【短編】知ってるぜ
ここは都内の雑居ビル、その薄暗い三階にある汚い占い屋『知ってるぜ』。
看板は手書きのダンボールで、鍵すらかかっていないドアを開ければ、そこには未来を言い当てるタロウという男がいた。
今日もタロウに未来を聞きに客がやって来る。
【60代男】
やってきたのは、背筋がピシッと伸びた老齢の男だった。
仕立ての良い高級スーツを身に纏い、部屋の空気に不快感を示すように眉をひそめている。
「ここが、未来を教えてくれる占い屋か……。胡散臭そうな男しかいないが……」
老齢の男は、狭いオフィスの奥、散らかったデスクで小太り眼鏡、ハゲ散らかした頭、ヨレヨレのTシャツ姿で座っているタロウを見て、露骨に怪訝な顔をした。
「悪かったな、胡散臭くて。でも、俺はあんたのこと……知ってるぜ。あんた、政治家だろ? 確か与党幹事長だったか」
タロウが鼻の頭を掻きながら、老齢の男を指差しして言う。
「……知ってて当たり前だろ。テレビに毎日出てるんだから」
政治家は呆れたように大きなため息をついた。
「ここに来たってことは、他の政治家から噂を聞いて来たんだろ? 未来がわかるって」
「ふん……そうだ」
政治家は腕組みをしながら、ぶっきらぼうに答えた。
「どんな未来が知りたいんだ? 俺が知ってることなら教えるよ」
「次回の総裁選の結果だ……。出馬すべきか、引き時か……迷っている」
「総裁選の結果ね……それなら100万だな!」
タロウは両手をパーにして広げて見せた。
「100万か……聞いた話だと一括現金支払いだったな?」
「そうだよ。教える前に前払いだ。胡散臭いと思うなら、いつでも帰ってくれてかまわんよ」
「いや……教えてくれ」
政治家は懐から重みのある茶封筒を取り出すと、タロウの散らかったデスクの上に置いた。
タロウは封筒から札束を引き出し、パチパチと手際よく数える。
「……確かに。じゃあ、あんたの総裁選の結果を言うぞ。あんたは――」
政治家がゴクリと唾を飲み、生唾を呑み込む音が静かな部屋に響く。
「――落ちるね。ほんの僅差で」
政治家は結果を聞いた瞬間、ガックリと大きく肩を落とした。
「あんたは未来の結果を、今知ったわけだ。だから、あんたの行動次第で未来は変わるかもしれない。立候補しないのも手だしな。まぁ、あんたがこの未来を聞いてどうするかって話なんだがね」
「100万も払って……『あんた次第』とはどういうことだ!」
「そりゃそうだろ? 俺が知ってる未来と、今はもう違うんだから」
政治家は「期待して損したわ!」と怒鳴り散らし、バタンと勢いよくドアを閉めて出ていった。
「あのタイプは……落ちるのが分かってても、プライドが邪魔して結局出馬すんだろうな」
タロウはポツリと呟き、札束を雑にデスクの引き出しへ突っ込んだ。
――数日後。
ニュース番組では、タロウのところに来た政治家が総裁選に出馬し、僅差で敗れたという速報が流れていた。
【30代男】
やってきたのは、青いスーツをビシッと着こなした若手投資家風の青年だった。
「あんたが未来を教えてくれるって男かい」
青年は、クチャクチャと音を立てながらハンバーガーを口に押し込むタロウに声をかける。
「そうだよ。で、何が知りたいんだ?」
「決まってるだろ。これから大儲けできる株の銘柄を教えてくれ!」
「株ねぇ……少しだけ知ってるぜ。俺自身は株はやらんから、そこまで詳しくはないがな」
タロウは指についたケチャップを舐めながら答える。
「あんた、未来がわかるなら自分自身で株を買って大儲けできるんじゃないか?」
「前にやったさ。だが、未来を知ってる俺が大量に買ったせいか、レートの動きがめちゃめちゃになって結局大損こいた。それ以来やってない。だから『絶対に上がる株』は教えられん」
「じゃあ、一体何なら教えてくれるんだ?」
