第三話 修行
異空間の中に存在する山。それは普段俺たちが住んでいる世界とは少し違う。この空間内では、自分の霊力が三分の一まで削られる。そうした極限状態での修行は常に自らの身体を危険にさらす。霊力が無くなれば異空間の中では存在できなくなり、その存在は二度と地上に戻ることは出来ない。―――つまり、死を意味する。
真二の足の周辺には風が小さな竜巻でも作っているかのように巻きつき、真二の身体を持ち上げる。そのままの状態で神経を手に集中させ、術式を組み立てる。
「炎の矢!」
真二の手から無数の炎の矢が放たれる。空中から放たれた矢は木々に突き刺さり、轟と音を立てて燃え上がる。自分でつけた火は自分で消さなければならない。勝手に消えてはくれないのだ。続けざまに幾重にも複雑に術式を組み立て、一つの術式として発動する。
「豪雨」
雲ひとつなかった空に巨大な術式が組み立てられ、水とは思えない切れ味を持った雨がバケツをひっくり返したかのように降り注ぐ。それまで燃えていた木々を切り倒し、地面に鋭い傷跡を残して、あっという間に炎は消火される。
「はあ、はあ、はあ、つ、疲れた~」
俺は地上に降りてちょうどいい大きさの椅子に腰をおろした。
さすがに少し休憩しないと本気で死にかねない。
しばらく休憩していると、目の前の空間が裂けだした。
ここに入ることが出来るのは大谷家の者しか入ることが出来ないはずだ。だとすると・・・・・
「おお、真二やってるか」
「やっぱり親父か」
俺の親父は年齢の割りに霊力は持っていない。それに対して、俺の霊力は桁外れに多い。
それでも、親父には何十年間も術師としてこの地区一帯の魂霊を倒してきただけに経験値は俺なんかの比ではない。
「ちょっと、俺と一緒に決闘でもしないか?」
「お、親父と?俺さっき大技使ってかなり霊力すり減らしてんだけど・・・・」
「大丈夫だって。お前はとんでもねぇ霊力持ってんだ。ちょっと使ったくれぇじゃ死にゃしねぇよ」
「分かったよ、そんじゃ少しやろうぜ」
「まだまだ、お前には負けねぇぞ」
「お手柔らかに頼むぜ、親父」
お互いに戦う準備を整え向かい合う。
「行くぜ、親父!!」
■□■□■
私は五分ほど悩んだ末、クッキーを焼くことにした。
エプロンをつけ、料理の準備をする。今日はお母さんもお父さんも仕事で遅くなるらしいから夕飯の準備も一緒に進める。
とりあえず生地を作り寝かしておく。今回は少し砂糖を多めにしてみた。その間に夕飯のおかずを一品仕上げる。
そのあともテキパキと仕事を進め、午後の六時半、私に課せられたミッションは全てクリアした。後は真二に届けるだけだ。
「真二、喜んでくれるかな? ふふ」
真二がクッキーを頬張るところを想像するとなぜか笑いがこみ上げてきた。
■□■□■
俺は親父との戦闘で悪戦苦闘していた。
「ほら真二、どうした?その程度か?」
「まだまだ~!!」
足に意識を集中し術式を組み立てる。
「音速移動」
風に乗り、瞬間的に音速まで加速する。一気に親父の背後に回りこみ、風に乗せた拳を繰り出す。
「水膜」
突如として現れた水の膜によって防がれる。が、それは予想の範囲内。そのまま音速移動を続け、親父に突っ込む。と、同時に両手にあらかじめ組み立てておいた術式を展開し、炎の花を咲かせる。
「炎華!」
俺の両手からは燃え盛る炎が噴き出し、まるで大輪の花が手から咲いているのかのようだ。
超至近距離からの炎華は避けられねえだろ!
あたると思った。いや、あたる筈だった。しかし、親父は俺の上を行く動きを見せた
「光速移動」
音速で動く俺に対して光速で動く親父。
敵うはずもなかった。
「荒れ狂う風」
さっきとは逆に後ろに回りこまれ、強い風が刃を持って襲い掛かってきた。
なんとか、防御系術式を展開して致命傷を避けたが50メートルくらい吹き飛ばされた。もう戦えるだけの余力は俺には無かった。
「お、親父、降参だ」
「なんだ、もう終わりか?俺まだ一撃もくらってないぞ?」
「うるせ~あっれでも俺本気だったんだよ!(泣)」
■□■□■
真二の家に行って見たら、庭に真二がぶっ倒れていた。その横でニカニカと笑っているお父さん。
え?どう状況?
「お、咲ちゃん。真二と夜のお付き合いでもしに来たのか?」
「ち、違いますよ!!変なこと言わないでください!」
きっと私の顔は真っ赤だろう。まったく、この人たちはやっぱり親子だ。
「悪い悪い。で、どうしたんだ?」
「あ、えっとですね、今日修行があるとか言っていたんで、差し入れにと思ってクッキーを焼いてきたんですけど・・・・」
「へえ~~。そうか、ありがとうね咲ちゃん。ほれ真二、咲ちゃんから差し入れだぞ!」
そう言って倒れている真二の顔にクッキーを近づけるお父さん。
そして、においでも嗅ぎつけたのかビクンッ!と反応して袋ごとかぶりつく真二。
・・・・・・犬?
私がクッキーを取り上げると、顔をしかめる真二。
「・・・・・おすわり」
少しの間戸惑って正座する真二。
「お手」
「・・・・・なめてるだろお前」
「ごめんごめん」
私は、クッキーを真二に差し出した。
真二は袋をあけ、クッキーを頬張り始めた。
一度に三枚のクッキーを口に入れると言うかなり見た目が悪い食べ方をしている。相当腹が減っていたんだろう。
その時、もぐもぐと口を動かし始めた真二に異変が起きた。
「ブヘッ。こ、このクッキーしょっぺぇ~」
口に入れたクッキーを吐き出して訴える真二。
「う、嘘!?も、もしかして砂糖と塩間違えたかな!だ、大丈夫?」
しかも今回は砂糖を通常比1.5倍で入れたつもりだから相当しょっぱいだろう。
「さ、咲・・・・・いつからお前はそんなドジっ子になったんだ?」
顔をしかめながら、私に問いかけてくる。
そんなこと聞かれたって困るよ~。
また私の顔は真っ赤だと思う。本当に今日は恥ずかしいことばかりだ。