前編1
賽は投げられた!
――『ジュリアス・シーザー』
こんにちわ、日が落ちていらっしゃる人にはこんばんわ。
唐突で悪いんだけど、君って前世の記憶があるなんてSFチックな言葉を信じる? えっ、信じている訳がないって? そりゃそうだよね…現実でそんな事を体験したなんて話、実際出てきた試しがないもんね。
そもそも、前世なんて物は創作上の言葉で現実世界にはめったに出てこない。出てくるとすればこことは違う異世界やらと『新しい刺激を求めて』な意図がありありなご都合主義から生まれている物だ。ようするに、世界の中心人物――主人公――になりたいという願望から生まれた副産物。
そもそも、前世の記憶なんて持っててどうするんだと僕は考える。大人の時にいきなり前世の記憶とやらが蘇えるんだったら話は別だけどもね。多少はうろたえるだろうけど、ある程度の社会性や現実性を捉え、身体もしっかり成長し終えた状態――大人――の大幅な記憶情報増加は整理整頓がきちんと出来る余裕が持てる可能性が大きいからだ。
第一、よく考えてみなよ。創作の中にある前世の記憶が蘇るシーンって大抵が赤ん坊か幼少時に決まっている風潮があるけどさ、そんな『生理学』や『脳科学』の人間としての原理も満足に定まっていない状態で膨大な記憶――知識――なんて物を脳にぶち込んでみたらどうなると思うよ? 前世と現世で歳がかなり離れた状態だとなおさらだね。
神経細胞の形成、ストレス、ホルモン、etc…。
まだまだ他にも要素はあるだろうけど、人間は小さい頃だとかなりデリケートな状態だ。大人になるステップには脳の成長もかなり重要に関わっている。環境に合わせて徐々に見えない大きさや形でじっくりと成長していく筈なのに、例えていうなら如雨露に大きな滝の水を一滴残さず流し通すに等しい行為である『前世の記憶を思い出す』なんて現象はいかがな物だろうか?
はっきり考えればその子供は今後長く生きられるかどうか怪しい状態になると思うよ…。
如雨露が人間の脳と身体。
滝の水が前世の記憶。
如雨露が水による水圧等で耐えきれないと考えるのが正しいね。
おまけに脳がそんな状態だと身体への影響も膨大だろう。もちろん悪い方向で…。
いわば前世の記憶が蘇るなんて事は僕にとっては自滅に等しい現象なんだ。もし生まれ変わっても絶対にやりたくないし、なりたくもない。子供は子供のまま自然に成長していく方が割に合っている。
んっ? さっきから何を訳のわからない事をベラベラと喋っているんだって?
あーごめんごめん、実を言うとね…僕、これでもかなり動揺しているんだ。
ついさっき、僕はまさに『やりたくない事』を図らずもやり遂げてしまったんだから……。
僕はどこにでもいるような普通の庶民一般な家庭で生まれた男だ。
父親は中小企業のサラリーマン。母親は薬局に努める薬剤師。妹は受験戦争真っ只中な高校生。両親共働きな家庭で育っていたけど、変なわかだまりも無く、割と家族関係は良好な方だった。
それがどうしてか、氷河期とも称された中での就職活動もどうにか上手くいき、これから自由にできた時間を何に使おうかと考えながら、会社の面接で来ていた都会方面の駅にあるケーキ屋で買った妹の好きなケーキを片手に帰っている途中、ふと足の感覚が無くなって意識が暗転した。
確かあの時、駅の階段を降りている途中だったっけ? この頃稀に見る大雪が降っていたから所々凍った部分が目立っていたっけ…。
そこからの記憶はまったくなく、僕はいつの間にか何もかもを『失くしていた』。
名前も、形姿も、そして記憶も――。
おぼろげな意識の中、自分に話しかける誰か。おそらくあれは新しい両親だったんだろう。
楽しい毎日をふわふわとした感覚の中で過ごし、彼らが喜んでいると感じればこれに応えて行動し、もっと喜ばせたいと本能的に感じていた。
やがて、自分という意識――自我――が芽生えた頃で僕は自分の名前を知った。
白水丹――。
