前編4
人生は常に複雑である。複雑なる人生を簡単にするものは、暴力よりほかにあるはずはない。
――『芥川龍之介』
「本当に何考えてるのよあの人達ったら! 口を開いて二言目には『百合百合』としか言わないなんてどこまでおめでたい頭してるのよ! 全然話が通じなくて苛々するったらないわよ!?」
「まぁなんだ、その…お疲れ様です」
その日の夜、久々に絵梨菜から通話モードでかけられた事に不思議に思いつつ電話に出てみれば、僕に待っていたのは絵梨菜からのマシンガントーク張りな愚痴の放出だった。これに適当な相槌を打って聞き続けているけど、分かる事は相当に苦労しているなという事が主旨。
今日の昼間、食堂で見た主人公を囲んだ逆ハーレム勢と絵梨菜三人組は議論対決を披露した。絵梨菜側後方二人(主に瑠璃恵)は議論というより、主人公に対する妬みの言葉を投げつけていたが、これはすぐさま逆ハーレム勢に論破され、ぐうの音も出せない状態になった。唯一まともに議論を交わした絵梨菜の言い分はこんな感じだった。
「御自身の立場を理解して行動なされてください。ましてや、特定の生徒に対する贔屓は周りの印象を悪くさせるだけです」
確かに、第三者側として僕の意見も述べれば主人公達の行動は目に余った。集団行動を軸とする学園の中で何人もの男を自慢げのようにはべらせ、平気で人前で『青少年の教育に悪影響』を及ぼしかねない行為をしかねないいちゃぶりは一種の毒だ。あと、そんな事をしている集団を傍に何かしら作業をする僕らはというと、気まずくて集中もへったくれもない。
絵梨菜の言い分はまさしく僕達――第三者――の心の声を代弁してくれた。
…なのにあの女――百合――は……。
「そんなカッカしないでよ絵梨菜さん。別に皆の迷惑にはならないようにしているよ」
――かけているからオブラートに包んで直接文句言ったんだよボケェ!!
おっと、僕とした事がついつい取り乱したようだ。どうも昂ると前世の頃での癖が蘇ってしまうんだ。
どうやら百合は言葉の裏という物を読む能力が些か乏しいらしい。絵梨菜の言葉をただ『羨ましいから言っている』と解釈したらしく、次には「絵梨菜さんと柳二君は婚約者同士なんだよね? 大丈夫! 二人の仲を邪魔するような事は私しないから安心して!」と嘗めているとしか言いようのない言葉を発した。
その時、遠目から見ていた僕も絵梨菜の眉間に微かながらも皺が寄っていた事に気が付いた。絵梨菜が怒っている…それだけで衝撃が走ったね。実を言うと、中学二年以前はもちろん、これまで絵梨菜が怒った所を僕は見た事が無かった。友達の話では昔、クラスでハブられていた子に対する周囲の対応に絵梨菜本人が怒号を上げたって聞いた事はあるけど、現場を見た事は一度も無かった。
結局、食堂では要点を捉えきれていない逆ハーレム勢の意見に絵梨菜は対応し、途中で入る百合と逆ハーレム勢の茶番劇を僕は観賞しながら様子を見守っていたら午後の授業に近づいていた。まとまりが付かないままこの場は解散となり、各自これからの持ち場へと向かっていった。
「それに、あの後、昼食食べれなくてお腹ぺこぺこのまま授業受ける羽目になった私の苦労はどこに向ければいいのよ!」
「いやーそんな事を僕に言われたって…」
いわば、この愚痴はあの時における絵梨菜の鬱憤であって、僕はこれを受け止める対象者として『とばっちり』で聞く訳だった。この会話は夜十二時まで続く羽目になり、翌朝で僕は寝不足に陥ったまま学園に登校するのだった。
――理不尽だ…。
虹音百合を発見してから早一ヶ月、この学園はまるで百合を中心にしているかのように事が進んでいった。特に男子女子に分かれて動き方が顕著になっていたしね。
男子は百合に近づきたいと思う者がいれば、いつも傍にいる四人の攻略キャラを嫉妬の眼差しを向ける者もいる――。
女子は攻略キャラ各自の親衛隊を設立する者がいれば、それを傍に侍らす百合に対して嫉妬と陰口を叩く者もいる――。
