12話:後片付け
夜ももう、大分過ぎ、明け方が近づいてきた頃。紀乃が現れた。
「やっと、見つけました。いつまで肝試しをやって……って、何これ!」
紀乃の五月蝿い叫び声が、窓も壁もない開けた場所から外に響いた。
「遅かったな」
「えっ、あ、ごめんなさ……い?」
俺の強い口調に思わず紀乃は謝ったらしい。
「って、じゃなくて、これは、どう言うこと?」
消えた壁を指差し俺に聞く紀乃。
現在は、壁の途中が急に一部だけ無くなっている状態だ。
「俺が消した」
「そうなの……って、何で?!」
「何でって聞かれても、消したからと言うしかねぇな」
俺が紀乃とそんな風に話していると、マリアが話しに入ってきた。
「う、謳さん。相手は仮にも担任の先生なのですから、もっと丁寧に話しましょうよ」
「そ、そうです。一応、私は教師なんですから。目上の人には敬語で」
マリアの言葉に便乗して紀乃が抗議してくる。
「それにしても派手に壊してくれて……。破片とかもないから修復じゃなく作り直しに……。はぁ~。あの子でも呼んで適当にやらせますか……」
などと紀乃は呟き、電話を取り出す。今や、折りたたみ型の携帯電話より普及しだしたタッチパネル式の薄型携帯端末電話だ。もはや電話はおまけと化しているのは言うまでもない。所謂、スマートフォン。紀乃のは、最新型のものだった。ちなみに、俺のと色違いである。嫌な感じだ。
俺は、普通の生活を始めると同時に最新型のものを家族から与えられた。そして、何の偶然か、俺のと色違いのものを紀乃が買っていたようだ。それにしても嫌な偶然だ。
「えっと、電話番号は、携帯の方でいいかな?」
そう言って、しばらく耳にスマートフォンを当てる。しかし、全然反応がないようだ。
「あ、もしもし?」
誰か出たのか?
「え、匡子さん?何で?え、携帯忘れて行ったの?スマホは持ってる?だったら、そっちに掛けてみます~。はい、ありがとうございました~」
そう言って、耳からスマートフォンを離す。
「まったく、あの子は、この忙しい時に……。いつものことながら」
そう言いながら、少しスマートフォンを弄る。
「えっと、スマホの方の電話番号は、」
再びスマートフォンを耳に当てる。と言うか、電話の相手は、携帯電話とスマートフォンを両方持っているのか……。
「あっ、もしもしぃ~。佳美弥ぁ~」
随分と甘ったらしい声で紀乃が言った。
「響乃に修理道具一式持ってきて。急いで。壁が大分壊れてるから、修復じゃなくて建築ぅ~。諜課と修課五十人くらいで大丈夫かな?頼むよぉ~。うん、愛してるぅ~。今度何かおごるからぁ~。あっ、今、『姉さんのおごるからぁ~は信用できない』とか思ったでしょ!まあ、良いわ。じゃあ、お願いねぇ~」
姉さん……。つまり妹か弟か。それにしても大変そうだな。
諜課は、おそらく諜報課みたいな意味だろう。修課は、修繕課あたりが当たりな気がする。まあ、【PP】における主な分類は、【訓練生】、【指揮官】、【幹部】だが、オールマイティな【幹部】と違い、【指揮官】や【訓練生】には、各自担当の仕事がある。例えば、戦闘が得意であれば【実働班】と言うように分かれるらしい。詳しくは知らない。
「あの、先生も、何か特別な人なんですか……」
マリアの問いに電話が終わった紀乃が答える。
「あ~っと、その、なんて言えばいいのかしら……。私は、犯罪者を捕まえる特殊部隊、見たいなもの、かな?」
ざっくりとした説明にマリアはビクッと震えた。
「え、じゃあ、謳さんを捕まえるんですかぁ……?」
その言葉に紀乃は吹き出した。
「ぷっ、くくっ、いえ、ご、ごめんなさい。大丈夫よ。彼は、捕まえないから」
「本当ですか?」
不安そうなマリア。
「本当よ。それに彼、一回捕まった身だしね」
そう言って笑う紀乃。
「まあ、な。馬鹿みたいに強い女に捕まった。投げナイフに首撥ねられそうになった時は、流石に死ぬかと思ったぜ」
あれは、「眼」を開く間ももらえなかった。俺が「怪物」なら、あの女は「死神」だろう。
「あ~、そんなに強かった?」
「ああ、死神だった」
「伝えておくわ」
ああ、あの死神に借りを返したいしな。いつでも掛かって来いって感じだ。
弟を待つと言う紀乃を置いて、俺とマリアと少女は、寮に向かった。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。あたしは廿楽織葉。二十の二に十じゃない書き方……あ~、甘いの真ん中の棒をなくしたやつ。それに楽でつづら。織物の織に葉っぱの葉でおりは」
廿楽織葉か。
「学園の七不思議、階段の幽霊って言ったら分かりやすい?」
やはり、コイツがあの幽霊とやらか。
「廿楽。お前の【縛鎖】の眼は先天的か?」
「ええ。生まれながらのものよ。随分といらないものを神様は授けてくれたわよね……」
まったくだ、と心の中で呟きながら、
「お前、自分以外のそう言った力を持った奴とあったことはあるか?」
「ないわ。そっちは、当然あるのよね?」
俺の入れられていた施設には、様々な力の持ち主がいた。
「ああ、ある。お前と同じ【縛鎖】の眼の他にも【闇忌】の眼や【閑流】の眼なんかもな」
確認されている力の数は不明だが、その能力は多岐に亘る。
【縛鎖】、【闇忌】、【閑流】などは、多人数が持っている。ただ、【緋色】の眼や【威麗】の眼などは、持っている人が極端に少なくなる。また、「眼」以外の能力も大分少ない。「眼」と言うのは、人が頼る視覚を媒介にするため、異能として発達しやすいと、科学者が言っていた。
俺は、能力を様々見ている。それは、俺が様々な施設を回った証拠でもあるのだが。
「そんなに不思議な力があるんですか?」
マリアが聞いてくる。
「どのくらい在るかはわからないが、持っている人数的には、かなりいる。年間百人は生まれる」
その割合は年々増えているらしく、施設に収容する人数も増えている。
「えっと、年間に生まれる数から考えると、そこまで多くないんですね……」
マリアの発言には一理ある。
「まあな。そんなわんさか生まれたら、流石に国も隠せないだろう?でもな、百人も、何千、何万と生まれる中の高々百人だが、それでもその百人は、力を持ってしまったが故に、施設に入れられるんだぜ」
俺の空虚な笑みにマリアは、
「そ、そうですね。年間、百人も、酷い目にあっているんですよね……。すみません。酷いことを言ってしまって」
酷く恐縮していた。
「いや、別に。たださ、お前、いい奴だな」
俺は、思ったことを口にしていた。
「そ、そうですか……。えへへ」
マリアは照れ笑っていた。
「はぁ……。あんた等ラブコメなら他所でやってくれない?」
廿楽の呟き。
「ラブコメだ?そんなもんする気はないんだが……?」
俺は言った。しかし、廿楽は、溜息をつくだけだった。