丹という漢字は長生き――不老長寿――を意味する物だと僕はまだ理解できない頭で両親から教わった。そこには病気にかからず元気なまま育ってほしいという彼らの願いが込められているのだと。
この頃の僕は「ふ~ん」と子供特有な興味なさげな口調で聞いていた。こうして今考えれば、僕はどれだけ両親に愛されているのかがよく理解できた。感謝を込めて「ありがとう」と伝えてあげたいけど、今の僕の状態じゃあ『不相応』でおかしい所があるからあえてまだ言えずにいる。
そうして一年、また一年と年齢を重ねていき、この頃になると僕は小学生の高学年になっていた。友達もたくさん出来たし、ちゃんと話し合える親友も出来た。一言でいえば順風満々な日々を僕は送っていた。
それなりに裕福な生活。将来の不安なんてまったく考える筈もない年頃。
それが180度一気に変わったのはある出会いがきっかけだった。
ある日、僕は家で稚拙ながらも花壇の手入れをしていた。小学校では僕は珍しく園芸部に入っていた事もあって、植物を育てる事に興味を向けていた。この頑張りに両親が感化されて『簡単! 自宅で出来る園芸図鑑』なんて本を僕にプレゼントしてくれたくらいだ。
季節は春の後半に入って夏に入る中間だったかな? 新しく植えたハナミズキの苗や、野菜のナスとトマトとキュウリの植え付けや手入れに精を出していた僕は一人の少女を庭から見かけた。
この近所では見かけない子だった。その表情はどこか暗く、悲しみを含んだ物で、見てるこちら側も不安を覚えそうな雰囲気を漂わせていた。
とにかく、僕は「…こんにちわ」と軽く挨拶をしてみたけど、少女から帰ってきたのは静かな会釈。浮かない顔は一向に変わる気配はなかった。
「…あー、せっかくだから…ビワ食べる?」
言葉のないまま、気まずい状況が続いた中で動いたのは僕。せっかくウチに来たんだからおもてなしをしてあげよう、と考えていつも友達が遊びに来る際、家で母親がお菓子を持ってきてくれる『あれ』を真似してみた。
これに利用したのは家の隅に大きく育つビワの実。ちょうど旬を迎えていて、両親からも「洗ってからおやつにして食べてもいいよ」と言われている事もあり、手づかみで丸々と肥えた黄色い実を一房摘み、水道水で洗ってから手で丁寧に皮を剥いてから少女に渡してあげた。
少女は初めて見るのだろうか、ビワの実を興味津々に手で転がしたりとしていた。先に僕が見本を見せるように大きく口を開けて食べる所を見せてあげると、少女もまた同じ事をした。
「――おいしいっ!」
ビワを口にした少女は先ほどまでの表情はどこぞへと。嬉々とした表情に変わり、一口、また一口と平らげていく。出てくる種に若干苦戦する様子も見られたけど、そのまま出せばいいと教えてあげれば解決した。
そこからは抑えていた物が外れたのか、いかにも「もっと食べてみたい」と訴える目線に僕は笑いながら再びビワを摘んであげた。美味しそうに食べる少女の姿に心を良くしたのか、家に一旦戻って僕用に母親が用意していた筈のおやつも持って来てあげた。
そうして気が付けば、僕と少女は家の縁側に座って話し合うようになっていた。内容は少女についての事が大半。
どうやら彼女、数日前に父親の仕事の関係上、家族全員でここへ引っ越してきたそうなんだけど、どうも母親が近所と馴染めないでいて苛々しているらしく、そのストレスが原因で夫――少女の父親――に当たって毎日喧嘩になっているらしい。
今日も家では少女の両親は口論を繰り広げており、耐えられず少女は家から飛び出した所だったそうだ。俗にいうプチ家出という訳だ。しばらく住宅路を彷徨っていた所、偶然にも僕が声をかけてきたとの話だ。
話を聞いた後、難しい事はまだ分からなかった僕はとにかく少女を励ました。いつかきっと良い事があるからそう気を落とさないで、と子供なりに送れる限りの言葉を送った。すると彼女はいきなり目に涙を浮かべ出した。なんでも、そういう事を言ってくれたのがここに来てから初めてで、友達も全然いなくて辛い事ばかりだったから嬉しかったんだそうだ。
