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中編1

 才能とは行ったことや与えられたものの中にあるのではない。与えたり行おうとする人の意志のなかにあるのである。


――『セネカ』

 ネットカフェという場所が現代には溢れているけど、実質ここはカフェというよりホテルに近い。インターネットも出来てジュースも飲み放題。終いには寝る事が出来る部屋も設備されているというからホテルと言わずして何と呼べばいいか自分が迷うくらいだ。こういった場所を利用する常連客の中にはいくらかお金を払う事で住所として登録する猛者も表れるくらいにニーズが高い。


 僕は初めて入ったネットカフェにて情報収集に勤しみ、それらを計画書として纏め上げるべくキーボードを忙しなく動かす。


 前世の記憶から引き出した覚えている限りのイベント――。


 計画に使うために必要な材料とその作り方――。


 事故における民事などの介入――。


 バラバラになったピースを一つ一つと丁寧につなぎ合わせ、計画を円滑に進められる確率として叩きだしていく。


 情報登録を必要としないオープン席では他の利用者達が各々の行動によって発する音がただ漏れだ。笑い声に似た奇声だの舌打ちだのと羞恥心も何も持たない輩が混じっている事もあるけど、そんな中で共通している事が一つ。


 誰も他人のしている事に興味を持とうとしない。


 自分のしたい事だけに目を向けるおかげで僕がパソコンを使って何をしているか誰も気付きやしない。だからこそ僕はこういう場所で情報を集めようと考えついた。木を隠すなら森の中ということわざ通り、ここでは僕みたいなやつは有象無象でしかない。


 やがて、最後のキーボードを叩く音が響いた。持っていたUSBにその情報を保存し、これで下準備が一段階終えた事を意味する。席から立ちあがっても誰も僕の顔を見ようとしない。人間は視界の隅に動く物があると反射的に目で追ってしまう習性を持つけど、その姿を覚えるか忘れるかは本人次第。


 やる気のない声で挨拶をする店員を背に僕はネットカフェから出ていった。店員は僕の顔なんて覚える気なんて更々ないだろう。そういった記憶は全部監視カメラまかせにするつもりだね。むしろありがたいと思うよ。邪魔するんだったらそのための『対応』も考えなければいけなくなるんだから…。






 家に情報を持ちかえってからはインターネットを介してSSDやIDを残すような検索は僕の計画に関する事以外でするように定めた。日本の警察は結構優秀だからね…彼らに計画の途中で邪魔をされたりしたら嫌で仕方ないよ。


 計画は出来るだけ速攻で進める部分と時間をかけて進める部分に分けた内容がある。これはイベントの性質に沿って僕が行動出来るように調節したからだ。


 僕は順調に、それでかつ慎重に進めていく。


 たとえ怪我をしてまで山へ材料を採取しに行こうが…。


 科学部の実験室からいくつか器具を内緒で拝借させてもらおうが…。


 ペットショップから買ってきたハツカネズミの命を弄ぼうが…。



 僕の想いはそう簡単に揺らぐほど柔な形をしていないんだ。


 全てが揃った所で、さぁ始めようか。



 最初のターゲットは『赤羽藤和』。人の上に立つ事の意味を履き違えたこの大馬鹿野郎。


 前世の記憶における小説からの情報によると、藤和は生徒会長を表の顔として実は裏の顔がある。学園から約一キロ程離れた高台には真夜中、暴走族や走り屋といった腕に自信のある連中がたむろする場所があるんだ。そこでは週に一度、走り屋の中でチャンピオンとして君臨する者が勝負をけしかけてくる。その正体は誰も知る事はなく、ただ誰が付けたのかいつの間にやら『レッドステアー』と呼ばれるようになり、数多もの走り屋がこの者の前に敗れ去っていった。


 レッドステアー(赤く見つめる者)の由来はチャンピオンが乗る大型バイクに離されていくうち、挑戦者はその後ろで赤く光るランプを見つめながら追いかけるようになった事が起源とされる。


 もはやこれ以上の詳しい説明は無用だね。そう、そのチャンピオンこそが赤羽藤和その人なんだ。


 彼は祖父が学園の理事長を務めているという記述はあったと思うけど、両親もそれなり特別だ。特に父親の方が藤和をレーサーとして駆り立てる原因ともいえる。名前は知らないけど、藤和の父親は世界で活躍するレーサーとして名を馳せている人物だそうだ。本人は家族をすごく大事にしているそうだけど、世界中を回るおかげで自分の息子――藤和――と妻に触れ合う機会が少ない事に嘆いていた。


