第22話 規格外の絆
「三年前の冬の終わり……小さな侵攻があった」
カイルはブランデーを傾け、遠い記憶を辿る。
「隣国の武装集団が、国境の村を狙ってな。規模は三百ほど。
辺境の守備隊は魔物討伐で手薄になっていた」
エレノアは静かに耳を傾けている。
「数の不利は覚悟していた。問題は……」
カイルの表情が苦くなる。
「補給が来なかったことだ」
窓の外、月が雲に隠れる。
「王都から派遣された補給部隊が、
『公爵家の紋章入り馬車を泥で汚すわけにはいかない』という理由で、街道で立ち往生していた」
(また儀式か。体面を守るために前線を見殺しにする気か)
「矢が尽きれば砦は落ちる。砦が落ちれば、背後の村々は蹂躙される。俺は撤退を決断しかけていた」
カイルはグラスを置く。
「その時、北門に見慣れない荷馬車隊が現れた。泥だらけで、護衛も最小限。
だが、荷台が沈むほど物資を積んでいた」
「どのような物資でしたか?」
「見たこともない『納品書』が貼られていた」
カイルは当時を思い出し、微かに笑う。
「矢一万本。乾燥肉三トン。油樽は隠匿指定。どれも王都基準では選別から弾かれた品だった」
エレノアの指先が、わずかに震えた。
「だが、備考欄が異常に詳しかった。
『羽の不揃い、弾道誤差±3センチ内』
『形崩れのみで栄養価同等』
『北風時の使用が最適』
……全て、実戦では何の問題もないと、数字付きで保証されていた」
(誰だ? 王都の美学を無視して、前線の実利だけを抽出した奴は)
「羽の色が揃っていなくても、狼は射抜ける。肉の形が悪くても、腹は膨れる。そして何より……」
カイルの目が鋭くなる。
「その書き手は、俺の戦術を完全に理解していた。
地形を読み、風向きを計算し、必要な物資を『廃棄品』として偽装して送りつけてきた」
エレノアは静かに目を伏せた。
「……それは、私です」
「やはりな」
カイルは驚かなかった。むしろ、確信していた表情だった。
それは戦場で勝利した夜よりも、ずっと静かで、ずっと確かな高揚だった。
「当時のお前は何歳だった?」
「十四歳です」
「十四歳で、あの物流操作をやってのけたのか」
エレノアは少し恥ずかしそうに微笑む。
「父の領地倉庫に、廃棄予定の山がありました。
『こんな不揃いな矢を戦場に送れば、我が家の恥になる』と言って、燃やそうとしていましたから」
「それを?」
「もったいないので、勝手に運び出しました。燃やすくらいなら、狼に当てた方が合理的ですから」
(出た。このブレない合理性)
カイルは内心で喝采を送った。
「地図と気象記録だけで、北側谷間の戦術まで読み切ったのか」
「はい。風の通り道ですから、油を撒いて火を放てば、少ない燃料で最大の火壁を作れると計算しました」
カイルの胸が、不意に熱くなった。
(そうか。お前もか。誰にも理解されない孤独を、お前も知っていたのか)
「恐ろしいな、お前は。俺がその作戦を思いついたのは、油樽を見つけた瞬間だった。
だがお前は、現場を見もせずにその戦術を導き出し、必要な物資を送りつけた」
それは、言葉を交わさない「対話」だった。
前線の指揮官と、顔の見えない後方支援者。
数十キロ離れた場所にいながら、完全に同じ思考回路で戦場を支配していた。
「おかげで勝てた」
カイルは遠い目をする。
「油で敵の足を止め、不揃いな矢の雨を降らせた。
王都の騎士団が泥に足を取られている間に、俺たちは損害ゼロで敵を撃退した」
「私も……嬉しかったです」
エレノアが静かに言う。
「後日、戦場からの報告書を見ました。
『規格外品、全弾消費。油樽、指定地点にて使用。作戦目標、完全達成』と」
彼女の瞳が、静かに輝く。
「私の計算を、完璧に実行してくださる方がいた。
ゴミとして捨てられるはずのものを、武器として使いこなしてくださる方がいた」
エレノアは胸に手を当てる。
「あの時、初めて思いました。自分の思考が、誰かの役に立ったと」
「俺もずっと探していた」
カイルは真剣な表情でエレノアを見つめる。
「あの夜、俺と同じ言語で話せる人間が、この国のどこかにいるはずだと。
まさか、それが『悪役令嬢』として断罪され、俺の目の前に現れるとはな」
二人の視線が絡み合う。
出会う前から、二人はすでに「同志」だった。
王都が捨てたものを拾い上げ、王都が軽視する「実利」で勝利を掴む。
その戦い方は、三年前のあの夜にすでに完成していたのだ。
「エレノア」
カイルがグラスを掲げる。
「王都へ行っても、お前は変わるな」
「変わりません」
エレノアも自分のグラスを持ち上げる。
「規格外品を集め、必要な場所へ届ける。それが私の戦い方です」
「そして俺は、その『規格外品』を武器に変える」
カチン、とグラスが触れ合う音が響いた。
「三年前と同じだ。場所が離れていても、俺たちは同じ図面の上で戦っている」
それは、過去の勝利を祝う音であり、これから始まる困難な戦いへの契約の音でもあった。
「カイル様」
エレノアが静かに言う。
「王都で私が作る『規格外品』を、必ず受け取ってください」
「約束する」
カイルは力強く頷いた。
「お前が送るものを、俺が最強の武器に変えてみせる」
暖炉の火が、二人の影を壁に映し出していた。
三年前、顔も名前も知らぬまま完璧な連携を見せた二人。
今度は、互いを知った上で、もっと強い絆で結ばれている。
カイルは、グラスを置いた。
手が、わずかに震えている。
数字では測れない領域に、足を踏み入れるのは初めてだった。
(これは……緊張か? 俺が?)
戦場でも、監査でも、どんな交渉の席でも震えたことのない手が、今、微かに震えている。
「さあ」
カイルは息を整える。
「過去の話はこれで終わりだ。次は……」
彼の表情が、ふと真剣なものに変わる。
「お前が旅立つ前に、俺たちの『関係』に、正式な名前をつけておく必要がある」
同志。主従。共犯者。
それらの言葉では括りきれない、魂の結びつき。
「エレノア。俺は……」
別れの前夜。秘めていた想いが、ついに言葉となろうとしていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
三年前の夜。互いの名も知らぬまま、二人は完璧な連携で勝利を掴んでいました。
規格外と呼ばれた二人が、規格外の関係を選ぶ夜。
次話、契約の告白へ。
次話、カイルがついに想いを告げます。
別れの前夜。二人の関係に、新たな名前が刻まれます。
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