皆どこかおかしくなりつつあった。おまけに男女後者の人間でいつのまにか転校していたり、退学・停学処分を受けている者がちらほらと話の中で聞くものの、学園内ではもはや『暗黙の了解』と化していた。
僕の方にも少なからず影響があった。
それは部活での話、この学園(元男子校の頃から)でも園芸部があったから僕は入部を決めたんだけど…。
「え、入部希望者…? 本当に入ってくれるの!? 冷やかしとかそんなんじゃないよね!? もしそうだったら一生恨むからね! うっわ、すんごく嬉しい!」
当時部長だった人へ入部届けを提出しに赴いた時、かけられた第一声がこれである。
分からなくもないよ。だって僕が来た時期では部員がたったの五人という寂しい事この上ない部活風景だったんだもん。
えぇ、分かってましたよ…園芸部なんて所詮は日の当たらないマイナー的な部活動だもんね……。
僕が三年になってからはもっと酷い。女子高の方から僕と同じように二年から学園へ編入学したいわば同級生の黄村さんって人が部長になったらこれが減って全部員数が三人になるという悲劇。しかも新入部員が0という重なる悲劇。もはや次の年で廃部になる可能性間違い無しな状況に陥ってしまったという訳ですよ。
そんな危機的な状況で何とか園芸部を繋ぎ止めようと忙殺される黄村さんへは僕の最大限の激励としてサムズアップを送ってあげた。黄村さん、泣きながら笑ってたな…。
でもね、そんな大変な時期なのにあいつらときたら――
「部長、先週提出した部費の申告における書類の返事がまだ届いてないんですが…」
「(真っ白な灰)」
今、第一期生徒会では副会長に『柳二』、書記に『橙堂』が付いている。この意味が皆さんにはお分かりでしょうか?
職 務 放 棄 し や が っ た !
しかも柳二が会長を色々と力振りかざして強引に抑えるわ、会計は藤和の舎弟的存在だわともうめちゃくちゃな訳ですよ。
やっこさん共、女にうつつを抜かしてやるべき仕事を放り投げてどこかへ出かけているらしいです。そのツケとして僕達――園芸部――も被害を被っているという話です。
これには傍観者決め込んでいた僕もリアルに影響をきたされた事に腹を立てて、部長と一緒に生徒会室に直接抗議しに向かったんですよ。攻略キャラである柳二と橙堂のいちゃいちゃは敢えて目を瞑る――だけど仕事を放り投げてまで優先する事柄じゃない。
とりあえず用件だけを手短に伝えてその場は退散する事にしておいた。目の前に座っている頼りげなさそうな顔をした会長は僕達の抗議に謝罪を述べてくれ、「すぐにでも受託の言を伝えさせていただきます」と紳士に対応してくれた。これによって僕の腹は一旦は収まる…かに思えた。
生徒会室にはあの柳二が偶然にも一緒に居たんだ。よって、僕達の会話もちゃんと聞いていたんだけど――
「園芸部? あーあの花を校庭に植え付けるのが活動ぐらいな『しょぼい』部活だろ? 部員も許容定員ぎりぎりだし、予算を削る意味としてそういう花を扱う類のは華道部だけに調節すれば良くないか?」
――とうとう堪忍の緒が切れました。
一瞬、飛び蹴りでも喰らわせようと考えたけど、必死で柳二を諌めながら僕達に謝る会長とおろおろしながら僕の服を掴んで止めようと陰ながら頑張る黄村さんに免じ、怒りで震わせる身を必死で制御しながらぎこちない動きで生徒会室を後にした。
途中で柳二には『良い笑顔』をあらん限りに向けて…。
(この恨みはらさでおくべきか…)
一応、後ほど『OM2』にて攻略キャラ達の好機となる第二期生徒会選挙で小さいとはいえ、彼ら以外の候補者に票を入れるという何ともみみっちい仕返しをしたけど、焼け石に水だったね。
無駄に高いスペックで見事に人を引き寄せるような演説をしたおかげで大半の心を掴ませたからだ。普段がどうであれ、赤羽藤和のカリスマ性は健在という訳だ。現に僕も知らぬ間に話に引き込まれていた。
それでも投票はしてやんなかったけどね! 本当の意味での『公平』を理解していない人間は為政者に相応しくないという判断からだ。決して仕返しの理由が大半なんてそんな事はないよ、ないからね!
