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俺の生き方 ―学園編―  作者: 冬野灯
学園―玉響―
11/29

人間と獣人

 僕はいつも通り、制服を着て教科書を鞄に入れた。今日もつまらない一日が始まる。

 部屋を出る前に、郵便受けに入っていた手紙を開封する。差出人はフォリア家だ。たぶん母さんからだろう。


『ニース、

 5月24日、土曜日にレイヤード家主催のパーティーが開かれます。

 出席なさい。招待状を同封してあります。

 分かっていることとは思いますが、あなたはフォリア家次期頭首として……』


 ここから先は読まなくても分かる。立ち振る舞いだとか、親に恥をかかせるなとか、レイヤードの腹を探れだとか、そんなところだろう。


 僕が校舎に続く石畳を歩いていると、うざったいことにベルタ・ルーが寄ってきた。

「フォリア様、おはようございます」

「おはよう」

僕は一人の方が好きなんだ。少し静かにしてくれないものだろうか。ベルタ家を取り潰せばこの女は僕の前からいなくなるだろう。その前に泣き崩れて、僕に呪いの言葉を投げつけるんだ。最低、お前なんかいなくなれ、とか、そんなこと。もしくは死ねかもしれない。いつも媚を売ってくるその口は、最初の言葉を何にするんだろう。そう考えると、この女にも少しは興味が湧くというものだ。少しだけど。


 女は僕の隣が当たり前だというように並んで歩く。相変わらず僕のご機嫌取りに必死だ。機嫌を取りたいなら二度と話しかけないでくれ。そう言えたなら、どうだけ楽になるだろう。僕はたまに頷いていた気もするけど教室に着くころには全部忘れ去っていた。


 僕の席の隣はアドルフ・リーベ、ジェイド・トーマス、前がベルタ・ルーだ。何だこの布陣は。ご苦労なことに学園長が気を利かしてくれたんだろうか。それとも圧力だろうか。こいつらは何としてでも僕にくっついていたいようだから。


 やっと授業が始まる。1限目は魔法工学だ。授業中は静かでいい。3人が視界に入るのは嫌だけど、声はしないからだいぶ楽だ。

「地中に含まれるマナが結晶となり、複数の結晶が集合して魔石となる。魔石は鉱山から採掘され……サイガ・ライト、寝るな」

よくもあんなに寝れるものだ。確か昨日も寝ていた気がする。


「魔石には様々な種類があり、エネルギーとして使われる物からアクセサリーとして……サイガ・ライト!!」

一瞬で寝やがった。ある意味凄い特技じゃないか? それとも何かの病気か。


「結晶が魔石となる際、様々な色へ変化し」

サイガの前の席は、獣人だ。昨日アリミヤはシェリーが映らないとかなんとか言っていたが、意味が分からない。ちゃんと見てるさ。今だって真面目に授業を受けてる。サイガとは大違いだ。


「特に美しいものはパレルと呼ばれ、アクセサリーに加工され高値で取引される。パレルの表面はまるで僕の肌のように滑らかで透き通っており」

お前は獣人をどう思ってるのか、……なんでそんなことを僕に訊いたんだろう。どう思ってるなんて……別に何も思ってないさ。彼女には何の感情も湧かない。今探してみても何も出てこない……まるで空気だ。


 なら、アリミヤは獣人をどう思ってるんだろう。獣人を友達だなんて言っていたが、獣人を友達にするという心境はどんなものだろうか。獣だから、可愛いとでも思っているのか? けど見た目はほぼ人間と変わらないから無理があると思う。人間と変わらない……人間と獣人の違いは、なんだ。


「このマレルと呼ばれる宝石はオレンジ色の輝きを放ち、とてもとても美しい! ああ! 僕はこのマレルになりたい!」

獣人は、耳が違う。遠くの音まで聞き取れて、鼻もいい。尻尾のある奴もいる。獣じゃないか。でも獣みたいにもさもさしてないし……


「シレルもまた美しい。皆さんは見たことがあるか。そうだなたとえば、僕のこの綺麗な爪の様に、薄桃色の」

獣人は獣に姿を変えればもさもさだ。ああ、変化するなんて人間にはできないじゃないか。そこが違うのか? いや、そこも違うんだ。肌は同じ色、2足歩行、……獣が人間に擬態してるみたいで気持ち悪くなってきた。不愉快だ。ああ、1つ見つけたぞ、僕は獣人を不愉快だと思っている。