 藤和はそんな父親に対して愛憎の感情を抱いていた。人に誇れる反面、自分達を大事にしないでいる父親だと曲解したおかげであの性格に繋がった所もある。あと母親も藤和が寂しくないように甘やかしてばかりいた結果が『勝気で負けず嫌い』に成長したといっていい。


 だけど蛙の子は蛙の子…。


 レースの中に存在する興奮と栄光に知らず魅了されていき、知らぬ間に走り屋のチャンピオンへと昇り詰めていったのだった。


 そして、こうした要因も主人公が最後の攻略イベントとして選ばれている。


 大切な人が出来た藤和はこれを機に最後のレースとして高台に挑む。主人公は藤和を彼の家で見送る事になるんだけど、そこで選択肢を二つのうち一つを選ぶ分岐点が出てくるんだ。


 簡潔に述べれば選んだ結果は以下の通り。


 ・藤和を止める=それを断ってレースへ赴くものの、勝負に負けてしまって自己評価を改めてしまう。


 ・後ろから抱き締めながら見送る=そのままレースへ赴き、見事勝利を勝ち取り主人公へ告白しに来る。


 もちろん、正解は後者。好感度はこれで100パーセントを達成する事になるだろう。前者だと勝負の結果を引きずり、藤和は主人公への想いを伝えるにはまだ相応しくない身なんじゃないか? と考えてしまい、友情エンドへと向かってしまうのだ。


「ゲームならね…」


 正直のところ、勝負に負けたぐらいで他の事を諦めるなよ。レースの技術が多少劣っているなんて事柄より大事な事が他にもあるだろう。


 あの女もそんな所を指摘せず、ゲームのままに進めていくんだろうな…。良い所ばかりを取って華やかな流れにしようと…失敗なんか決して認めないって考えながらね。


 本当に馬鹿だね…人間というのは良い所と悪い所を包みこんでこそ『個』が生まれるのに…。


 そんなに自分の思い通りになる相手が欲しいのかい?


 だけどあげないよ。君はこれから僕の手によって良いように掻き混ぜられる運命なのさ。


 僕が使うのは『一滴の毒』――。


 ほんの一滴であろうと、これが全てを狂わすほど毒性の強い代物。選択肢さえ間違わなければ後は上手く進むと考えている君はイベントの中に仕込む僕の毒に気付けるかな?


 気付かないだろうね…だってそうできないような毒を使おうと計画してるんだもん。



――――――――――――――――――――



「必ず…必ず戻ってきて!」


 あぁ、もちろんだ。お前の心配するようなヘマは絶対しない。


 俺は背中にぎゅっと抱きつく百合にそう心の中で誓い、アクセルを一層と吹かす。準備は万全、向かい風で目が乾かぬようにする対策の目薬もばっちり差したし、防寒対策でのハーフコートもこの特別な日のためにコーティング剤を付け直している。


「百合、俺は勝つぜ…」


 そして戻ってきたらお前に…。


 いや、この言葉は今伝えるべきじゃないな。


 今宵を最後のレースとしてけじめをちゃんとつけてこそ、初めて口にする事を許される。自分の命をわざと危険に晒してまで居場所を証明しようとしていた昔の俺を脱ぎ捨てなければならない。


 思えば、百合と会うまでの俺は日常がつまらないと感じていた事もあって色々と馬鹿な事をしたものだ。じいさんが経営する学園に来てからはある程度控えていたが、中坊の頃は本当に酷い有様だった。


 調子こいて悪ぶって粋がって…悪い事なら軒並みやり尽くした。


 だが俺の渇きは癒される事はなかった。いや、当時は何に飢えていたのかさえ気付きもしなかったな。


 学校側からも何度も警告をされた事はあったが、俺の後ろにはじいさんがいるという事で誰も俺に強く言う事は無かった。その旨味を利用して俺の馬鹿事は更に拍車をかける始末だった。


