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俺の生き方 ―学園編―  作者: 冬野灯
学園―玉響―
16/29

弱さ

 俺が大木の後ろから走り出てくるとフォリアに睨まれた。

「君は! サイガが死んでもいいのか!」

フォリアが責めるように叫んだ。

「いいわけねぇだろ! けどお前が死ぬのもごめんなんだよ!!」


 俺はもう一度ルブラの目を狙ってナイフを投合しようとしたが、耳が割れるような叫喚キョウカンに思わず手で両耳を塞ぐ。

 フォリアが音に屈せず、細い剣で翼の付け根を斬りつけた。赤い血が噴出する。されど切断しきる前にルブラがクチバシでフォリアの頭を捕らえようと動いたので、剣を抜いて引き下がった。


 片翼は今にも千切れそうだ。ルブラは痛さにもがくようにまた甲高い声を轟かせた。

「っちうっせーんだよ喚くなクソ鳥!! フォリア、もっと下がれ! 灼熱地獄アルディエンテインフェルノ


 俺を中心に炎が広がり辺り一面を焼き尽くす。草も木もルブラも業火に焼かれた。しかしまだ完全に習得していないので、危うくフォリアも焼きそうになった。

「危ないな君は!」

「離れろっつっただろ」

「離れてたよ!」

炎の中心で喚くルブラ。

「おい! 傷口になんか叩き込め!!」

氷柱アイシクル

俺が炎を消し去ると氷柱が傷口にめり込んだ。ルブラは胸を大きく膨らませる。嫌な予感がして地面に伏せた。


 ルブラは胸を限界まで膨らませると、嘴から白い霧を吐きだした。

「っ!! 吸ってはいけない!! もっと下がって! 毒ガスだよ!」

「ライトが!」

俺は急いでライトのもとへ走り、担ぎ上げる。

「ぐぅっ」

「ごめんライト! 我慢しろ」

 俺は全速力で霧から逃れるように走り出す。後ろから追ってくる霧は、ある程度の所まで行くと霧散した。

 俺はライトをおろすと急いで引き返そうとするが、白い霧に阻まれ先に進めない。フォリアとははぐれてしまった。このまま逃げるのが最善かもしれない。けどもし、フォリアがまだ戦ってたら。

竜巻タルナーダ

俺は風で霧を巻き上げる。このまま巻き上げて上空に飛ばしてしまえばいい。少しくらい吸ってしまっても、今はなりふり構ってられない。

 魔法を維持したまま進み、視界を閉ざす霧をできるだけ上へ放っていく。すると剣と何かがぶつかる音が聞こえてきた。


「フォリア!」

俺は見える限りの毒ガスを上へ追いやった。

「ごほっ、何、してるの、今のうちに、逃げればっ」

フォリアの口端から血が伝っている。

「お前の自己犠牲なんて嬉しくねぇよ!!」

俺はルブラに接近しナイフを心臓へ突き刺すが、固い皮膚が切っ先を通さない。嘴に右肩を掴まれ持ち上げられたと思うと、いとも容易く骨を砕かれた。

「があああっ」

地へ落ちた俺の腹をルブラが踏みつける。鋭い爪に皮膚を破られる感覚がした。

「あっがぁっ」

激烈な痛みに意識が飛びそうになって、でも必死に目を開けてつなぎとめる。

「アリミヤ!! このっ」

視界がぼやける。それでもフォリアが俺の腹上にある足を剣で断ち切ったのが見えた。

 ルブラが鋭い悲鳴をあげて後ろへ倒れ込む。

 その隙に俺は足元から引っ張り出され、フォリアに大木の後ろ側まで引きずられた。


 フォリアがひざまずいて顔を歪める。

「がはっ」

フォリアの口から血がどっとあふれでた。

「ごほっ、はっ」

胸辺りを押さえて、粘着性のある血をぼたぼたとこぼしていく。

――毒ガス、お前が吸うなって言ったんだろ、

俺は歯を食い縛った。


「はぁ、おま、休んで、ろ、」

俺は膝に手をつき立ちあがる。腹の傷が焼けるように痛み、血が噴き出した。

「っ待て」

フォリアの制止を無視してルブラの前に立ちはだかる。


「はぁっ、闇檻ダークゲイジ、 悪夢ナイトメア!」

光を通さない檻にルブラを閉じ込めた。閉ざされた暗闇の中で棘や鞭が暴れ狂う。

けれどもすぐに魔法を解いてしまった。激しい痛みに駆られ、意識を持っていかれる。


 ルブラが予備動作なく白銀の羽を飛ばす。

灼熱地獄アルディエンテインフェルノ

羽ごと業火で燃やし尽くした。ルブラは業火に焼かれ叫声キョウセイをあげる。

――あーるせぇうるせぇうっるせぇ

「ガッギャッキィキキィィィィイィィィィィ」


「うるっせんだよ、はっ、いいかげんにっ死ね!」

 俺は炎を消し去りルブラの背後へ回ると肩に飛び乗った。ルブラは俺を振り落とそうと激しく首を振る。俺は右肩が使えないので落ちそうになるがなんとかしがみつき、後ろからナイフで残りの目を突いた。耳障りな悲鳴をあげられる前に柔らかな喉をき切る。


