第十話 咲(後編)
私は馬鹿だ。別に真二が私を好きって言ってくれたわけでもないのに勝手に恋人気分で過ごしていた。それでいて、真二にそんな気が無いって知って勝手に傷付いて、逃げ出してきてしまった。
私は何も考えずにただひたすら走っていた
「私は・・・どうすればいいの・・・?」
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咲を追いかけるために外に飛び出して見たものの、どっちの方向に行ったのか全然わからない。道を間違えると真逆の方向に行っちゃうし・・・
咲が行きそうな場所を大谷に聞けばいいんだろうけど今さら引き返せないしなぁ。
「しょうがない。片っ端から探してやる!」
・・・とは言ってみたものの北泉市の広さを考えると30分くらいしたら既に諦めかけていた。
「まったく、どこいったのよ・・・」
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咲が飛び出してから数時間。俺はどうせそのうち戻ってくるだろうという甘い考えから部屋で寝ていた。何でも、霊力の回復には何もしないでじっとしているのが良いんだとか。数日間安静に過ごしてきた俺は大谷家のあの修行場所で使える霊力くらいは回復したっぽい。
もちろんこの判断は感覚での話だが。
それにしてももう、6時を回ったのにまだ帰って来ないとは・・・
「やっぱ探しにいった方がいいかなぁ」
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気づけば私は暗い路地裏を歩いていた。
「あ、もうこんな時間」
携帯で時間を確認すると、すでに6時半をまわっていた。
「・・・いつまでもウジウジしててもしょうがない!晩ご飯作らなきゃ」
だんだん落ち着いてきた私は空が薄暗くなってきているのに気付き、急いで家に帰ろうとした。
そのとき、周りがどんよりとした空気になると同時に視界が少し暗くなった気がした。そしてケラケラと私を嘲笑うかのような、声がしたと思った次の瞬間、どこからともなく、小さな深緑色をした人の形をしたものが沢山出てきた。
それの手にはゴツゴツとした重そうな棍棒がしっかりと握られている。
「嘘でしょ・・・まさか・・・魂霊!?」
なんで?魂霊の活動は夜中だけじゃないの?なんで私が襲われなきゃならないの?
次々にわからないことばかり頭に浮かんでくる。
あのときと同じように、私はその場に座り込む、というより崩れ落ちる。
そんな私に魂霊だと思わしきそれは手に持っている棍棒を振り上げる。
「ひっ・・・!!」
逃げなきゃ!頭ではそう思っているのに体が金縛りにでもあったように動かない。
駄目だ。殺される!!
「助けてっ、真二!!!!!」
そう叫んだと同時に目の前のそれが突然、断末魔の叫び声をあげながら、炎に焼かれ、灰と化した。
その次の瞬間、私の体が浮いた。
すぐに誰かに持ち上げられたのだと気付く。・・・しかもお姫様抱っこで。
誰がやっているのか知るべく、上を向くとそこにあったのは真二の顔だった。
「え?真二?」
「もう大丈夫だ、咲」
「え、でもまだあんなに」
そう、いなくなったのは一体だけでまだうじゃうじゃいるのだ。
「あいつらはゴブリンっていって、魂霊の中ではかなりのザコだ。」
「いやいや、そんな解説要らないから早くにげようよ!」
「逃げる?冗談じゃない。咲に手を出そうとした奴にはしっかりと消えてもらうよ」
「だって真二、まだ術は使えな・・・キャッ!!」
そんなことを話しているうちにゴブリンの群が襲い掛かってきた。
対する真二は私を抱き上げたまま、ありえない速さで移動し始めた。
周りが線にしか見えない。
いったい何百キロ出ているのだろうか。
急に止まったと思ったら、すでにゴブリンの大群は激しく燃えていた。
「凄い・・・いつも、こんな感じなの?」
「・・・ああ」
「そう、なんだ・・・」
私はこんなに怖くて恐ろしい相手と毎晩毎晩戦っていたのだと思うと胸が苦しくなった。昔の体験は記憶には残っていたけどそのとき抱いた感情や迫力というか、そういった感覚的な物を忘れていた。
でも、今のことで全て思い出した。あのとき私はどれだけ怖かったことか。
・・・でも、それは真二も同じはずだ。
しばらくの沈黙の末、真二が口を開いた。
「ゴメン、咲が何かに悩んでんのに、何も行動に移せなかった。それでお前を危険な目に会わせちまった。もっと早くお前を探せていればこんなことにならなかったのに」
「・・・いいよ。だって真二は助けに来てくれたじゃない。それだけで十分だよ」
「でも俺はッ!・・・もう、お前を巻き込みたくないんだ・・・」
「いいんだよ。真二は一生懸命戦ってるんだから。それこそボロボロになるまで。それに今回は仕方がないじゃん。・・・普通こんなに早い時間には出ないんでしょ?」
「・・・ああ。ここ1ヶ月くらい魂霊の動きがおかしい。なにもなければ良いんだが・・・」
その後私は真二は悪くないということを家に帰るまで話し続けた結果、誰も悪くないんだという結論に達した。
家に戻って夕飯の準備をしてると、小百合が戻ってきた。小百合は私を見るやいなや、
「咲~~!!」
と、私に突っ込んできた。その拍子に手に持っていた菜箸がふっ飛んだ。
その菜箸は綺麗な弧を描き、テーブルの前に座っていた真二の頭につき刺さった。
「ぐはっ!」
「ご、ゴメーン!!真二、大丈夫!?」
真二が私のことを好きって言ってくれなかったのは残念だけど、私は嬉しかった。
真二が私のことをすごく考えてくれていることがわかったから。