2話:入寮
入寮式、と言っても、式でもなんでもない。校門のところで、簡単な身分証明を確認したあと、入寮証明書を個人で受け取るだけ。
しかも、部屋は、来た順番に決まっていく。クラスごとに分かれることはないらしい。それが普通なのだろうか。
俺の部屋は四○一号室だった。
四階にあるらしい。しかし、いくら見取り図を見ても一○一~一一○が見当たらない。
寮に足を踏み入れる。どうやら一階は、エントランスフロアで、寮母の部屋以外は、簡単な売店(まだ、開店していない)などが在るのみ。変わったものは、特になかった。入り口を入って正面には、中央エレベーターがある。
階数で最初の数字を表すために、部屋のない一階の一から始まる一○一~一一○はないらしい。部屋は、二階の二○一からだ。
とりあえず、自分の部屋に行くか。
そう思い、エレベーターで四階まで昇る。エレベーターが開いてすぐ左の部屋が四○一号室だった。
俺は、貰った鍵で部屋の扉を開ける。
俺の部屋は、以外にも綺麗な部屋だった。誰も使っていなかったように塵一つない部屋。この部屋の前の住人は、よほどの綺麗好きだったのか、それとも、特殊な人間ゆえ、自分の痕跡を消すことになれた人間か。まあ、おそらく前者だろう。
この学園には、金持ちの子が多く入る。そんな中で、痕跡を消すことに慣れた人間と言うと犯罪者か、さもなければ護衛や【PP】のような特殊な人間だろう。
【PP】とは、特殊犯罪を取り締まる警察の上位組織のようなものだ。
【Si Vis Pacem, Para Bellum】と言うラテン語の格言から来ている。【Pacem】(平和)と【Para Bellum】(Para=準備する、Bellum=戦争)と言う二つのPから【PP】となったと言われている。また、【Para Bellum】ではなく、武装組織の銃弾【Parabellum Bullet】と言う説もあるが、詳しいことは、【PP】しか知らないだろう。
俺の所属していた組織が一度戦ったことがあった。
しかし、【PP】で外に出張ってくるのは【幹部】くらいだろう。こんなところに潜入できる年齢の【幹部】がいることはないと思う。だからやはり前者の綺麗好きの説が有力だ。
少ない荷物を備え付けの棚に置く。本当に少ない荷物だ。
ここ最近、家族に買ってもらったものしかない。いや、それ以外は、何も持っていないと言うのが正しいか。脱走する前の品は、すべて、置きっぱなしだし、それ以前に、その頃も何も持っていなかった。
コンコンと言うノックの音が聞こえた。誰だろうか。寮長や寮母が、いるかどうかの確認に来たのだろうか。
そんなことを考えつつ、ドアを開けた。
「どちら様ですか」
俺のそんな声に、扉を開けた人物がにっこりと微笑む。
寮母……にしては若いな。俺と同い年、か?俺が部屋を間違えた……わけではないな。何の用だ?
「えっと、四一○号室の狂ヶ夜マリアと申します。この度は、ご入学、おめでとうございます。隣人同士、仲良くできたら、と思い、挨拶に来た所存です」
と、妙に堅苦しい挨拶をされた。物扱いが普通だった俺にとっては、妙な気分だが、まあ、いい。しかし、律儀な奴だな。それに見た目も……
黒く上品な長髪。腰くらいまで伸ばしてあるが、邪魔にならないのだろうか。
透通るような白い肌。その肌は、まるで白磁のように白い。
大きな黒い瞳はアーモンド型。その瞳を縁取るような長いまつげ。
身体の発育は、同年代の普通の少女より良く、俺ですらその胸に視線を釘付けになるほど。
背も比較的に高身長ではあるが、俺よりは低い。女子の平均より少し高いと言うところだろうか。
四肢の長さもバランスがいい。綺麗な手をしている。見るからにすべすべしていそうな手。
この俺ですら、見とれてしまう絶世の美少女。
「あ、ああ。俺は、四○一の謳だ」
「ウタイさん、ですか?あの失礼ですが、名字は……」
そういえば、昔の癖で簡略化した自己紹介をしてしまったな。
「雨月謳だ。雨に月に謳うで雨月謳」
「歌うですか?」
どう言う意味か考えたが、「謳う」と言うだけでは伝わらないことに気づいた。
「いや、天才と謳うとかの、讃える意味での謳う、だ」
と補足で言う。
「なるほど、謳と書いてウタイさんですか。分かりました」
何度も頷く。そして、頷くたびに胸部がぷるんと揺れる。
「それでは、私は、これで。まだしばらく、この階の皆様に挨拶を続けておりますので、御用の際は、部屋に来ていただくよりもフロアを探していただいたほうが早く遭遇できると思います」
マリアと言う少女は、足早に俺の部屋を去って行った。
俺は、部屋に戻り、備え付けのベッドに寝転んだ。やはり、人の相手は、慣れない。
昔から、一人でいることが多く、私語をすることも滅多になかったからな。
「やっぱり、俺に一般の生活なんて向いてないのか……」
俺は、独り言を呟きながら、寝返りをうつ。と、ベッドの端に付いた傷が目に入った。鋭い切れ込み。刀傷だ。
「懐かしいな」
昔の俺の部屋には、たくさんの刀傷や弾痕があった。
そこで、ふと、思う。何故、一般の学園の寮に刀傷なんかがあるんだ、と。
まあ、いいが。少し安心した。ただの学園生活になるかと思ったら、少しは、不思議なことがありそうじゃないか。
そう思ってから、自嘲気味に呟く。
「あ~、やっぱり、一般の生活なんて向いてないな」
せっかく一般の生活を送れるというのに、異能を求めているのだから。
「まあ、のんびり慣れて行くしかないか」
そう呟き、寝た。
寮に入ってから二日経ち、明日は、入学式だ。入学式の手順は、寮の個別の部屋のポストに用紙連絡が来ていた。
内容は、至極普通の入学式。だと思う。一般の入学式は、よく知らないが、聞いた話だと、校長の話や来賓の話は長いらしい。長い話は嫌いなので俺は、あまり乗り気ではないが、まあ、寝ればいいか。
それにしても、年を取った大人は、どうして、そう、話を長くしたがるのだろうか。たぶん、自分の功績を、無意識に脳内で美化させ、それを自慢したいのだろう。無駄に知識を詰め込んだ分、話が逸れて、別の話もしたがるしな。自分の知識の自慢と言うところか。
若い身分としては、話は簡潔にして欲しい。時間を無駄にするだけだからな。老い先短い老害どもは、話すだけ話せて満足かもしれないが、こちらは、若いうちに人生を満喫したいのだ。時間を無駄にするのはあまり得策ではない。
ましてや、俺は、ようやく手に入れた普通の生活だ。無駄にしたくはない。
なるべく早く話を終わらせないと、俺は、思わず、校長だの来賓だのを殺すかも知れない、なんて物騒なことを考えながら、寝たのだった。