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俺の生き方 ―学園編―  作者: 冬野灯
夢か現か幻か
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帰る場所

 一ヶ月を過ぎた頃、毎日寝食を共にした柔らかいあいつと、俺とを繋ぐ絆が無情にも、冷たく引き裂かれた。それはジャリジャリと鋭い悲鳴を上げ、いや、ふつうにベッドから鎖と足枷を外してくれた。


 なんだか足が軽くなった気がしてテンションが上がり、笑いながらジャンプしまくっていると、緑髪の女の人が俺と同じように、ジャンプしながら手招きしている。

 たった今、枷を外してくれたこの人はシーナというらしい。頭に獣耳が生えていて尻尾はない。いや、見えないだけか。


 最初に会った時は自分の目を疑った。たぶんコスプレが趣味の人なんだ、と理解しようとした。けど、何度見てもその耳は動いていた。

 凝視して、それが本物の耳だと分かった時には卒倒しそうになった。

 そのあと説明があって、どうやら『獣人』という人らしい事が分かった。


 なんだか小さいおじさんを発見したような気分だった。政府はこのことを容認しているのか、もし見つかったら捕らえられるんじゃないのか、とかいろいろと俺の想像は膨らんだ。

 しかしまだここに来て一ヶ月の俺が、訊いてもいい事情なのか分からず、未だに謎だ。


 シーナはドアの外に出て、俺に早く来いとジェスチャーしてくる。

 けど……大丈夫なのか? 本当に外に出ていいのか。シーナの独断じゃないのか?

 外に出れるのはそれはもう嬉しい限りだが、前にシーナと部屋の中でボールを投げまくって窓を割り、赤髪の男――フロウさんに叱られた。なんて言ってるか分かんなかったけど。二人とも正座させられて静かに怒られた。


「フロウさんは?」

不安げに訊くと、

「だぁーいじょうぶだって」

と満面の笑みで答えられる。


 リリアたちに単語を教えてもらっているので、語学が苦手な俺も、少しは会話が成立するようになってきている。


「怒られる?」

「ははは!」

 シーナは質問には答えず、笑いながら俺の手首を掴み部屋から引きずり出すと、すごい力で引っ張って走り出す。

 俺もなんだかんだ楽しくなり、広い館内を笑いながら走り回っていると、案の定フロウさんに掴まってしまった。

 フロウさんは外から帰ってきたばかりなのか、コートを着てマフラーを首に巻いている。


 俺は正座して怒られる準備をするが、何故かフロウさんは怒らず、呆れたように息を吐くだけだ。俺は肩透かしを食らった気分で、フロウさんを見上げる。

「シュウ、館内、歩く、良し。外、駄目。怒る。」

俺は目を輝かせ、一瞬で立ち上がり叫ぶように言う。

「わかった! 外、駄目! ありがとうフロウさん! わああああああ」


 俺はシーナもフロウさんもほったらかして、約一ヶ月ぶりに自由を満喫した。二階建ての館内を走り回っただけだったが。




 二ヶ月を過ぎた頃、手の枷も外された。

 そして俺は、猛烈なホームシックの真っただ中にいる。ありえない事実を知る前までは、帰れると思っていたから我慢していたというのに、もう俺は、帰れないらしい。

――俺はもう二度と、親にも友達にも、会えないって。


 ここは地球ではなく、クリアという世界らしい。俺が通ってきたマナホールと呼ばれる不思議な穴は、俺をこの世界に吐き出した直後に、消えてしまったそうだ。


 この世界には無数のマナホールがあるらしいが、それぞれどこに繋がっているかはわからず、入るのは危険だと説明された。それでも俺はマナホールを探すと言い張ったが、レイが持っていた大量の異世界の品を見せられ、――無数にある世界の中から、偶然シュウの世界につながるホールを通れる可能性は、ほぼ0だ――とサトされた。


 カーテンを閉め切った暗い部屋で、俺は死んだようにベッドに横たわっている。もう何日も俺は、死んだまま生きている。世界を見なくて済むのなら、目を閉じたまま、……夢の中なら、会えるだろうか。なんて思ったってそんな都合よく来てくれなくて。


 リリアが持ってきてくれた食事は、とっくの昔に冷めていた。

 カーテンの隙間から虚ろな目を覗かせると、弓張り月と零れそうな星たちが、白々しく光っている。


 ――お前らも、俺のことなんか知らないくせに。




 なんど呼吸をしただろうか。気づけばレイが俺の隣で本を読んでいた。わざわざ、俺のそばに、来てくれる。


 ――…………郷に入っては郷に従え。……この世界では、魔法を使えるのが当たり前らしい。

 ……っそんなもん!! 知らない! いらない! 俺をあの世界に帰らせてくれ!!


