35話:弓月
夜空に浮かぶ月を見て、俺は、ふと、呟く。
「弓月」
俺は、時々思い出す。あいつのことを。
俺があいつと初めて会ったのは、【遥かなる天鈴】でのことだった。その頃は、十五歳だったか。
【遥かなる天鈴】とは、大規模殺戮能力保持者育成軍と言う極秘に組織された軍隊の軍特殊施設暗殺部隊のことである。俺は一時期、大規模殺戮能力保持者育成軍で大尉を務めたが、沙綾に引き取られ、その後は、各地を転々とし(【血の走狗】にいたのも転々としていた頃である)、【遥かなる天鈴】に入れられた。最年少とのことだが、それまでの最年少は、去年、俺の一つ上の年の少年が入ったとのことで、たった一歳、塗り替えただけだった。
そして、その、去年入った俺より二歳年上(入隊時が十六なので一年経って十七歳)の人物、それが「弓月」。
能力は、【透化】だと、軍の資料にはあった。
【透化】。気配を消し、そこに存在しない、あたかも無いかのように感じさせる能力である。
俺は、そんな資料を読みながら、考えていた。どんな人物なのか。
「だ~れだ」
不意に、眼を手で覆われて、俺は戦慄する。気配が無かった。
「お前が、弓月、か?」
俺の声に、いかにもふざけた口調で笑う声が聞こえた。
「だ~いせ~かい!ど~も!僕、【弓月】いいます。ど~ぞ、よしなにって、僕、別に京都の出身じゃないんですけど!アッハハハ!」
とても五月蝿い奴だった。
「静かにしろ」
「お~、こわっ!まあまあ、男に目隠しされても嬉しくわないでしょ~ね!アッハハハ!」
この男。染めているであろう髪は、茶色よりも黄色よりの、黄土色だ。
見た目は、好青年。細い眼は、開いているのかどうか、いまいち分からない。
この男は、なんだろう。それが第二の感想。第一の感想は言うまでも無く「鬱陶しい」だ。
「僕ね、君のことが好きですよ」
寒気がした。男に好きといわれたからではない。いや、それも多少あったのかもしれないが、言いようのない不安感に襲われたからだ。
「もちろん、気に入ったと言う意味で」
そして、含みにのある笑いをする。
「妹を嫁に上げたいくらいだよ」
「妹がいるのか?」
資料には、家族欄に書いてなかったが。
「いないよ」
コイツ。うざい。
「まあ、もう、一年経つし、僕は、そろそろ、いなくなるし」
「いなくなる?」
それから、数ヶ月。俺と【弓月】は、一緒に過ごした。突然抱き付いてきたり、一緒にフロに入ろうとしたりと、とことんうざい奴だったが、いい奴だった。
「ねぇ、君。そういえば、名前聞いてなかったね~」
「あ?謳だ」
「そう。謳くんね。僕は、【弓月】の透夜っていうんだ」
「は?【弓月】が本名じゃなかったのか?」
俺の疑問に、笑う。
「うん。もちろん。そんなキラキラした名前、親はつけてくれなかったよ。あっ、あと、資料は全部偽造だから~」
コイツ、何でもありだな。
「僕は、ね。この力が何かを知るために、ここに来たんだ。これは、【透化】じゃないんだ。そう、別の力。ねぇ、もし、僕が死んだら、君は、ここから出なよ」
笑った。
その二日後、【弓月】は死んだ。
俺は、そこを抜け出した。それは、あいつの好きな満月の夜だった。
そして、俺は、ここに来てであった、勇音透と言う少女に、あいつに似た感じを覚えた。なんなのだろう。雰囲気や見た目とは違う、別の何か、似た感じがする。




