55話:透の香り
この作品に出てくる地名は、架空のものです。
漫画を読んでいた俺は、テレビをつけた。なんとなくだった。
「ちょっ、勝手につけないでよ」
などと透は言っている。
「十時になりました。ニュースの時間です。速報からです。昨日の未明、千葉県の牧丘市に建てられた新築のビルが、突如老朽化しました。この謎の事件には、老朽化の数分前に目撃された赤く髪を染めた青年と緑色に髪を染めた女性が関係していると思われます。この二人の詳細に関しては不明ですが、この事件に深く関わっていると思われます」
緑色に染めた髪?それは、まさか、
「沙綾?」
俺の呟きに、透が眉を寄せる。
「誰それ?」
「俺のし、……師匠だよ」
思わず言いよどんでしまった。
「師匠?異能の?」
「違う違う。あれは、異能を使わなかったからな。まあ、それでも相当強い人外だが。たぶんだが、あいつなら、一般人を小指一本で倒せるだろうぜ。それどころか、象やキリンも小指一本だ」
事実だろう。少し鍛えた人間でも小指一本で倒せそうなほど凶暴で凶悪で強大な女だった。
「そんな化け物が異能を持ってないの?」
「わからんな。あいつなら持っていてもおかしくはないが……年齢的に無理があるかも知れんな。二十数年前に発見された異能をあいつが持っていたとしたら、あいつは二十代だが、見た目はそうでもなあ」
分からなくなってきたな。
「まあ、どうでもいいけど。あんたはいつまであたしの部屋にいんのよ」
「いつまでって?」
「今、十時過ぎよ。早く帰りなさいよ」
十時過ぎか……。
「面倒、今日泊まる」
「おい!」
俺は、透のかけ布団を被る。
「ああ~、もう、せめてシャワー浴びてこい!」
分かったよ。ったく。
俺は、透の部屋のシャワー室に来ていた。シャワー室と言っても、簡易の浴槽はある。しかし、湯船にお湯を張るのも面倒なのでシャワーを浴びる。
「匂うな」
鼻腔をくすぐる甘い匂い。それは、シャンプーや洗顔の香りだけではない。透自身の甘酸っぱい、心地よい香り。
「透、か」
俺は、透の名前を呟きながらシャワーを浴びる。適温だ。
俺の体が、水を浴び、弾き、ポツポツと床を濡らす。落ち着く。施設の頃は、週に一回は入れれば良いほうだったからな。
「爛。そう言えば、あいつのシャワー室もこんな香りだったっけ」
かつての仲間の名を思い出しながら、シャワーを浴びる。
「あいつ、今、どうしてるんだろうな……」
俺の呟きは、誰にも届かないだろう。シャワーの水音に掻き消されてしまった。
俺は、シャワーを止めた。