 誰もが俺の前では『弱者』として振舞った。そんな姿を見ていると俺はイラついて仕方がなく、ならば良いように使ってやろうと他人をこき使う事も良くした。


 しかし、そんな俺に身体一つで向き合ってきたのが百合だった。初めは俺の目の前をうろちょろする煩わしい女と考えていたが、いつのまにやら虹音百合という女の事を良く知りたいと考えるようになっていった。


 それは興味からしだいに好意へ…。ふふっ、この俺にも恋という物が出来るなんて自分自身で驚いたものだ。


「いくぜ…」


 あいつのためなら何だってできる。あいつとの幸せを願うためならば俺は百合に立ち塞がる障害をぶち壊してやる。


 つい最近だって百合にずっと前からちょっかいをかけていた桃山っていう女を懲らしめてやった。認めるつもりはないが、俺と同じように百合に好意を持つ後輩の柳二ってやつの婚約者という話だ。自分の婚約者の面倒くらいしっかり見ておけって伝えたら柳二のやつは苦虫を噛み潰したような顔をしてやがったな。


 しかも桃山という女は勝手に自殺しようとしやがった。逃げられないと感じて選んだ選択がこれか…最後まで迷惑をかける女だな。


 ふん、因果応報だ。あの女は百合を泣かせた。それだけでも罪は大きい。そのまま俺が卒業するまで病院で入院していろ。むしろあんな女、一生病院で暮らしていた方が世の中のためになる。ああいう他人を貶めるようなやつってのは世の中に出てもろくな事をしないからな。






 誰にも邪魔されぬように普通では車が通らぬ道を自前のバイクで走り抜けて早数十分。


 俺はようやく目的地にたどり着いていた。すでにギャラリーが予定の場所でクラクションやら何やらと鳴らして集会を開いているところだ。


 俺はやつらに姿を見せ、試しに挑発としてタイヤ痕による円を道路に描いた。


「見ろ、レッドステアーだ!」


「本当に来やがったのか!?」


 興奮度は全開。挑戦者として選ばれたのはスープラ乗り。


 へぇ…中々改造していて馬力が出やすいようにしているんだな。


 だが勘違いしちゃあ困るぜ? レーサーは車で競うんじゃねえ、腕で競うもんだ。せいぜい車に振り回されないように気を付ける事だな。


「今日こそは俺が天下を取ってやるぜ? お前の天下なんざこのコース数分で終わらせてやる、覚悟しろレッドステアー!」


 御託は結構。俺も今回ばかりは負けられねえ理由が出来ちまったんだよ。


 お前のような二流風情に俺の記録は傷を付けられる程柔じゃねえ。


「両者位置について…」


 この時ばかりは周りのギャラリーも静まりかえる。神聖なレースで走るレーサーの妨げになる行動はいっさいしてはいけないという暗黙のルールがここには存在する。


 切れのいい二つのエンジン音だけが今か今かと爆発を待ち構える。この時ばかりは俺も息を呑んで神経を極限まで研ぎ澄ます。レースを左右する審判の合図を0.1秒でも早く聞き取ろうと集中していた。


「はじめ!」


 俺は“は”の部分が聞こえた瞬間にアクセルを全開にし、一気に初めの緩やかな坂を下っていく。これより一秒前後遅くから挑戦者の車が走り出す音を置き去りに…。


 何度も走り、身体から覚え込ませたコースの道順から俺独自が叩きだしたテクニックポイントに則り、常に内角を支配して最短ルートを走っていく。


 どうやら挑戦者も負けてはいない。中々良い腕を持っているらしく、隙あらば俺を追い抜こうとハンドルを巧みに切ってついて来ている。


 このレースに勝っても得られる物は称号という現実では何の役にも立たない物。だが、これだけのために恋い焦がれ、走り屋としての自己を研鑽していく。俺もその一人だ。


 つまり、どいつもこいつも走るのが超がつくほど好きなんだな。人生を捧げていると言っていいかもしれない。ここまで来るのに一体何人もの相手から「すごい」だの「くだらない」だのと色々と言われた事か…。それでも諦めずレーサーとして誇り続けてきたのがこの場にいる連中だ。


 今までの俺はそんなやつらに賞賛を送った事はなかったが、今だからこそ俺は送ろう。


 そう、この高台のチャンピオンとして!