 椅子を蹴っ飛ばして枕を殴りつけて、何度も何度も壁を殴って。こんなことをしたって怒りは、悲しみは、怖さは増すだけで、どうすればいいのか分からない。

 歯を食い縛って、感情にまかせて物に当たっても、机だけは、倒せなかった。 リリアが、悲しむに決まってる、から。


 レイが本を置いて俺の背中に手を置く。

 俺はそれを払いのけて、でも何かにスガりたくて、レイの手をぐっと掴んだ。





 俺にとって悲しい現実を知ったあの日から三ヶ月。

 俺はこの世界に、なんとか向き合っているんだと思う。あの時リリアたちが俺を見守ってくれていなかったら、きっともう、俺はこの世にいなかった。

 リリアたちに魔法を教わリ初め、ちょっとした武術を習ったりするうちに、もう言葉で苦労することもなくなった。この世界の文字も覚えた。


 リリアたちは何かと忙しいようで、いつも練習に付き合ってくれるわけではないが、魔法のほかにも料理や洗濯の仕方など、いろいろと教えてくれる。


 この世界には冷蔵庫も冷暖房もあるし、それらは魔石という燃料で動いているらしい。

 どの世界に居ても、人が考えつく便利さというのはあるもんだ、と納得する。 

 地球と違うところと言えば、この世界には転移と言う魔法があるので、高速で移動できるような乗り物はないらしい。馬車と船はあるそうだが。それにネットもないし、もちろんネットが無ければケータイもない。テレビ、ウォークマン、ゲームもない。


 俺はないものを考えても仕方がないと、魔法の練習に励む毎日だ。

――もう落ち込むだけ落ち込んだ。……まだ想うと辛いけど。これからの人生を悲しいものにするのか、楽しいものにするのかは、まさに今、この俺様にかかってるんだ。



 今日もいつも通り、地下一階の広い鍛錬場で楽しく魔法を練習していると、フロウさんがやってきた。

 遠くから見られていることにわずかに緊張しつつ、火の玉を三個作って飛ばす。大きさはまずまずだが、それを作り上げる速さに納得がいかない。

 フロウさんはどう思ったかな、と入り口に立っていたフロウさんを見やる。


「ふむ、ずいぶん上手くなったな」

――! ほめられた!

「っへ、そうだろ」

「調子に乗ってると痛い目を見るぞ、特にお前は特殊なのだ」

「大丈夫だって心配し過ぎ! 俺はほめられて伸びるんだから。ほら、もっともっとほめていいよ。がっつり心ゆくまでほめていいよ」

「まったく……少し来い。話がある」

「え、はなしぃ? 後で聞くよー」

「今来い。俺も忙しい」

「……うーん」


 フロウさんが近づいてきて、俺の首根っこを掴もうとしたので、走って逃げ出し、フロウさんの執務室まで先回りする。しかしドアを開けるとすでに、フロウさんが待ち構えていた。

 転移かコノヤロずるいんだよこの

「何か言ったか」

「イイエナンニモ」

目を泳がしながらも必死に言った。俺は嘘をつくのが苦手だ。

「まぁ座れ」

「はい」


 俺はソファーに座り、フロウさんは大きい書斎机の向こう側の、豪華な椅子に座る。大統領とかが使ってそうなやつ。めっちゃ豪華なやつ。


 俺はシーナと一緒に、フロウさんのいない時にこっそりと座ったことがあるが、なんという座りごこち。シーナと二人でテンションあがって、俺が椅子に座ったままシーナが高速で回してきた。けど、ふざけているうちにガキッと変な音が鳴ったので、すぐに止めた。シーナはそれでも笑っていたが、俺は焦りまくって数日間はひやひやしていた。でも何も言われなかったから、壊れてはいないようだ。