 満身創痍のフォリアがこの隙を狙って、ルブラの残っている足を切断した。俺は肩から飛び降りる。ルブラは声もなく倒れていった。俺はありったけのナイフを翼の付け根辺りに差し込む。翼と両足をもがれたルブラは暴れているが、声帯を切られたので声をあげられない。虚しくこふーこふーと苦しげな息をしていた。


 俺はナイフを腕輪に戻す。

「サイガは!」

「上着巻きつけたけどっ、早く運ばないと」

言いつつ俺たちは駆けだす。


 さっき霧から逃げたところまで戻り、ライトを見つけた。

「ライト! しっかりしろ!」

「っは、だいっじょぶ」

「しゃべんな」

フォリアがシャツを脱ぐ。

「君も止血しておいた方がいい。巻いて」

 俺は受け取ったそれを口と左手を使って腹に巻こうとするが、上手くいかない。

 フォリアはもう1枚下に着ていたシャツを少し破り、自分の太ももに巻いて圧迫した。

「ああ、右腕使えないんだね」

フォリアにシャツをぶんどられ、素早く巻かれる。

「君、こんな怪我で動けるのかい」

「さぁ、でも動けてる」

――アドレナリンとかかな。


 フォリアがライトの腕を肩に回して言う。

「少しだけ歩けるかい?」

ライトは呼吸の間に答える。

「はっもちっ」

俺も反対側にまわって左肩でライトを支える。

 3人で急ぎ帰ろうとしたが、……誰も足を踏み出さない。いや、踏み出せなかった。

「ここ、……どこか分かるかい」

苦しい沈黙と焦燥に、心臓がどうにかなりそうだった。ルブラと戦っているうちに俺たちは、方向を見失っていた。

「早くしないとっライトが」

「落ち着けアリミヤ。星も見えないしね、他に目印は……」


 遠くで、声が聞こえたような気がした。

 いや、気がしたんじゃない。確かに聞こえた。


 フォリアと目を見合わす。次には全力で叫んでいた。

「「ヴォルク先生! こっち!! ヴォルク先生!!」」

「んん!? お前らぁ! 見つけたぞ! 勝手に抜け出して何してんだあ!」

俺たち3人は先生の顔を見た瞬間その場にへたり込んでしまった。

「うおっどうした!」

先生が急ぎ草をかき分け走ってくる。

「ライト、もう大丈夫だ」

「はっ、そう、みたい、だな」

先生は俺たちを見てすぐに表情を険しくした。

「大丈夫か! 事情は後だ、転移魔法陣描くから待ってろ」

先生は、草や根を押しのけて地面に木の棒で陣を描いていく。

……。……転移魔法陣……。俺も、他の人を飛ばせたら……こんな。

自分の力不足を感じながら、俺は意識を手放した。












 気が付くと、俺はベッドに寝かされていた。見覚えがある景色だ。たぶん学校の保健室だろう。窓から校庭が見える。青い空に雲が悠々と流れていた。今は、午後だろうか。


 俺は寝たまま足を動かして見た。少し痛むが動くようだ。無事な左手で自分の身体を確認すると、腹と右肩にがっちりと包帯を巻かれていた。


 俺は左腕を支えにして、痛む腹を我慢しなんとか起き上がる。

 カーテンの向こうで椅子の軋む音がした。

「シュウ君、起きた?」

声をかけられ、返事する間もなくカーテンがざっと開いた。

「エル先生……」

「よかったあ、大変だったんだよ? 内臓も傷ついてたし、なかなか血が止まらなくて」

エル先生は安堵の吐息を漏らしてベッド脇にある椅子に腰かけた。

「ライトと、フォリアは?」

俺は不安に押し潰されそうになりながら訊いた。

「2人とも大丈夫だよ。ライト君は隣のベッドで寝てるけど昨日目を覚ましたし、……ニース君は毒ガスで肺を損傷してたから、今は大きな病院にいるの」

俺は血の気が引いていくような気がした。

「それって、ニースはほんとにだい「大丈夫だよー。後4、5日で退院だと思うから」……っそう、ですか……」


 俺は大きく息を吐いて、頭を膝にのっけた。けど腹に激痛が走り顔を上げる。

「いって……」

「大丈夫?」

エル先生が心配そうに見つめてくる。

「はぁ。ま、大丈夫です」

「……うん。傷はもう塞がってるけど、無理したら開いちゃうからね。歩けるようになるのは一週間後ってところかな」

――……一週間。

「俺は、どれくらい寝てましたか」

「3日だよ」

「……そうですか」


 俺はぼーっと窓の外に目をやった。木の葉が穏やかに揺れている。

「窓開けよっか」

先生が窓を開くとカーテンが風に膨らみ、そよ吹く風が心地よく頬を撫でた。


 あの夜の出来事が嘘みたいに、平和だった。新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んで、ゆっくりと吐く。

