入学式当日
ついに入学式だ。待ちに待った学園だ。
俺はうきうきしながら制服を着て鏡の前に立つ。ちょっとポーズをつけてみたり。1人で恥ずかしくなって悶えてみたり。俺は今17歳だけど、入学してくる人たちはほとんど16歳らしい。でも、1歳くらいわかんないよな。
ドアのノック音とともに、声がした。
「シュウ、起きているか」
「はい!」
この声はユーガさんだ。ユーガさんは寡黙だから最初は少し怖かったが、話して見ると良い人だと分かる。
ドアを開けるとユーガさんが俺を見下ろす。
「よく似合っている」
「ふふん、ありがとうございます」
「朝飯だ」
「はーい、今日はなっにかなー」
朝からテンションマックスで食堂に行くと、すでに食事の用意はできていて、3人分が並べられていた。
「リリア、おはよっす」
「おはよう、シュウ、今日からね」
「うん、今日からー」
「準備はもうできてるのかしら」
「ばっちり。超できてる」
「シュウ」
早速オムレツをつついているとユーガさんに呼ばれた。ハンカチとティッシュを差し出される。
「ああ、うん、ありがとうございます」
「……不要か」
「いえ! そんなことないです! 大事に使います」
俺がそう言うと、無言で食事に戻ったユーガさん。まさかユーガさんからこの2つをもらえるとは思っていなかった。……嬉しいけど。学校への必需品は世界共通、いや異世界共通? なのか。
「シュウ? 私は任務があるから見送りには行けないけれど、学校、楽しんでらっしゃいね」
リリアはすでに食べ終わって、食器をまとめている。
「おう! リリア、たくさん教えてくれて、本当にありがとう。……、言葉に出来ないくらい、感謝してる」
「ふふ、そう言ってくれて私も嬉しいわ。学校でのこと、たまには帰ってきて、聞かせてね」
「もっちろん」
リリアは華やかな笑顔で手を振り、食道から去って行った。
食事も終わり、俺はユーガさんと部屋に戻った。
学校は全寮制なので、教科書やら服やらその他もろもろは転移で寮へ送ってもらうことになっている。因みに俺も、ユーガさんが校門前に転移させてくれる。
俺はまだ転移を使えない。だが便利すぎる力なので学園で習得してやると意気込んでいる。
今日この館に居ない人たちとは前もって別れを済ませていて、レイからはレイ自作の時計をもらった。
レイは研究や発明が好きで、色んな物を作っては改良したりほったらかしたりしている。ああいうのを天才って言うんだろうなとつくづく思う。
そのレイからもらった時計の針はもうすぐ8時を示そうとしていた。
もうすぐだ……と気を落ち着かせていると、物凄い勢いでドアが開き一気に心臓が跳ね上がった。
「シュウはいるか!!」
ユーガさんはドアの音と、ドズの声に2回ずつ肩をびくつかせていた。しかし顔はポーカーフェイス。嘘をつくのが苦手な俺としては少し羨ましい。
「シュウ! よかった、もう行ったかと」
「うるせーよドズ、何か用?」
「……俺とユーガとの接し方が違いすぎる!」
「はいはい」
ドズはこれでいいんだ。シーナにも筋肉馬鹿と貶されていたし。
「ぬっ、せっかく祝い品を持ってきたというのに」
「え、なになにー? ドズさん」
俺は笑顔で話しかける。
「現金な奴だ。ほら」
ドズは背中の後ろから綺麗に包装された花束を俺に差し出した。ものすごく笑顔だ。
「え……いらない。持ってけないし。邪魔だし。置くとこないし」
ドズはその場で崩れ落ちた。
「入学式に花束持ってる奴なんていねーだろ! 邪魔すぎんだろ! つかそれ以前に恥ずかしいわ!!」
ドズは床に埋まった。
「でもさ、気持ちは嬉しいから。こんな綺麗な花束ありがとな。俺はドズのそういう優しいとこ、嫌いじゃねぇよ」
ドズ復活。なんて単純なんだ。
「シュウ」
ああ、そろそろか。
俺はユーガさんの描いた魔法陣の上に乗る。
――フロウさん、リリア、レイ、シーナ。
「ドズ! ユーガさん! 行ってきます!」
「おお! 行って来い」
「……ここはお前の家だという事、忘れるな。行ってらっしゃい」
魔法陣が光った次の瞬間には、俺は俺の背丈よりも大きな白い門の前に立っていた。因みに俺の背は170cmくらいだ。
周りを見ると、俺と同じように転移してきたり、坂の下から歩いてきている人もいた。
俺は新入生と思われる人たちに紛れて、ドキドキしながら白い門をくぐる。
つい立ち止まって校舎の奥にそびえ立つ時計台を見上げた。一番上には大きい銅色の鐘が吊るされ、その下に嵌められている時計は巨大だ。この距離からでも時間が分かる。時計台も校舎も、全体的に白っぽい。
――ここが、エノン学園。……ここだ。ここで俺は、もっと学べる。もっと魔法を使えるようになる。
俺は深呼吸して、一歩、歩き出した。
入学式会場に着くと入り口前にちょっとした列ができていて、パンフレットのようなものが配られていた。
俺も最後尾に並ぶがじっとしてはいられずキョロキョロしていると、制服の色が違う人を時折見かけた。