はい、そんな負け犬の遠吠えどこ吹く風か…会長には見事、赤羽藤和が当選いたしました。畜生…。まぁ、本気で学園を良くしたいという熱意はあるそうだから何も問題はないのだけど。
だけど僕には…いや、他の何人かには気付いただろう。演説の際に出てきた「この学園をより良くし、大切な生徒達のために働きたい」という部分は裏を返せば、「この学園を(百合が住みやすいように)より良くし、大切な生徒(主に百合)達のために働きたい」という意図がしっかり収まっている。
藤和の気迫によって大半の人間がその言葉を真正面に受けていたけど、こういう光景を見てると案外為政者は二枚舌というのを標準装備として備えるのが正しいのかもしれないと思ってしまった。
ダーティーな政治は全部を否定しないけどさぁ…これはちょっとないんじゃないかなぁ……。
中期での体育祭も無事終わり、僕はいよいよ人間としての評価が大方決まると言って障りない大学受験シーズンへと入る目前の頃だった。学園内では妙な噂が立ち始めていた。
『虹音百合が虐められている』
同情する者もいればいい気味だと思う者がいる中、僕は何とも不思議な出来事だと首を傾げた。
――あの四人に徹底的に守られている百合が噂になるほど虐める事が出来る人間が存在するのか?
なんせ初期では百合に攻略キャラとの交流に文句をいった女子が知らぬ間に学園から消えていたり、百合へラブレターを送った男子が何故かその後、何かに恐れるようにして百合へは二度と近づかないようになったという現象がちらほら起こっていたんだ。絶対に『あいつら』が何かしらしたんだろうけどね…。
こうした教訓もあるのに、未だ藪を突いて蛇を出そうと試みる輩が出るなんて僕には到底思えなかった。
情報を集めると、あの四人でさえ百合への虐めの犯行現場を掴めず悔しさを露わにしているというのだ。あの四人までも出し抜くとは…どうやら中々の強敵のようだ。
「私の方でも調べてはいるんだけど…それらしい目撃情報は出ていないわ。私達三年のこんな忙しい時期にあまり学園で遊ばれていちゃ丹君だって勉強に集中できないでしょ? 早く解決できるよう頑張ってみるわ」
「うん、ありがとう絵梨菜。そういえば絵梨菜はどんな大学へ進むつもり?」
「お父さんや柳二君の事もあるしね、将来を考えて経済学部を専攻にした大学を受けるつもりよ」
「うぇ…僕はそういう経済や法律って言葉は聞くだけで顔色が悪くなるくらいなのに、絵梨菜は凄いな」
「そんなおだてたって何も出ませんよ~。丹君はどこへ進む気?」
「ウチは絵梨菜の家みたいに経済的余裕がそれほどないからなぁ…とりあえず就職に有利で学びがいのある学科がある大学を受けようとは決めてるよ」
「…そんな適当な決め方で本当に大丈夫?」
「いーんだよ。これが僕みたいな凡人にはうってつけなの」
絵梨菜の話からでも百合の虐めの主犯を目撃した情報は流れていない。
女子の中では絶大の人気を誇る絵梨菜でも捉えられない犯人か…情報が混迷しそうだね。
「あーぁ…あと数カ月かぁ~丹君と同じ学園にいられるのも。長いようで短いようでそれなりに楽しかったなぁ~」
『OM2』ではその犯人は絵梨菜。だけど、彼女を疑う要素も意味も僕には何も無かった。
絵梨菜は本当に良くやったよ。この学園で最後まで人気者として過ごした。百合に対する想いも『可愛らしい容姿をしているけど、どこかしら問題を起こす子』というだけで怨嗟や憎恨といった感情を向ける対象にはなり得なかった。
柳二に対する想い――愛情――が少なかったのが起因してるのかもしれない。『OM2』では幼少期、友達という心を許せる存在がいなかったせいで初めて出遭った蒼井柳二という他とは違う少年に『恋慕』を抱き、『愛情』を求めていった。
恋――。
下に心が書かれているから『下心』がある。
愛――。
中に心が書かれているから『真心』がある。
この二つが強い力で揃った結果、絵梨菜の中で『独占欲』として成長していった。
