25話:【夜鬼】――衝突
教室棟に逃げ込んだのには、策があった。それなりに広い棟内なら、隠れて、朝が来るのを待てるかもしれない。そう思ったからだ。
そして、二階。どこかの教室に逃げ込もうとした時、追いつかれた。
「ちっ、九澄がアホ過ぎて役に立たなかった」
俺は、逃げるのを止める。隠れるのもやめだ。
「それで、黒羽。いや、【夜鬼】。お前の目的はなんだ?」
俺の頭には、【夜鬼】と言う言葉があった。知るはずの無いことを知っている。だが、不思議と馴染んでいる。
「わ、わたし、は。ただ……」
わたしと言う一人称は、おそらく黒羽の人格から引っ張られている。それとも、大元が「わたし」と言う一人称を使っていたのか。
「七つの夜を繋ぐ。それが」
「そういう意味じゃねぇよ。ただ、何がしてぇんだよ」
俺の言葉に、【夜鬼】の口から声が洩れる。
「【夜鬼眼】には、力がある。そう、この世に発言した異能とは違う力なのです。そして、それは、不死であり、不滅。そして、その力は、遺伝する」
不死、不滅。
「わたしは、ただ、止めたい。七つの夜の悲劇を。最初に起こった悲劇から。だから、」
そして、起こる。力の奔流が。
視界が光に埋め尽くされた。これは、危険だ。俺は、「眼」を見開いた。限界が近い。だが、奔流が少し和らいだ。
「ただ、わたしを、僕を、止めて――【七天】」
【夜鬼】は力なく笑った。
なんだろう、この感覚。俺の中にも何かが流れ込むような。
【夜鬼】が動き出したが、俺の反応は、流れ込んできた何かの所為で、遅れてしまった。殺られる。そう思った、瞬間、響く銃声。
「ボーッとすんな!ったく、相変わらず、この学園は、変わらねぇな」
男だ。男にしては、長めの、かといってロン毛ではない、そんな茶髪の青年。手に持っているのは、流通量の多い、ベレッタ。種類はベレッタM92 Elite IIだ。軍にいた頃に何度か見たタイプの銃だ。
「それにしても姉さんは、厄介事に好かれてるのか……。いや、むしろ、厄介事に好かれてるのは俺なのかも知れん……」
青年は、そんなことを呟いた。青年の雰囲気は、普通の青年だ。ただ、身体に染み付いた硝煙の臭いを除けばだが。これは、かなり銃を撃ちなれた人間だ。だが、見た目は、二十歳に満たない、俺と二、三歳しか違わないように思う。そんな年で、これほどまでに銃を撃っているなんて、普通ではない。
「最近多いな。異能力者。ったく、そーゆうのは、俺たちの専門外なんだが……」
青年の言葉に、青年の正体が分かった気がした。
「あんた、【PP】の人間か?」
俺の問いに、この非常時だというのに、冷静に、青年は答える。
「よく知っているな。お前も只者じゃないのか……。まあ、こんな時間に、教室棟にいるんだから、当然か。俺は、【PP】の【幹部】クラス。さざ……って、うおっ!」
自己紹介の途中にもかかわらず、【夜鬼】の放つ、力の奔流に邪魔される。
「自己紹介は、後か」
「そうだな」
俺も、青年も判断し、そう納得した。
「さて、と。俺は、何の力も無い、ただの人間だが……、お前は?」
「俺は、『眼』を持っている。【殺戮】の眼だ」
俺の言葉にいまいち、理解していないようだった。
「俺は、異能に詳しくないからな」
青年は、そっぽを向いた。この危機的状況で、よそ見する暇があるということが、この青年の実力を語っていた。
「まあいい。俺が気を引いて、君がどうにかするってプランでどうだ?」
彼の提案。
「いいが、あんた、異能持ちじゃないんだろ?大丈夫なのか?」
俺の心配をよそに、飄々と、彼は言った。
「大丈夫だ。問題ない。それより、君ができることを聞きたい」
俺のできること、ね。
「殺すことと消すことくらいだ」
「うわ、物騒な奴。何て、軽口を叩いてる暇はないか」
この青年は、時々茶化そうとしてくるな。
「チッ、こういうやつの相手は、匡子先輩の専売特許だってのに」
匡子と言う名を聞いて、そういえば、紀乃が電話をしてた相手、弟でないほうを「匡子さん」と呼んでいた気がすることを思い出した。
「まあ、こういうのの相手は、俺も得意じゃないんだが」
俺の呟き。当たり前だが、俺は、殺すことや消し去ることは得意だが、生け捕りや殺さず止めるなんてまねは得意じゃない。そういうのは、沙綾の専売特許。
「まったく、ついてねぇな」
「同感だが、俺の場合は、いつものことなんだがな」
青年は、いつもこういったことに首を突っ込んでいるのだろうか?
「さて、そろそろ、あれを止めるとしますか」
青年の言葉で、俺は、思考を止め、「眼」の準備を始める。
青年が、銃を構えた。ただし、黒羽……【夜鬼】の方へではない。
「どこを狙ってるんだ?」
青年は、
「まあ、見てろ」
と言った。
そして、十五回の発砲音。十五発の弾が四方八方へ飛び交う。
「おい、これにどう言った」
意味があるんだ、と言う俺の言葉は、出なかった。銃弾が跳弾し、さらに、弾同士がぶつかり合って、四方八方へ飛び続けている。
「【梅木鉢】……。【銃弾弾き】と【千本桜】の合成技。今適当に作った割には、上出来だな」
即興で、これを作り出したのか?
力の奔流が、銃弾で乱れていく。そして、俺は、「眼」を見開いた。限界まで、見開いた。すると、力は、全て掻き消えた。今まで力の奔流があったことが嘘かのように。
「黒羽!」
俺は、黒羽に駆け寄った。
「……。…………う、うう。ここは、……、わたしは。え、ええ!あ、あの、え、う、謳さん?どうして、いえ、一体、何が……?」
慌てふためく黒羽は、元の黒羽だ。
「えっ……。あの、これは、何。『ありがとう、【七天】』……」
誰かの言葉を代弁するかのように黒羽が呟いた。
「『これで、七つの夜は、終わる。本当にありがとう。【七天】。いや、【唄の魔女】の子。これで、僕は、僕らは、やっと、大事な人のところへ帰れる』」
そうか。七つの夜の呪縛は解けたのか。それにしても、【うたひめ】の子?それは、俺のことなのか?
「全部、終わっちゃったみたいです。謳さん」
黒羽が笑いながら、そして、泣きながら言う。
「始まりは、力の暴走。そして、その血に刻まれた呪い。でも、全部、全部、謳さんが、消し去ってくれました。七つの夜の枷が崩壊しました。【夜鬼眼】は残りますけれど、もう、暴走は起きません」
「何で、七つの夜だったんだ?」
何故、七回?
「【七夜】、最初の呪われた人は、七回の夜をかけて生まれたんです。だから、七回。生まれた分の夜の呪い」
「呪い、か。あ、そうだ。【うたひめ】の子と言うのはなんだ?」
「【唄の魔女】。美しい黒髪と迦陵頻伽のごとく美しい歌声を持つ、伝説の魔女と、わたしの中の残留記憶に」
「魔女……?」
いくら異能のできた世界とはいえ、魔女と言うのは……。