 「シュウ、これから先どう生きていくか、考えているか?」

 ……そんなことを訊かれると思っていなかった俺は、なにも答えられなかった。もしかしたら考えないようにしていたのかもしれない。だってこの世界に俺の居場所は、ここしかないんだから。

 俺はフロウさんと視線を合わせていられなくなって、うつむいた。


「ふむ、シュウ、すぐに答えを出せと言っているわけではない。ただ、考える。それだけでいい。今はな」

「……はい」

 考える、か。でも、誰も俺のことを知らない世界に飛び出していくのは、怖いな。ずっとここに居られるわけじゃないって、分かっていたのに先延ばしにしたんだ。


「学園へ通ってみないか」

「え……」

 学園? 魔法の学園みたいな?

「お前は世間を知らない。お前はまだ、俺たちしか知らない。俺はお前をこんな狭い所にずっと置いておくつもりはないぞ。学園にはいろんな事情の者がいるだろう。貴族も、平民も、他の国から来た者も。

 この世界で友人を作れ、シュウ。お前は自分で、自分の居場所を作る力があるはずだ。もちろん、ここもお前の居場所だと思え。いつでも帰って来い。……どうだ、行くか?」


――なんで、なんでそんなに優しいんだろう。いつもいつも、優しくしてくれて、異世界から来た見ず知らずの俺に、いろんな事を教えてくれて。いつでも帰って来いなんて、俺が一番求めていた言葉で。

 ……俺にも、この世界に帰る場所があるんだと胸に刻むと、力が湧いてくる気がした。俺は絶対に泣くまいとしながら返事をする。

「はい、通います」

「ふむ。頑張れよ。手続きは済ませてやる」

「はい、ありがとうございます」

 頑張る。頑張るに決まってる。……あ、でも待って。俺お金ない。一文無しだ。もしかして……払ってくれるとか? いやいや! そこまで甘えていいのか俺!

「あのー、学費って、どれくらいになるの?」

「ん? そんなことは気にしなくていい。俺は金が有り余っているのでな」

「でも! 金額くらい」

「そう言えばシュウ、金を持ってないだろう。おおそうだ、用意してあったんだ」


 思い出したようにフロウさんは、引き出しから銀色の控えめなピアスを取り出すと、手招きした。

 俺は書斎の前に立ってピアスを受け取ると、あまりのかっこよさに感激した。

「うわぁこれもしかして」

「お前のものだ」

「やったー! すげぇ、ありがとう! なんかかっけー」

「ふむ、喜んだならいい。それには空間魔法をかけてあってな。それを手で触りながら心で、金、と念じてみろ」

「え、金? まさか、そんな安易なネーミング?」

 念じてみるとぽっかりと黒い空間が現れ、札束がぎっしり詰まれていた。

 

 俺は膨大な札束を隅から隅まで見つめて、叫ぶ。

「う、ううう受け取れねーよこんなに! た、確かに俺はお金ないけど、あ、後で必ず返すから! でっでもこんなにもらったら返せねぇ!」

「やるといっているのだ」

「いや、でも」

「お小遣いだ。使え」

「……はい」

睨まれた。怖かった。


「ありがたく、使わせていただきます」

余ったら返そう。つか、絶対に余る。

「ん? なんだ? 何か考えただろう。遠慮はいらん。ぞんぶんに使え。言ってみろ。ぞんぶんに使うと」

「え、あ、はい。ぞんぶんに使います」

「気兼ねなく使います、復唱」

「気兼ねなく使います」

「喜んで使います、復唱」

「喜んで使います」

「俺はこの椅子で遊んだことがあります、復唱」

「お、おおおおれはこの椅子で遊んだことがありまう」

「うむ」

ばれてた! しかも噛んだ!




 俺はフロウさんの執務室を出て、湧きあがる嬉しさを体全体で表しながら、つまりスキップしたり鼻歌を歌いながら部屋に戻る。

 誰かに会ったら恥ずかしいけど、嬉しくて仕方がない。ここを、俺の帰る場所だと言ってくれた。どこからどこまでもお世話になって……、


 俺はベッドにダイブして枕に顔を埋める。

――俺は、受けた恩を返す男だぜフロウさん!! ここの皆の役に立てるように、強くなって帰ってくるんだ! 


 俺は足をばたつかせて、一週間後からの学園が楽しみで仕方なかった。

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