この学校は制服の色で学年が分かるようになっている。最高学年の3年は白いブレザー、2年は紺のブレザー、1年は臙脂エンジ色だ。全学年共通して左肩にエノン学園の紋章が縫い付けられている。
紋章は、俺の世界で中世の騎士が持っていたような盾の形をしている。真ん中にこの学園を真正面から見た風景と、それを囲むようにセントネックレスという植物が描かれていた。セントネックレスの花言葉は成長とか青春らしい。今貰ったパンフに書いてた。
会場の中は映画館みたいに後ろにいくにつれて少しずつ座席が高くなっている。座席は赤色で、千人以内なら座れそうだ。前に舞台と演台がある。2階はなく、巨大な天窓からの光が惜しげなく注がれていた。
俺は式後の混雑を予想して後ろの方の入口に近い席に座る。
体育館を見渡すと新入生だけではなく、2年生と3年生がおそらくクラスごとに座っていた。
既にほぼ半分以上の椅子が埋まっている。
開始時間が後5分と迫っていた。
「……であるからしてうんぬん……諸君らはこの学園にふさわしいうんぬん……○▽×◎◆□▲うんぬん……」
パチパチと2、3拍手の音がして、それから一斉に皆が気づいたように拍手の音が響き渡った。
俺は目を瞑りながら右から左へ話を聞き流していたので出遅れたが、一応気だるく手を叩いておく。10分以上喋りやがった、あの教頭。次は学園長かーと俺はまた寝る体勢に入る。
「諸君! 入学おめでとう! 楽しみなされ! 解散!!」
「がっ学園長! 解散させられては困ります! 教室へ案内しないと」
「おおーそうじゃったのう。ハハハ、諸君、上を見上げい!」
なんだこの学園長! と驚きながら上を見上げると、天窓に黒い文字がふわふわと浮いていた。
そこかしこから歓声や驚きの声が上がる。俺もこんな魔法見たことがない。少し感動しながら目で文字を追うと、運のいいことに俺の名前はすぐ見つかった。
天窓いっぱいにA~Fまでのクラス名と、クラス名の下に俺たち生徒の名前が並んでいて、俺はA組だった。
パンフで校舎の見取り図を確認しつつ、席を立って教室へ向かう。
因みにこのクラス分けは成績順ではなく、貴族も平民も分け隔てなく割り振られるらしい。
見取り図によると、この学園は片仮名の≪ヨ≫のような形をしていて、正門から5分ほど並木道を歩くと校舎にぶつかる。
一番手前は3年、次が2年、最奥が1年の教室だ。
3年と2年の教室棟、2年と1年の教室棟の間には中庭があり、右の棟には保健室、職員室、生徒・教員の出入り口などがある。
その棟の右側はだだっ広い校庭だ。
校舎の奥に式典のための会場があり、その隣が体育館だ。時計台は会場と体育館の間に堂々と建っていた。
その奥にはさらに、魔法を練習するための専用の修練室が10室ある。
校舎から左奥に10分ほど歩くと男子寮があり、右奥に10分ほど歩くと女子寮がある。もっと奥に進むと学園の敷地外に出て、森が広がっているようだ。
俺は見取り図を畳んでズボンのポケットにしまい、混雑している1年の教室棟へ入る。Aクラスは出入り口から一番遠い。
人混みの合間を縫って進み、俺はAクラスに足を踏み入れた。
心臓が落ち着かない。
教室はけっこう広くて、一人に一つ机と椅子が割り当てられていた。
黒板に座席表が貼られている。だが今は皆が我先に見ようと奮闘しているので俺は入り口近くで人が空くのを待っていた。
しかし俺の立ち位置が悪かったのか、後ろから誰かに体をぶつけられた。
「あ、わり……」
俺の声を遮るように後ろからまた他の誰かに腕で押しのけられる。
なんだよっと少し不機嫌になっていると、人だかりの後ろの方の人がこちらを見て何かに気づいたような表情をした。数人がさっと道を開ける。
「おい! 邪魔だ! フォリア様が見れんだろうが! さっさとどけ!」
俺を押しのけた男子が大声で怒鳴る。その声に教室中が静まりかえった。全員、無言で座席表から離れる。
俺が後ろを振り返ると2人の男女が立っていた。
その二人は悠々と自分の席を確認し、教室の後ろへ向かう。
もしかして○ふぉいだろうか。あの水色髪のイケメンが○ふぉいなんだろうか。○ふぉいは取り巻きと思われる2人の男子と1人の女子を連れて席に座った。終始無言だ。
ざわざわともとの喧しさが戻ってきた。
俺は皆が座席表の前に戻りきる前に、滑り込むようにして席を確認する。
うわ、真ん中あたりだ。窓に近くもないし一番後ろでもない。
ちょっとがっかりしながら自分の席に座ると、早速隣の男子が話しかけてきた。
「よう、おれはライト。お前は?」
「あ、おう、俺はシュウ。よろしくな」
「おう! 1年よろしくっ」
元気そうな奴だ。髪はオレンジで、俺より少し背が高そう。そいつは楽しそうに話しかけてくる。
「シュウってどっから来たの?」
どっどこからだと!? やべぇ、考えてなかった!! フロウさんは俺の出身地をどこにしたんだろう!?
