれない。
「またまた強がっちゃって。シュウ君は寂しがり屋さんなんだから、お姉さんの胸に飛び込んできて「誰がお姉さんだ」お姉さんじゃん!」
確かに歳は俺より上だ。24だ。でも普段の行動を見てると精神年齢の方は俺と同じくらいで止まってるんじゃないかと思う。
「あ、何その眼! うちを馬鹿にしたら朝ご飯なしにするよ?」
「え、朝飯作ってくれたのか……?」
「作ってないよ」
「そうだろうなちょっと期待した俺が馬鹿だった」
「もー! ほんとに作ってあげないよ? もう11時だから朝というより昼ご飯かな?」
……は?
俺はがしっと置時計を掴む。時計の針は8時。8時!? 止まってる! いや動いてる! え!?
「8時じゃねーか!!」
「顔面蒼白だったね」
「しょうもない嘘つくな! まったく」
こいつにエネルギーを吸い取られていく気分だ。
「じゃ、うちは帰るから」
「は? いやいや唐突過ぎだろ」
「寂しいのかな~?」
「うっせー寂しくねーし!!」
「ははんこれがシュウ君の世界で言ういわゆるツ・ン・デ・レ「うっさい帰れ」なはは! また来るよ! うちは何度でも現れる! 蘇るのだ!」
いや蘇りはしないだろ。したら人間じゃない。
シーナは俺を指差し高笑いしながら転移で帰って行った。行動まで煩い奴だ。
俺が寝室からリビングへ行くと驚くべきことに朝飯が用意されていて、昨日俺が読み耽っていた本の間にはアドバイスのメモが挟まれていた。
……してやられた。
自然と笑みがこぼれる。昨日までのボッチ感はどこへやら。寂しくなんかない。今日は魔武器生成だ。昨日よりも楽しみになって、俺は朝飯を口に頬りこんだ。