14話:七つの夜の少女
それからしばらくして、俺は、廿楽の催促により、七夜黒羽と言う人物に合う羽目になった。
「何組だっけな。七?これまた名前にぴったりなクラスだな」
俺は、廿楽からのメモを見ながら七組に着き、戸を開けた。すると、丁度、誰かが出るところだったのか、偶然にもぶつかってしまう。
ぶつかったのは少女だった。さほど勢いが無く倒れることは無かったが、少女はよろけてしまう。
「悪い。大丈夫か?」
少女は、華奢な雰囲気の美少女だった。
鴉のように黒い髪は、艶のある光沢を持っていた。ショートカットの髪が肩のところで揺れる。
夜のように深く透通った黒い眼差しは、しっかりと俺を捕らえていた。
整った顔立ちに大きな眼。
赤い唇とほんのり朱に染まる頬。
マリアほどの大きさは無いが、それでもはっきり分かる胸。
そして、一瞬だけ見えた八重歯。
「あ、ご、ごめんなさい……」
少女は、俺の顔を見つめたまま小さな声で呟いた。
「いや、こっちこそ、ぶつかって悪いな。怪我とかしてないよな」
「だ、大丈夫、です……」
頬をますます赤くして彼女は言った。
「そうか、なら安心した」
「あ、あ、あの、うちのクラスに、何か……?」
少女は、顔全体を赤くしている。恥ずかしがりやなのだろうか?
「人探しだ」
「人探し、ですか?誰を?」
えっと、何て言ったっけ?
「えっと、七夜黒羽って娘を探してるんだが」
俺がその名を告げると、少女は、俺の顔をますます見つめた。
「ん、何か?」
俺が聞くと少女は、首を傾げる。
「あ、あの、何で、わた……七夜さんを探してるんですか?」
少女の問いに答える。
「あ?何でって、まあ、廿楽に頼まれたからだけど?」
「廿楽……、生徒会長さんですか?」
俺の目をじっと見ながら聞いてくる。何か答えづらいな。
「ああ、そうだけど、それが何か?」
「とりあえず、こちらで」
そう言って、少女は、俺を階段の踊り場まで引っ張った。そして、話を再開する。
「あの、生徒会長さんとはどういった関係なんです?」
は?どういったって、意味の分からない質問をするな。あれか、本当に廿楽の知り合いかどうか分からないと七夜黒羽に合わせる気は無いってか?
「ただの知り合いだよ。廿楽のやつが、生徒会に入れだの、来ない新入生を連れて来いだの、うっさいんだよ」
「え、生徒会に入られるんですか?」
その質問に、俺は、溜息交じりに答える。
「あいつ、結局、俺を生徒会に無理矢理入れた上に、来るように説得してこいって無理矢理七夜黒羽に会いに来させられるし……。まっ、お前に会えたからいいか」
愚痴を素直に零したのはいつ以来だろう?九澄と競い合ってた頃以来か。施設じゃ零す愚痴も無かったしな。
「えっ……。そ、そうですか……」
少女は俯いたが、その耳まで真っ赤に染まっていたのを俺は見逃さなかった。それにしても恥ずかしがりやのわりには喋るし、恥ずかしがりやじゃないのか?
だったら何で真っ赤になってるんだろうか。あがり症とか?よく噛みそうになってるからそうなのかもな。
「それで、七夜黒羽はどこにいるんだ?」
「えっと、」
少女は言いよどんだ。そして、言った。
「あの、わたしが七夜黒羽です。その……」
なんだ、と。目の前の少女が七夜黒羽か。ふむ、そういえば、【新・響乃四大美女】にはいってたか?この見た目なら十分に美少女だ。選ばれるのも納得だ。
「お名前を……。お名前を教えてください!」
名前を聞かれた。それも少し大きな声で。やはりあがり症なのか。緊張しているんだろう。
「俺は、雨月謳だ。雨が降るの雨に、月夜の月で『あまつき』。英雄を謳うの謳うで『ウタイ』だ」
俺の自己紹介に七夜は目を輝かせた。一瞬光ったようにも見えたほどだ。
「綺麗な名前ですね……」
名前を綺麗と褒められてもあまり嬉しくないのだが。
「それで、七夜、お前に聞きたいんだが」
俺の声を遮るように七夜が言う。
「黒羽。黒羽でいいです。黒羽って呼んでください」
そんな風に言ってきた。七夜……いや、黒羽は、時折、行動的になるようだ。
「じゃあ、黒羽。何で生徒会に来てなかったんだ?」
「……」
答えられないとか答えたくないとかじゃなく、単純に呆けているようだ。どうかしたのか?
「どうした黒羽?」
俺は、黒羽の整った顔を覗き込んだ。
「おい、黒羽?」
「ふぇっ……、きゃっ!」
俺が覗き込んでいたのにも気づいていなかったらしく、驚いて、後に半歩下がった。
瞬間、俺の目に映る。階段の踊り場で話していたため、黒羽のすぐ後には、階段が……。
「危ねぇ!」
俺は、思いっきり黒羽の手をこちらに引いた。引いた勢いが強すぎて黒羽ごと階段の踊り場に倒れこむ。
――ドサッ
そんな音とともに、俺の上に温かな重みが加わった。
「きゃ」
俺の腹の上辺りに黒羽が乗っかっていた。
「大丈夫だったか?」
「ふぇ?」
下から聞こえた俺の声に驚いたのか、俺のほうを見た。
「あっ、えっとその、ごめんなさい」
そう言って立ち上がろうとして、バランスを崩す。俺は、また後に倒れられたら目も当てられないので、抱き寄せるように倒れてる俺の上に重ねるように倒した。
「え?えっ?ええっ?」
黒羽は何が起きたのか分からないように慌てていた。俺は、慌てる黒羽を離し、座り込ませてから、立ち上がった。
そして、黒羽に手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
「えっ、は、はい」
俺の手を恐る恐る掴む黒羽。俺は、黒羽を引っ張り上げた。
「それで、黒羽?何でお前は、生徒会に来てなかったんだ?」
俺は話を再開した。
「え、えと、わたし、その、あまり行く気が起きなくて……」
まあ、あがり症だろうし、生徒会とか、人の前に立つタイプの仕事は向かなそうだな。
「そうだったのか。じゃあ、これからもこないのか?」
俺が聞くと、黒羽は、慌てて首を振った。
「行きます。生徒会、絶対に行きます!」
こうして、黒羽は生徒会に来ることを約束した。