「うぇ、ええーと、お、い、田舎かな」
超きょどった。どうしよう。
「何て? ははははは、シュウ緊張してんの!?」
顔が熱くなってくる。
「そ、そういうライトは、何処から来たんだよ」
「ふはは! ああおれ? おれはっははっちょっまって、つぼったははははは」
そんなに笑うなよ……笑い上戸か?
「おーい、全員席に着け~」
ドアを勢いよく閉めて、男の先生が入ってきた。三十路はいってるか? でも雰囲気は若そう。赤い髪だ。
そうそう、この世界では自分の最も得意な属性が髪色に出やすいらしい。敵に情報与えまくりだな。
赤い髪だから、火かな。ライトはオレンジだから……雷?
金髪は光だ。治癒魔法は光属性しか扱えないから、光属性を持っている人は重宝されるらしい。だから、だいたいが医者や看護師を目指すんだそうだ。
俺の前の席の女子は金髪だった。
ライトの前にいる女子は黒色だから、たぶん闇を使える。そして頭に三角のような丸っぽいような、可愛らしい耳が生えていた。
獣人を見るのはこれで2人目だ。シーナも獣人だったから。
俺も髪は黒だから、やはり学園ではそれらしく闇属性を使うべきか。でも俺が気に入ってるのは火なんだよね。フロウさんが火をよく使うから、ちょっと憧れてるのもある。
「明日から授業が始まる! 今日は属性と魔力量を調べて、その後に自己紹介だ。デニア・ケリー。このプリントを全員に配っとけ。っし、さっさと終わらすぞー。一番前のお前ついてこい」
先生はてきぱきと指示をだすと、生徒を一人連れて廊下を挟んだ向かいの教室に入っていった。廊下側の窓が開いているのでよく見える。
ふと俺は重要なことに気づいた。このくらいの年齢で魔力量はどれくらいあったら平均なんだ? 学園に来る前に訊いておけばよかった……。ちょっとライトに訊いてみるか……。
「なぁライト、お前、魔力量どれくらい?」
ライトは目を丸くして、
「おいおい、今聞くかよそれ! それは自己紹介での楽しみにとっておくだろフツー。あーでも気になっちゃうよなー。どうする? 聞きたい? 聞きたい?」
めんどくせ。
「聞きたいっつてんだろ」
「あ、お前今めんどうとか思っただろ「いいから言えよ」はい」
ライトはこそっと耳打ちしてくる。そんなに隠すもんなのか?
「5000だ」
ライトはどうだ、と鼻高々にこちらを見てくる。自慢げだから多い方なのかな。
「すごいな」
無難に言っておく。
「そうだろ。で、お前は?」
うわ、そりゃそうだよね。お前が言ったんだから俺も言う流れになるよね。
ライトはすねたような顔をして、
「おれが教えたんだからお前も教えろよー」
と、それはもう不服そうだ。
俺は口に手を添えて、静か-に告げた。
「4000」
「へぇー! お前もなかなかだな! 平均より上じゃん」
こいつは表情がころころ変わるな。
「あの、プリント……」
前を向くと、金髪女子がプリントを回してきていた。
「ああ、ありがと」
俺も後ろに回す。
金髪女子は立ち上がって向かいの教室に歩いていったので、次が俺の番だ。
ライトにも前からプリントが回ってきて、真っ先に口にしたのは愚痴だった。
「うっわー明日の1限歴史かよ」
「ライト勉強嫌い?」
「嫌いに決まってんだろ。なにシュウ、お前好きなの?」
「好きではないけどさ……」
俺はまだこの世界の常識を十分に知らない。だから授業は真面目に受けようと思ってる。……眠たくなかったら。
「あの……」
金髪女子が戻ってきていた。早いな。
「俺の番か」
俺は廊下に出て、一呼吸。4000。上手く調整できるか?