「…友達に、なってくれますか?」
少女は恥ずかしそうにそう言った。僕は当然、断る理由もなくこれを肯定した。本当に嬉しがっていた。思わず僕もはにかんだ。
そんな中、遠くから声が聞こえてきた。女性の声だった。
「あ、ママだ!」
どうやら少女の母親のようだった。きっと心配してここまで探しにきてくれたんだろう。最後に少女はお礼をいってここから離れようとしたけど、僕はまだ聞いていない事があった。
「ねぇ、君の名前は? 僕は丹、白水丹」
先に名前を教え、今後も会う時はお互い認識があるようにしておこうと子供の僕は考えた。純粋な思い、これに応えた少女は笑いながら名乗った。
「私、絵梨菜! 桃山絵梨菜! またね丹君!」
少女――桃山絵梨菜――は薄暗く、定時メロディーが響く住宅街へと消えていった。
僕は教えてもらった名前を何度も繰り返し、思い返した。
瞬間――。
僕の頭の中で『パズルらしき何か』がはまり始めた。
まるで電気が走るかのように一瞬で脳内に鮮明な映像が浮かびあがっていく。同時に起こる激しい頭痛。僕はそのまま縁側で意識を失った。
何も分からぬまま意識を取り戻したのは三日目の朝。早々に目に入ったのは僕を見て慌てて誰かを呼ぶ看護師、身に覚えのない病室、後から入って来る物凄く心配した顔の両親。
嬉し泣きしながら思いっきり抱きしめてくる母親の力に再び落ちかけた僕だったけど、父親が慌てて止めてくれたおかげで何とか事無きを得た。後から医師が僕の瞳孔や身体の具合を隈なくチェックし始める中、僕は内心焦りに焦りまくっていて頭では脳内分泌物質が弾けていた。
(そうだ、僕は…)
小学生の僕ではない大人の僕の記憶。これが『前世の記憶』なんだって理解するにはそう時間はかからなかった。
不思議な物だね、誰よりもこういう事を信じても必要ともしなかった僕が体験者に選ばれるだなんて…。
どうやら神様はよっぽどの暇人で気まぐれ屋らしい。おまけに馬鹿らしい『遊び』にも付き合わされる羽目になるだなんて訴訟を起こしてやりたいくらいだ。
(桃山絵梨菜、桃山絵梨菜、桃山絵梨菜……うん、姿も確認したし、絶対に勘違いなんかじゃないな)
『Only My Maiden ~君だけに送る物語を~』
たった一つの要素からよくここまで思い出せた事を称賛してやりたいくらいだ。
前世で妹がハマっていた乙女ゲームにそんな物があった。本人曰く、絶賛大人気中のゲームで超が付くほどプレミアムな価値のあるゲームとの事だった。僕としては受験があるのにそんな物にうつつを抜かす妹をいかに説得してゲーム禁止させるかが大事だったけどね。
けど説得虚しく、妹はゲームを一向に止めるつもりはなく、そればかりかゲームの原作である小説を手渡されて「読んで読んで!」とウザいくらいに勧められる始末だった。まぁ、その頃は就職活動でフラストレーションが溜まっていた僕はいつもなら突っぱねていたけど、暇潰しに丁度良かったから一応最後まで読み切ったものだ。感想として内容はそれなりに楽しめた。ちなみに内容は以下の通り――。
舞台は一部良家の子息や子女も通う私立楠賀美学院に一人の主人公が特待生として転校してくる事から始まる。そこで主人公に待ち受ける数々の出遭いは支えとなり、また時として困難という名の経験を経て、魅力的な五人のキャラクターから一人を選び、素敵な学園生活を迎えるべく奮闘していく。笑いあり、恋愛もあり、悲しみもあり、あなたは誰と運命を共にしていき、人生に一輪の花を咲かせる物語を紡いでいくのだろうか…。
うん、甘い。前世で最後に買ったケーキよりも口ん中が甘過ぎて楽しむレベルを超越してるね。僕は小説だったから設定をある程度無視して読めたものだけど、妹がやっていたようなゲームだったら耐え切れずテレビの画面から即刻退散できる自信があるくらいだ。
男が乙女ゲーム用の男性キャラ甘口ボイスを聞き続けるってこれ何て拷問?