「来たぞ、魔のカーブだ!」


 誰かの声が不意に聞こえた。確かにその通り、まもなく差しかかる先には歪に曲がりくねった蛇腹状の連続したカーブがある。走り屋の中では『魔のカーブ』というありきたりな通称で通しているが、これがなかなか曲者だ。


 大抵の走り屋ならば減速するのがベスト。だが俺は元より命を危険に晒す事で自己の存在を証明するような走り方をしてきた。躊躇は微塵も無く、何度も使ってきた俺だけが持つ魔のカーブの『攻略方法』に則ってバイクを走らせた。


「くそ、負けてたまるか!」


 窓が開いた挑戦者の車から腹をくくる声が聞こえてくる。


 挑戦者はハンドルを誤るのも覚悟で減速するどころか加速を始めた。


 意気込みはいいが、そのための腕は見合っているのか? まぁいい、今は自分の事だけに集中だ。


 そしてカーブへとついに入っていく。


 一度、二度とカーブを曲がりくねっていくが、最初に異常が起きたのは挑戦者。


「うおぉぉぉぉっ!?」


 元より四輪車という車体の大きいタイプ。ギアの変更が有利でも、グリップ力が不利だ。これをカバーするのは乗り手のテクニックだが、どうやら挑戦者にはまだ早かったようだ。案の定、耐え切れずにスリップを起こして回転したままガードレールに接触した。


(よし、このまま一気に突っ走る!)


 もはやこの勝負もらった!


 俺は残りのコースを走っていく。たとえ勝ちが見えても最後まで手を抜かないのがレーサーとしての掟だ。


 こうして走っていくと遠くから明かりが見えてくる。何かが近づいてくる様子がうかがえる。


(…トラックか)


 夜間で運輸トラックが走る事はそう珍しくない。むしろ珍しいのは俺達の存在だろう。


 勝手に公道でレースをしているところ悪いが、安全運転は無しでいかせてもらう。


 俺は前から来るトラックを全速力のまま、あえて障害物として捉えながらレースを続ける。


 大丈夫だ、トラックが前から来た場合の対処法も俺の頭にはしっかり入っている。何の障害にもならない。



 ――そういう風に彼はイベント通り考えていただろう。


 しかし、秒読みは既に始まっていた。誰も想像もつかない『第三者』の手によって…。



 近づいてくるトラックが真正面に捉えられた。あとは道に出来た隙間を上手い具合に身体ごと傾けて…。


(んっ…?)


 トラックが近づいてくるうちに、俺の視界が何だかおかしく見える。


 どうやら逆光で少々目が眩んだか? これくらいなら直ぐ回復するし問題ないだろう。


 それにしてはトラックのライトってこんなに眩しかったか? 暗闇に慣れ過ぎて目が過剰に反応しているのか?


(う"っ…)


 おや、何やらおかしい。


 どうしてこんなに目が…。


(い…づっ…!)


 目がいてえ!


 まずい! こんな時に目が――!


(あ…が……っ!!)


 揺れた!? 今どこを走ってる!? トラックは!?



 突如として俺の身に起きた異常は俺の判断を鈍らせた。


 たった数秒…たった数秒だけ意識を失った。それだけで十分だった。


「……ぁ」


 何とか自力で我慢して取り戻した視界の先に映ったのはけたたましくクラクションを鳴り響かせるトラックの正面。


 直後、俺の身体は強い衝撃と共に宙へと浮いた。周りがスローモーションに感じられる。


(あぁ、俺…轢かれた……)


 ヘルメット越しで見つめる風景が異様に綺麗に感じられるようになった俺は何もかも思考を停止した。


 麻痺した感覚を今か今かと取り戻そうと励んだ矢先、脳天から強い衝撃が襲いかかる。


 そのまま背中、腕、膝、腰――。


 様々な部位がアスファルトへと叩きつけられていった。


 中には聞き慣れない鈍い音も混じっていて、あからさまに人体が出してはいけないと分かる音もあった。

 ガードレールにもぶつかった…その先の崖から更に落ちていく。


 しだいに俺の視界は暗闇に包まれていく。


 いつ訪れるのか分からない安定感を求めつつ、俺が最後に呟いた言葉は――。



「…わりぃ、百合……」



 ――その後、今までより一番強い衝撃を喰らった瞬間、俺の意識は一瞬にして閉ざされた。

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