3話:入学
翌日入学式。何の変哲もない入学式をする予定だ。いや、予定だった。しかし、ある馬鹿の所為で入学式が中断された。
それは突然だった。ガチャンと言う椅子の壊れた音が突如響いて、それから人が宙を舞った。
一体何事だと皆一様にそこを注目する。喧嘩だろうか。大方、男同士がいざこざでも起こしたか。
「今、なんて言った?!」
怒声だ。おそらく喧嘩の主なのだろうが……。女?それもどこかで聞き覚えのある声。
「あたしは、馬鹿じゃないっつーの!」
ここで騒いでる時点で馬鹿だと思ったのは、皆同じだろう。しかし、この五月蝿い喋り方。
「何か文句でもあんの?」
いや、文句大有りだろう。それにしてもどこで聞いたんだろうか。この学園に着てから逢った女子は、狂ヶ夜マリアくらいであとは、特にいない気がする。だとしたら、一体、いつ。
「ふざけんなっ!」
また一人、男が宙を舞った。教師だろうか。こちらへ向かって吹き飛んできた。そして、殴り飛ばした女は、こちらへ向かってつかつかと歩いてくる。
その顔を見て、俺は、思い出した。いや、思い出したくなかったのだが、思い出してしまった。
「何だ、九澄か」
「ん?……?……あっ、ウタイか」
随分と反応が遅いところを見るに、忘れていたらしい。
「何やってんだ?」
「このおっさんが成績最下位だって馬鹿にしてきやがったから」
あ~、実際馬鹿なのに、この教師も可哀想に。
八刀神九澄。八の刀の神と書いて「やとがみ」。夜の刀の神と書く「やとのかみ」とは似ているが違う。九に空気が澄むの澄むで「くずみ」。
昔、俺が、一度引き取られたことが会ったが、そのときに、最悪の師匠とともに最悪の兄妹弟子だった女だ。
「ほら、お前はとっとと席についとけ。馬鹿にされんのが嫌だったら馬鹿にされないような成績とっとけよ」
「チッ。わかったよ」
九澄は、なんやかんや言いながら席に戻る。俺は、教師の方に振り返り、話しかける。
「災難でしたね。大丈夫ですか」
「あ、ああ。大丈夫だ」
教師は、何とか立ち上がる。
「別に馬鹿にしたつもりはなかったのだが……」
教師の呟き。まあ、そんなことだろうと思った。
「まあ、この席は、クラスの成績順ですよね。大方、向こうから順に並んでいて、こちらの端が最下位です、とでも言ったんですよね」
俺の言葉に教師は、
「ああ、そうだよ。ここはクラスの最上位の席か。流石だね」
と言ったのだが、実際には、俺は、テストを受けていない。
俺は、幼い頃から勉強なんて全然やっていないので、家族の好意で、裏口入学と言うやつだ。俺の今の引取り手は、この学園の学園長と関係が深いらしく、簡単に入学することができた。
「ええ、まあ。それでは、入学式の続きを」
「ああ、そうだね。すみませんでした来賓の紹介から続きを」
そうして来賓の紹介と挨拶が再会された。
担任の女教師に案内されクラスに通された。
女教師は若く、見た目は、二十数歳に見える。茶髪を後で束ねていて、綺麗というより可愛いという表現が似合うが、背が低いわけでもない。そんな感じだ。それと、案内中に三回、教室を間違えると言うドジっぷりを披露している。
「えっと、とりあえず、私の自己紹介から。私は東雲紀乃。教師歴四年の新人さんですが、皆さんよりは先輩なのでよろしくお願いします」
東雲紀乃と言ったか。この女もなかなかできる。少なくとも一般人ではない。
そう思った理由はいくつかある。気配だ。殺しをしたことがあるやつとないやつでは必然的に雰囲気に、気配に違いがでてくる。そして、この女は、殺したことのある眼をしている。
それに、右脇が僅かに上がっている。おそらく拳銃をホルスターに入れているのだろう。犯罪者の潜入にしては、四年の期間は短い。それに年齢も若すぎる。信頼を得るにはドジすぎて使えない。どう考えても潜入なら短期向きだ。
この女は一体何者だ。ふと靴が目に入る。全身を観察したからなのだが、妙に、しっかりとした対犯罪者用に鉄板の入った常用靴が目に入ったのだ。
頭に浮かんだ組織は【PP】だった。最近入った若い使える新人が何人かいるとは聞いていたが、こいつもその中の一人だろうか。
「それでは一人ずつ自己紹介を……ってここ、出席番号順じゃないんだよね。あ~っと、佳美弥に表でも作らせておけばよかったなあ~。まあ、じゃあ、そっちの端から、自己紹介してね」
そして、端のやつから順番に自己紹介を始めた。
そして何人か目に、
「私は、狂ヶ夜マリアと言います。どうぞ皆様よろしくお願いします」
と、聞き覚えのある人物がいた。そのほかにも、
「八刀神九澄だ。一つだけ言っておく。あたしは、馬鹿じゃない!あたしを馬鹿にしたら、大半のやつが宙に舞うことを覚悟しろよ!」
と馬鹿みたいな自己紹介もあった。そして、俺の前のやつが自己紹介をする。
「俺は、地潮良介だ。よろしくぅ!」
ふむ、頭の悪そうな挨拶だな。俺の番が回ってきた。
「雨月謳だ」
それだけだった。いたってシンプルに、飾り気のない挨拶。
「えっと、もう少し、何かないかしら?」
紀乃が聞いてくる。しかし、特になかった。九澄が言う。
「ウタイは昔っからそうだもんな」
何て笑うもんだから、俺は、言った。
「ああ、てめぇも昔から馬鹿だけどな」
喧嘩する態勢での声の掛け合い。昔も良くやった。
「馬鹿って言ったからには、宙舞う覚悟できてんだろうな!」
「来いよ!てめぇが一回でも俺に勝った事があったか?」
俺の挑発に乗って九澄は突っ込んでくる。俺は、それを迎え撃つ態勢をとって、
――バンッ
その衝撃音は、俺が吹っ飛んだ音でも九澄が俺に殴られた音でもなかった。
紀乃が俺のカウンターの拳と九澄の身体を手で完全に制していた。傍から見ると、ただ、やめなさいと身体を押さえているようにしか見えない。
クラスメイトからは、妙に喧嘩っ早い二人、と言う認識になったかもしれない。
「ほら、喧嘩はダメよ。と言うか、私の給料が引かれちゃうからやめて」
本音が出ていたが、やはり、相当なやり手らしい。
「チッ、流石【PP】か」
と小声で呟く。紀乃はビクッと震える。どうやら図星らしい。
「貴方、【血の走狗】の……」
それで来たか。まあ、正しい。
「後で、話しましょう。【血の走狗】さん」
小声で紀乃は言った。
「話なんてないけどな……」