――閑話休題。
主人公はプレイヤーの意向で名前を好きなように変更できるけど、デフォルトとして虹音百合という名前が設定されている。ちなみに、このゲーム――前世の妹がいうに『OM2(オーエムツー)』という略称がある――はキャラクターの名字と名前に『色』と『植物』が関係した物がついている。おかげで覚えやすい指標にもなっていたからすいすいと設定が頭に入った理由でもある。
そして、恋愛ゲームという構造には全てが順風満々で思い通りにいくようには出来ていない。そこで悪役の登場という訳だ。
「…頭痛い」
ここ『OM2』で主人公の虹音百合の恋路を邪魔してくる存在。その名は『桃山絵梨菜』…その通り、どんな因果が働いたかは厳かではないけど、僕が三日前に偶然にも声をかけ、成り行きで友達になった少女。
彼女の設定は大手不動産株式会社――コーポレーション桃山――の令嬢であり、主人公の攻略キャラの一人である蒼井柳二の婚約者でもある。口調は典型的なお嬢様口調、特待生とはいえ庶民育ちで婚約者である柳二に軽々しく接近する主人公を疎ましく思い、取り巻きと共に数々の虐めや嫌がらせを後々と働く事となる。
妹からの情報によると、その陰湿な虐めや嫌がらせは当時のプレイヤーの度肝を抜かせた程らしい。ちなみに当時、目の前にいた体験者によれば「絵梨菜まじウザい!」との事だ。せっかく攻略キャラの好感度を上げて万々歳と思いきや、卑劣な罠を仕掛けて雲行きを怪しくしてくるおかげでノーマルエンド、可能性は低いそうだがバットエンドへと強制的に入らされるルートをいくつも用意してくるゲームの中どころか、プレイヤーにとってまで難敵とも称されたキャラである。
ひょっとすると、前世で夜偶に隣の妹の部屋から「ふっざけんな! まじでぶ[ピ―――!](←聞くに堪えない罵声の数々)」と怒鳴り声が聞こえたのもこれが原因かもしれない。その時僕はというと、壁ドンして警告したりと牽制を図っていたっけな…。
僕が知っている小説版では桃山絵梨菜について過去の方から若干詳しく載っていた。
第一に家族関係――。
幼少期から桃山絵梨菜の家族仲はあまり温かいというには程遠い物だったらしい。この頃は父親が社長を務める会社はまだ大手の仲間入りを果たすには若干力不足、仕事一途だった父親はほとんど家族を顧みず、会社を大きくする事だけに専念していたようだ。母親は夫である絵梨菜の父親が仕事の関係上、住む場所を転々としていたため、そこに馴染む事ができずストレスを溜めていき、絵梨菜に対して後の性格となる原因ともいえる選民思想的教育を施すようになる。自分を言いなりにしてきた夫に対する反抗心から考え付いたんだろうね…。現に小説でもゲームでも絵梨菜は父親を影では毛嫌いしている節が所々と見られていた。
第二に婚約者――。
これは蒼井柳二が相当する所だけど、ここには絵梨菜の父親と柳二の父親が経営する会社同士が合併し、互いの利益を考えた上での政略結婚に基づいて取り決められた。柳二は絵梨菜にはさほど興味を持たなかったそうだけど、絵梨菜の方はその逆…子供の頃に出会う事となる柳二に一目惚れし、少しでも彼に相応しい婚約者であろうと努力する描写が小説で見られた。最後はその婚約者によって拒絶される事も知らずに…。
良く良く見てみれば桃山絵梨菜という少女も可愛そうな子だと僕は思う。大人の勝手な事情で人生を振り回され、その過程で性格がすれてしまったとはいえ、初めて心を許せる人が出来てから敵を排除する手段が陰湿とはいえども、少しでも近付こうと精一杯生きてきた彼女にこの世界が与えたのは『破滅』の一点。
調べたところ、他の攻略キャラにおけるイベントでも最後には絵梨菜は碌な結末を迎えていた試しが無かった。唯一マシな物だったとすれば、柳二との婚約を解消された後、父親の駒として十歳年上の男性と再び婚約させられるルートが当てはまる。
じゃあマシじゃない物はどんなか? と聞きたいかもしれないけど、あまりベラベラと並べて言えるような内容ではない事は確かだ。
彼女の不幸が始まった理由はシンプルにして簡単――主人公という存在――だ。
もしも、主人公が現れる事が無かったのならば、絵梨菜は柳二の婚約者としてそれなりに輝かしい未来を築けただろう。政略とはいえども、結婚して子供が生まれて家庭を持って……。何か『大切な物』を手に入れていたかもしれないんだ。
「そういえば…」
僕はゲームと小説における『OM2』の内容を整理していたところ、一番考えなくてはいけない事に気が付いた。
「『僕』っていったい何なの?」
そうだ、『OM2』に『白水丹』というキャラクターは存在しない。
存在しない筈のキャラクターとしてなぜ僕がこの世界にいるのかが一番の謎だった。