タロウは人差し指を1本立てた。
「初回サービスだ。1万円で1社。名前を言ってくれれば、その会社の株が上がるか下がるか教えてやるよ。まぁ、有名どころじゃないと俺もわからんが」
「ふーん……1万円で1社ね」
青年は財布から1万円札を取り出し、デスクに置いた。
「ものは試しだ。〇〇社(大手電化製品メーカー)は?」
タロウは1万円をすっとポケットに仕舞う。
「まぁ、今の時点からは大きくは上がらんな。持ってたら安心なんじゃないか? 俺が知ってる未来でも、潰れずに健在だ」
「的外れでもなさそうだな……」
青年は手応えを感じたのか、財布から1万円札を9枚追加し、一気にデスクへ叩きつけた。
「××社(中堅工業系)!」
「知らんな……。多分、爆発的には上がらんだろ」
「◇◇社(大手自動車メーカー)!」
「持ってるなら早めに売りな。近い将来、海外の大手メーカーに買収されて、そこから下がる一方だ」
それから青年は次々と会社名を挙げるが、タロウからピンとくる回答は得られない。
「くそっ……これで最後にしとこう。△△社(半導体関連)!」
「おっ?! きたな!」
タロウがニヤリと不敵に笑う。
「そこは今が買いだ! 今年中にとんでもなく跳ね上がる! 但し、ジェットコースターのように上がったり下がったりを繰り返して、最終的には暴落するから引き際だけは気をつけろよ」
「……わかった。これが本当だったらまた来る」
青年は満足気に頷き、踵を返して部屋を出ようとする。
「次回からは1社10万だからな。あと、未来は変わるからな! 売り時を逃して大損こいても俺を恨むなよ」
タロウに背後からそう言われ、青年は軽く手をヒラヒラと振って去っていった。
――数カ月後。
ニュースで、△△社が海外メーカーから国際的な技術盗用で訴えられたという報道が流れた。
一時は数十倍に跳ね上がっていた株価が、一気にストップ安を重ねて急落していった。
「ありゃ? 俺が知ってる未来より暴落が早いな……。これだから株は信用ならん……」
タロウはスマホでそのニュースを見ながら、鼻を鳴らした。
【20代女性】
「ちょっと、本当にあんたが未来のこと教えてくれるわけ……?」
次にやってきたのは、茶髪ロングで細身、少し目がきつめの若い女性だった。
アイスを咥えながらポリポリとお腹を掻いているタロウを、冷たい目で見つめている。
「あぁ、そうだよ。俺が知ってることなら、何でも教えるぜ」
「じゃあさ、今付き合ってる彼氏と私、今後どうなるか知りたいんだけど」
女性が腕を組み、半信半疑で尋ねる。
「あんたと彼の未来ね……。それは――」
「それは?」
「知らんな」
女性はその場でズッコケそうになった。
「ちょっと! 未来を教えてくれるんじゃないの?!」
「最初から言ってるだろ? 『俺が知ってること』なら教えるって。有名人でもない、あんたたちの未来なんて俺が知るわけないだろ」
タロウは当たり前のようにアイスを一口かじった。
「一応、無料のAIチャット使って相性診断くらいならやってやるが……どうする?」
「もういいわよ! なによこの詐欺師!!」
女性は顔を真っ赤にしてプンプン怒りながら出ていった。
「……20年後からタイムスリップしてきた普通のおっさんが、有名人でもない一般人の未来なんて、知ってるわけないだろ」
タロウがアイスの棒をゴミ箱に投げ捨て、ぶつぶつと独り言を叩いていると、ギィとドアが開き、今度は深めにかぶった帽子と大きなサングラスをかけた女性が入ってきた。
「ん? あんた、どこかで見たような……。あっ! 今テレビで大人気の若手女優だな! 未来のこと知りたいのか? 俺はあんたのスキャンダルを――」
今日もタロウは、自分がニュースやゴシップ誌で見た記憶だけを頼りに、金を貰って適当に伝えていくのだった。
「知ってるぜ!」