「何で貴方なの! どうして柳二さんは私の事を見てくれないの!? 何時だって私はあの人に相応しくあろうと努力してきたというのに! 貴方はあの人の何を知っているというの!? あの人が私には見せてくれない物を見せてくれるというの!? ねぇ、答えて! 答えなさい!!」
『OM2』にある柳二ルートでは絵梨菜が最後に柳二から完全に見限られるシーンにて、百合へ掴みかかって言い放った言葉にこんな物があった。見栄もプライドも脱ぎ捨てた心の奥底から発した悲痛な本心として…。
心の拠り所を無くしてしまったらどうしたらいいのかという焦り。
また自分は一人になってしまうという恐怖。
彼女の嫉妬の裏に隠れていたのは弱い自分として封印し続けてきた『孤独な自分自身』。
僕はここの描写を読んだ際、なぜに彼女は報われない人生を送らねばならなかったのか悩まずにいられなかった。これがフィクション――創作――だとして纏めればそれまでだけど、作者はどうやらよっぽどのサディストだと判断出来た。
アニメやゲームに出る主人公の成長を妨げようと立ち塞がる存在…それこそが悪役だ。
だけど、『OM2』の悪役である絵梨菜はそんな上等な存在ではなく、ただ主人公を引き立たせるべく『弄ばれる』悲しい存在だった。
僕のような『モブキャラ』である事がマシだといわんばかり。
「これからだよ、これから。僕達は進むべき道を自分で選べるチャンスがいくらでもあるんだ。これからだってきっとそうさ。誰だって過去の出来事をこれからに役立てる経験として生かしていくために一生懸命、今を生きようと頑張っていくんだからね」
「今を一生懸命、か…ふふっ、丹君って意外といい事言うんだね」
「意外は心外だなぁ。まぁ、この言葉もどこかからの受け売りだけどね」
だから僕は認めない。『OM2』の“桃山絵梨菜”という名の『悪役ヒロイン』を…。
彼女も僕と同じ、ちゃんと生きた人間として存在する権利がある。この世界が何であれ、僕が元居た現実と同等に認識する限り、果たす理由も意味も必要もない『悪役』という義務から僕は絵梨菜を解放する。
それで主人公――百合――に何らかの影響が出たとしても…結果が良くも悪くもあっても……。
これも主人公が受け止めるべき結果の一つだ。『たられば』を持ち出すのは無しでいく。
「じゃあお休み、また明日学園でね」
「うん、お休みなさい」
――だって、ここは『ゲーム』なんかじゃないんだよ?
まもなく進路相談における三者面談が始まる時期。進路届に書くべき内容でうんうんと唸っていた僕はクラスメイト達とお互いどこにするか、真面目とおふざけを半々にして挑んでいた。
元よりこの学園は偏差値が高い。余裕でMARCHに入れる頭脳を持つ生徒が多く、僕はその中では凡庸と言い表せる部類の人間だったから彼らのレベルには何とかついていけてる感じだ。
どこかで「子供が学費の心配をしなくていい」と大学入試の時期で美談的に語られる事柄があるようだけど、現実問題として自分の実力だけでなく、家の事も考えて学園を卒業した後を考えなくてはならない。前世で大人になってからそういう部分の大変さを改めて学んだ僕だから、いい加減な気持ちで結論を急ぐ訳にはいかない。
「ねぇ聞いた? 昨日の放課後、ついに虹音って子を虐めていた人を見つけたんだって!」
「何でも、会長達と一緒に虐めの現場を抑えつけてとっ捕まえたそうよ。それにしても意外よね…まさかあの人が犯人だったなんて」
「私も初めて聞いた時はショックだったわ。人は見かけによらないというか…」
教室の隅にて、このクラスで一番の噂好きな女子三人組が若干興奮した話し方で噂話をしている。
後方に位置している僕の席からは彼女達の声は面白い程に聞き取れる。おかげで情報収集の手段の一つとしてありがたく使わせてもらっている。
(そうか、とうとう捕まったんだな…)
『彼女』はありえない。
そう確信している僕は前で進路での話し合いをしているクラスメイトへ視線を向けたまま、耳に多く集中を向けて聞き耳を立てていく。
――捕まった犯人がいったいどんなやつなんだ?