「あのゲームって隠しキャラなんて物は存在しなかったし、キャラクターに関連するような名前欄にも載ってないんだよな」
推測する。僕がこの世界にとってどんな立ち位置であるかを…。
考えに考え抜き、一つの結論に僕は達した。
「もしかして、僕って『モブ』なのかな?」
モブ――群衆、群れというmobから取られた言葉――いわゆる雑魚・背景キャラの類だ。
物語の本筋に関わる事も無い、いわば単なる傍観者を指す。
その場限りの存在として使い潰され、主要人物のように詳細な設定がされる事も無い。
何とも悲しい脇役の運命を背負った存在――
「まぁ、別にそんなのどうでもいいか」
――とは僕は考えてはいなかった。
確かに目立たないってのはポテンシャルとしてマイナスだけどさ、それは『ゲーム』や『小説』の中だけの話だ。現に僕はこうして生きているし、体温もあるし、呼吸もちゃんとしている。
――しっかりと『生きている』事を証明できるんだ。
そうである限り、僕は今後の人生を『OM2』に合わせるべく生きる義理なんてどこにもない。
ただ気ままに、世の中の流れに乗りながら自分で物事を決断していくつもりだ。
「そうするとなれば…あの子どうするかな?」
あの子、言うまでも無く桃山絵梨菜の事だ。将来、主人公に仇成す者に成長するとはいえ、未来は未来、現在は現在だ。まだ記憶を取り戻していない状態で言った事とはいえ、僕は彼女の『友達』になった。それは間違いない。
これを「後から君厄介な出来事に首を突っ込むから巻き込まれたくないんであの言葉は無しでお願い」なんて事は出来ないんだ。そんな物はゲームのリセットだけ、現実はやり直しなんて物は利かない。
「…けど、なるべく友達としては接してあげるか」
絵梨菜は近い将来、父親の事情によってこの街から出ていく事になるだろう。つまり、期限がある訳だ。
僕は彼女が将来悪役として活躍するのを無理に阻止するつもりなんて毛頭ない。言っちゃ悪いけど、僕は身体は子供とはいえ、意識はもう大人に変化したんだ。子供の『おままごと』に無理して付き合うつもりは無いんだ。何より自分の時間が欲しいと考えている。
あーやだやだ、これだから子供の状態で大人の記憶を持つのは嫌なんだ。やりたい事に制限がついたり、抵抗が出来たりと頭に整理が付きにくくてうっとおしい事この上ないよ。我慢は身体に毒って言葉を進んで体現するマゾヒストになるなんてお断りだ。
そんな風に考えていた僕が昨日いた訳ですが…。
「俺達知ってるぞ、お前んちってゆーふくなんだってな!」
「やーい金持ち! 金持ちが学校なんか来るなー!」
「かーねもち! かーねもち!」
皆さん、こんにちは。病院は無事退院できました。只今放課後となって高学年は部活の時間帯となっている訳です。ちなみに僕は趣味柄、園芸部に所属しています。目標は難易度の高いガーベラに見事一輪の花を咲かすべく、前世の記憶をフルに使って試行錯誤を繰り広げている最中だ。もちろんガーベラだけじゃなく、学校の花壇には色んな花が植えられていて、それを育てたりするのが僕達――園芸部――の活動。
「やめ"、て…よ……ぐすっ!」
他の部員と手入れをしていたら、嫌な物を見つけてしまった。そう、いじめ現場だよ。
加害者はいかにも悪ガキ三人組といった風貌の子供達。
被害者が何の因果か…桃山絵梨菜な訳なんだけど……。
えぇ、何か知られざる力の片鱗を思い知らされた気がします。誰か僕の事ひょっとして監視してんじゃないですか? ご都合主義にも程があるね。
それにしても、この頃から虐められていたんだね。これが転校する度繰り返される訳で…。
――これで性格がすれないまま育つってどんだけ心臓に毛が生えてんだよ。
正直な感想としてこう述べてしまいたい。
たかが子供の虐めといえども侮るなかれ。無邪気な分、残酷さは大人以上な仕打ちをしてみせるのが子供という物。思春期真っ只中な少年少女にはトラウマとして刻まれるには十分なくらいの衝撃的出来事なんだ。まぁ、率直にいえば理不尽の塊そのものなんだよね。子供のいじめって…。
さて、とりあえずおよそ五メートルほど先にいるまだ脳みそツルツルな虐めという概念も満足に理解していないガキ垂れには世の中の厳しさという物を少し思い知らせておかなければいけない。
僕は絵梨菜を射線上に入れないよう注意しながら移動し、未だふざけた「金持ち」コールを続ける三人組に向かって水やり用に使うシャワーノズル(正式名称――ハイパースプラッシュDX――)の標準を向け、一気に引き金を引いた。
もちろん、設定は『強力ジェット』で…。
「ひゃっはー! ●汁ぶしゃぁぁぁっ!!」
「「「ぎゃあぁぁぁっ!!」」」
ふはははは、さぁ、股ぐらを思いっきり濡らしてお漏らししたみたいになるがいいさ。
僕はこの上ない笑顔で逃げ惑う三人組対象にシューティングゲームを繰り広げたのだった。