俺は、生きてた。3人とも、生きて帰って来れた。きっとフォリアがいなければ、俺もライトも、あっけなく死んでいた。フォリアは、毒の霧の中で俺たちを逃がそうと、一人で……。


俺が、転移で2人を運べたら、こんなことには、……俺が、もっと強かったら……

拳を握りしめても唇を噛みしめても、ただやり場のない怒りに耐えるしかなかった。

……全属性使えたって、強くなきゃ、守れなきゃ、意味なんかっ……ない……。

悔しくて、自分の弱さがただ悔しくて仕方なかった。



 いつまでこうしていただろうか。先生が気遣ってカーテンを閉めてくれて、学校の鐘が鳴って、……ドアの開く音がした。

 そして、ベルとシェリーの声が聞こえた。俺は表情を取り繕ってみる。上手く笑えるか分からない。


「あの、シュウ、開けでもいいですか?」

ベルの戸惑いがちな声が聞こえた。

「うん、いいよ」

カーテンが開かれる。ベルもシェリーも心配そうな顔で、けどシェリーはいつも通り仁王立ちだった。

――あ、なんとなく、怒られる予感がする。

「シュウっ心配したんですよ! ずっと眠ったままで、私っ」

ベルは俺の手を握って泣き始めてしまった。

「……ごめん」

シェリーがずんずんと歩いてくる。

「馬鹿!! 反省しなさい! ……助かって良かった」

シェリーはうつむいて顔を背けてしまった。一瞬垣間見えた表情は今にも泣きそうで、目を潤ませていた。耳も尻尾も力なく垂れている。

「心配かけて、ごめん。本当に、ごめんなさい」

自分の弱さと情けなさに打ちのめされて、顔を上げられなくなった。

ベルの嗚咽が保健室に響く。



 隣のベッドでカーテンをずらす音がした。

俺の心臓が高鳴り、音のした方を見る。

「よっシュウ。酷い面だな」

ライトは腹に包帯を巻いているが、なんでもなさそうにニカッと笑った。

「あんた服着なさい。ほら」

シェリーがベッドの端に放ってあったシャツを掴みライトに渡す。

「別にいいじゃん。お前らしかいないんだし」

「ベルに気を使いなさい」

「へーい」

ライトが服を着るのをシェリーが手伝う。


 ベルがぎゅっと握っていた俺の手を離して、涙を止めるように目を擦った。

「いつまでもっ泣いてちゃ、笑えないですよね。……ほんとにっ良かったです」

ベルは涙を止めきれないままに、柔らかく笑った。

俺もなんとか笑って見せたが、ちゃんと笑顔だったかはわからない。



 ベルとシェリーは事のあらましをすでにライトから聞いているらしく、エル先生に促されて寮へ帰って行った。

 今エル先生は、俺たちのために料理を作ってくれている。おそらく調理室にいるんだろう。



 ライトと2人で沈黙に身を任せていると、いつしか窓の外は薄暗くなり、夜の帳が下りようとしていた。

「なぁ シュウ」

「ん、なに?」

「ありがとな」


――……俺は、お前を守れてないだろ。お礼なんて。

「ごめん」

「なんで謝るんだよ」

「……ごめん」

「あのなぁ、おれが怪我したのはおれの責任。お前とフォリアが助けてくれたんだぜ? おれをおぶって走ってくれただろ。……ありがとう」

ライトと目を合わせられない。


「……俺、何もできなかった」

「そうなのか? おれは見てないからわかんねぇけど、フォリアと2人であの魔物倒したんだろ」

「そう、だけど……」

「辛気臭ぇ顔すんなよ。おれもお前も、フォリアも生きてんだからさ! それに一番謝らないといけないのは、おれだろ。お前らを巻き込んで、探検だなんて調子乗って、危険な目に合わせて。……すまなかった」

ライトがベッドの上で正座して、俺に頭を下げた。

「やめろよ。お前のせいじゃない。俺も乗り気だったんだから」

俺は目を伏せる。

「……2人でさ、…フォリアに、謝りに行こう。…勝手に巻き込んだ……。あいつがいなかったら、俺ら…死んでた」

ライトは頭を上げたが、まだうつむいている。

「……そうだな。……巻き込んじまった」



 ドアがそっと開いて、エル先生が夕食を持って帰ってきた。

「……2人とも。ご飯食べて、元気出そ?」

エル先生が柔らかい声音で言う。けど今は、その優しさが心に刺さって、痛くてどうしようもない。

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