これだけを知りたくて彼女達の噂話に注意を払う。
大方、逆ハーレム勢の親衛隊に属する女子生徒か何か――
「まさか絵梨菜様が今まで嫌がらせをしていたなんてねー」
「藤和様達には他と違って興味なさげな顔してたのに、本心では虹音って子が憎たらしかったんでしょうね。なんせ婚約者である柳二様にはあの子と違って見向きされないっていうのが絵梨菜様のプライドを傷つけたんじゃないかしら?」
「今まで虐めの犯人探しをしていたのは自分の犯行を隠すためのカモフラージュだったんじゃない? ひょっとしたらずっと初めからあった嫌がらせも絵梨菜様が指示していたって話が出ているくらいよ」
「うっわー陰湿! 心配そうな顔をしているふりして腹の中では面白がっていたんだ。そう考えると絵梨菜様ってかなり狡猾な人よね」
「ま、それも昨日の放課後で実際に虐めの犯行現場を見られた事で全て暴露って訳。何もかもおしまいだわ」
「私、絵梨菜様の事は尊敬していたのにショックだなー…」
――ふざけんな。
「誰、そんなふざけた話をしているのは?」
「んっ? ちょっとー勝手に話聞かないでよ。聞き耳立ててるなんてサイテー!」
僕はこれ以上に無い勢いで机を“バンッ!!”と叩いて『雑音』を黙らせた。クラス全体がシーンと静かになる。
「質問だけに答えろよ。もう一度言うよ、誰がそんなふざけた話を流しているの?」
「ひっ…! あ、に、二年生全体には伝わってるらしくて、部活の後輩から私達は聞いただけで…」
「本当にえり…桃山絵梨菜が虹音百合を虐めたの? その証拠、確か?」
「私は話を聞いただけだから分からないわよ! ちょっと何なのよ、もう! ひょっとしてアンタ、虹音って子のファン? だったら怒るのも無理はないけどしれないけど、私達に言われたって――」
「関係ない。うん、関係ないよね? だったら当事者でも何でもない君達が余計な事をペラペラと回りに聞こえるよう喋らないでくれる? そういう事からデマって物が生まれるんだって分かってる?」
三人組は怯えたままこくこくと首を縦に振った。
きっと僕は今、普段は見せない怒りを表情に出しているんだろう。
それはそうだ、今までを台無しにされたに等しい出来事を聞いたんだ。冷静さを保てというのが無理な話だ。
「お、おい白水。お前、いったいどうしたんだ?」
「…何でもないよ。あ、驚かせて悪かったね皆。別に大した事じゃないから気にしないでよ」
僕は普段は大人しい人間として振る舞っている。そんな僕が今まで見せた事もない態度を見せたものだから教室中が驚愕と緊張に包まれたけど、僕自身がそれを解除したおかげで若干不穏な空気を残しつつ、いつもの教室風景に戻った。
しかし、僕の心中は大いに渦巻いている。
何がどうで、何がああなってこうなったのか――。
少ない情報では満足な考察を立てる事が出来ない。僕はすぐにでも絵梨菜の現状を確認しに向かいたかったけど、ちょうどチャイムが鳴った事で次の授業が始まる事となった。
(最悪だ、本当に最悪だ……)
たった一時間半の授業が永遠に感じる中、僕は絵梨菜の身を案じるのだった。