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狂った世界で  作者: 桃姫
七夜編
25/82

25話:【夜鬼】――衝突

 教室棟に逃げ込んだのには、策があった。それなりに広い棟内なら、隠れて、朝が来るのを待てるかもしれない。そう思ったからだ。

 そして、二階。どこかの教室に逃げ込もうとした時、追いつかれた。

「ちっ、九澄がアホ過ぎて役に立たなかった」

 俺は、逃げるのを止める。隠れるのもやめだ。

「それで、黒羽。いや、【夜鬼】。お前の目的はなんだ?」

 俺の頭には、【夜鬼】と言う言葉があった。知るはずの無いことを知っている。だが、不思議と馴染んでいる。

「わ、わたし、は。ただ……」

 わたしと言う一人称は、おそらく黒羽の人格から引っ張られている。それとも、大元が「わたし」と言う一人称を使っていたのか。

「七つの夜を繋ぐ。それが」

「そういう意味じゃねぇよ。ただ、何がしてぇんだよ」

 俺の言葉に、【夜鬼】の口から声が洩れる。

「【夜鬼眼】には、力がある。そう、この世に発言した異能とは違う力なのです。そして、それは、不死であり、不滅。そして、その力は、遺伝する」

 不死、不滅。

「わたしは、ただ、止めたい。七つの夜の悲劇を。最初に起こった悲劇から。だから、」

 そして、起こる。力の奔流が。

 視界が光に埋め尽くされた。これは、危険だ。俺は、「眼」を見開いた。限界が近い。だが、奔流が少し和らいだ。

「ただ、わたしを、僕を、止めて――【七天】」

 【夜鬼】は力なく笑った。

 なんだろう、この感覚。俺の中にも何かが流れ込むような。

 【夜鬼】が動き出したが、俺の反応は、流れ込んできた何かの所為で、遅れてしまった。殺られる。そう思った、瞬間、響く銃声。

「ボーッとすんな!ったく、相変わらず、この学園は、変わらねぇな」

 男だ。男にしては、長めの、かといってロン毛ではない、そんな茶髪の青年。手に持っているのは、流通量の多い、ベレッタ。種類はベレッタM92 Elite IIだ。軍にいた頃に何度か見たタイプの銃だ。

「それにしても姉さんは、厄介事に好かれてるのか……。いや、むしろ、厄介事に好かれてるのは俺なのかも知れん……」

 青年は、そんなことを呟いた。青年の雰囲気は、普通の青年だ。ただ、身体に染み付いた硝煙の臭いを除けばだが。これは、かなり銃を撃ちなれた人間だ。だが、見た目は、二十歳に満たない、俺と二、三歳しか違わないように思う。そんな年で、これほどまでに銃を撃っているなんて、普通ではない。

「最近多いな。異能力者。ったく、そーゆうのは、俺たちの専門外なんだが……」

 青年の言葉に、青年の正体が分かった気がした。

「あんた、【PP】の人間か?」

 俺の問いに、この非常時だというのに、冷静に、青年は答える。

「よく知っているな。お前も只者じゃないのか……。まあ、こんな時間に、教室棟にいるんだから、当然か。俺は、【PP】の【幹部】クラス。さざ……って、うおっ!」

 自己紹介の途中にもかかわらず、【夜鬼】の放つ、力の奔流に邪魔される。

「自己紹介は、後か」

「そうだな」

 俺も、青年も判断し、そう納得した。

「さて、と。俺は、何の力も無い、ただの人間だが……、お前は?」

「俺は、『眼』を持っている。【殺戮】の眼だ」

 俺の言葉にいまいち、理解していないようだった。

「俺は、異能(そっち)に詳しくないからな」

 青年は、そっぽを向いた。この危機的状況で、よそ見する暇があるということが、この青年の実力を語っていた。

「まあいい。俺が気を引いて、君がどうにかするってプランでどうだ?」

 彼の提案。

「いいが、あんた、異能持ちじゃないんだろ?大丈夫なのか?」

 俺の心配をよそに、飄々と、彼は言った。

「大丈夫だ。問題ない。それより、君ができることを聞きたい」

 俺のできること、ね。

「殺すことと消すことくらいだ」

「うわ、物騒な奴。何て、軽口を叩いてる暇はないか」

 この青年は、時々茶化そうとしてくるな。

「チッ、こういうやつの相手は、匡子先輩の専売特許だってのに」

 匡子と言う名を聞いて、そういえば、紀乃が電話をしてた相手、弟でないほうを「匡子さん」と呼んでいた気がすることを思い出した。

「まあ、こういうのの相手は、俺も得意じゃないんだが」

 俺の呟き。当たり前だが、俺は、殺すことや消し去ることは得意だが、生け捕りや殺さず止めるなんてまねは得意じゃない。そういうのは、沙綾の専売特許。

「まったく、ついてねぇな」

「同感だが、俺の場合は、いつものことなんだがな」

 青年は、いつもこういったことに首を突っ込んでいるのだろうか?

「さて、そろそろ、あれを止めるとしますか」

 青年の言葉で、俺は、思考を止め、「眼」の準備を始める。


 青年が、銃を構えた。ただし、黒羽……【夜鬼】の方へではない。

「どこを狙ってるんだ?」

 青年は、

「まあ、見てろ」

 と言った。

 そして、十五回の発砲音。十五発の弾が四方八方へ飛び交う。

「おい、これにどう言った」

 意味があるんだ、と言う俺の言葉は、出なかった。銃弾が跳弾し、さらに、弾同士がぶつかり合って、四方八方へ飛び続けている。

「【梅木鉢】……。【銃弾弾き(おはじき)】と【千本桜】の合成技。今適当に作った割には、上出来だな」

 即興で、これを作り出したのか?

 力の奔流が、銃弾で乱れていく。そして、俺は、「眼」を見開いた。限界まで、見開いた。すると、力は、全て掻き消えた。今まで力の奔流があったことが嘘かのように。

「黒羽!」

 俺は、黒羽に駆け寄った。

「……。…………う、うう。ここは、……、わたしは。え、ええ!あ、あの、え、う、謳さん?どうして、いえ、一体、何が……?」

 慌てふためく黒羽は、元の黒羽だ。

「えっ……。あの、これは、何。『ありがとう、【七天】』……」

 誰かの言葉を代弁するかのように黒羽が呟いた。

「『これで、七つの夜は、終わる。本当にありがとう。【七天】。いや、【唄の魔女(うたひめ)】の子。これで、僕は、僕らは、やっと、大事な人のところへ帰れる』」

 そうか。七つの夜の呪縛は解けたのか。それにしても、【うたひめ】の子?それは、俺のことなのか?

「全部、終わっちゃったみたいです。謳さん」

 黒羽が笑いながら、そして、泣きながら言う。

「始まりは、力の暴走。そして、その血に刻まれた呪い。でも、全部、全部、謳さんが、消し去ってくれました。七つの夜の枷が崩壊しました。【夜鬼眼】は残りますけれど、もう、暴走は起きません」

「何で、七つの夜だったんだ?」

 何故、七回?

「【七夜】、最初の呪われた人は、七回の夜をかけて生まれたんです。だから、七回。生まれた分の夜の呪い」

「呪い、か。あ、そうだ。【うたひめ】の子と言うのはなんだ?」

「【唄の魔女(うたひめ)】。美しい黒髪と迦陵頻伽のごとく美しい歌声を持つ、伝説の魔女と、わたしの中の残留記憶に」

「魔女……?」

 いくら異能のできた世界とはいえ、魔女と言うのは……。


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