 ……本当に? 本当に僕は、獣人を不愉快だと思っているのか。……なんだか違う気もしてきた。わからなくなってくる。


「トレルはどこでも採れる! なんつってな! ははは」

アリミヤは獣人をどう思っているのか、訊いてみよう。参考にするんだ。昨日の今日で話してくれるかはわからないが、アリミヤは僕に媚を売ったりしない。もし話してくれるのなら、本当のことを教えてくれる奴な気がする。妬ましそうな目を向けられたこともないし、緊張したりビクついたり、敵意を向けられたこともない。アリミヤは、……変わってる。貴族が怖くないみたいだ……。本当にそうだったら……いいのに、なんて、別に思ってないけど。


「あ、鐘がなってしまった。もっと話したかったんだが。皆さんもまだまだ聞きたかっただろう。申し訳ないが次の授業まで待っていたまえ」

2限目が終わった昼休みに、ちょっと呼び出してみよう。来てくれるかどうかは、分からないけど。




「アリミヤ」

僕は少しの緊張を隠して、声をかけた。

 さすがに昨日泣かせてしまったリニア・ベルや、他2人が一緒にいるところへ近づいていくのはハバカられたので、アリミヤが一人離れたところを狙って呼び止めた。


 アリミヤは僕を探るように見ている。昨日のことをまだ、怒っているのだろうか。

「訊きたいことがあるんだけど、時間あるかい?」

「……あるけど、何?」

「屋上に来てくれないか」

誰にも話しを聞かれたくない。ただ話をするだけならまだしも、獣人なんてデリケートな話題を廊下でするもんじゃない。

「いいけど」

アリミヤは先に歩き出した。顔は無表情だ。そりゃいい気はしないだろう。でも、話は聞いてくれるみたいだ。


 アリミヤが屋上のドアを開けるとともに一陣の風が通り過ぎた。シャツをはためかせて、階下に降りていく。

 僕はドアを閉め屋上を見渡す。屋上には今は誰もいないようだった。アリミヤに向き直ると、アリミヤはドアにもたれかかり首だけをこちらに向けた。


「訊きたいことってなんだよ」

アリミヤが口火を切る。

「君は昨日、獣人のラズ・シェリーを友達だと言ったね」

「ああ、言った」

「君が獣人をどう思っているのか、それが知りたい。たぶん僕とは違うんだろ」

たぶんじゃないな。おそらく全く見方が違う。


 アリミヤが僕を凝視する。なんだ、僕は何かおかしなことを言ったか。……獣人をどう思うかなんてふつうは話題には出ないだろうけど、君だって昨日僕に訊いたことじゃないか。


 アリミヤは目を伏せると答えた。

「俺は、獣人も人間も同じだと思ってる。耳とか尻尾とかが違ってるだけで、それ以外は何も変わらない」

……同じだと思ってる? 君の言っていることは矛盾してるよ。同じだと言っておいて、違うところを挙げているじゃないか。


「……君は見た目のことを言っているのかい? 確かに耳や尻尾を除けば、見た目は人間と変わらない。でも、獣人は獣に姿を変える。変えれば普通の獣と見分けもつかない、言葉を話せばわかるけどね。それでも変わらないって言えるのかい」

アリミヤはしばらく地面を見つめたまま沈黙した。



「……いや、変わってるのかもな。獣人も人間も、それぞれ違うところがある。でも、それを理由に相手を受け入れないってことは、俺はしない」

相手を受け入れる。違うところを受け入れる、か。


「獣人をどう思うかなんて、お前と話してたら分かんなくなってきた。俺も昨日訊いたけどさ。

でも1つだけはっきりしてるのは、俺はシェリーを友達だと思ってる」

アリミヤは眉根を寄せて、しかし最後は毅然キゼンと言い切った。


「……そう。ラズ・シェリーは君の友達か。……君は種族なんて考えずに、最初から受け入れているんだね」


 僕にそんなことが、できるだろうか。僕が今から獣人を……種族の違いなんて気にせずに、受け入れるなんてことができるだろうか。僕は見ているつもりで何も見てはいなかった。獣人が人間とともに住む社会を、受け入れてるつもりで受け入れてなかった。

 彼女を、ラズ・シェリーや他の獣人たちを目の端にトラえながら、空気のように、透スかしていたんだ。……今まで何も、考えてこなかった。



「アリミヤ、話してくれて、ありがとう」

僕はその後、授業に出る気もしなくて、ベルタたち3人の媚びた醜い顔も見たくなくて、すっぽかした。

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