表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された悪役令嬢ですが、異端と呼ばれた合理主義の転生公爵と辺境から王国を改革します 〜契約で家族になった二人の制度戦〜  作者: そらのことのは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/25

第22話 規格外の絆

「三年前の冬の終わり……小さな侵攻があった」


 カイルはブランデーを傾け、遠い記憶を辿る。


「隣国の武装集団が、国境の村を狙ってな。規模は三百ほど。

 辺境の守備隊は魔物討伐で手薄になっていた」


 エレノアは静かに耳を傾けている。


「数の不利は覚悟していた。問題は……」


 カイルの表情が苦くなる。


「補給が来なかったことだ」


 窓の外、月が雲に隠れる。


「王都から派遣された補給部隊が、

『公爵家の紋章入り馬車を泥で汚すわけにはいかない』という理由で、街道で立ち往生していた」


(また儀式か。体面を守るために前線を見殺しにする気か)


「矢が尽きれば砦は落ちる。砦が落ちれば、背後の村々は蹂躙される。俺は撤退を決断しかけていた」


 カイルはグラスを置く。


「その時、北門に見慣れない荷馬車隊が現れた。泥だらけで、護衛も最小限。

 だが、荷台が沈むほど物資を積んでいた」


「どのような物資でしたか?」


「見たこともない『納品書』が貼られていた」


 カイルは当時を思い出し、微かに笑う。


「矢一万本。乾燥肉三トン。油樽は隠匿指定。どれも()()()()()()()()()()()()()()()だった」


 エレノアの指先が、わずかに震えた。


「だが、備考欄が異常に詳しかった。

『羽の不揃い、弾道誤差±3センチ内』

『形崩れのみで栄養価同等』

『北風時の使用が最適』

 ……全て、実戦では何の問題もないと、数字付きで保証されていた」


(誰だ? 王都の美学を無視して、前線の実利だけを抽出した奴は)


「羽の色が揃っていなくても、狼は射抜ける。肉の形が悪くても、腹は膨れる。そして何より……」


 カイルの目が鋭くなる。


「その書き手は、俺の戦術を完全に理解していた。

 地形を読み、風向きを計算し、必要な物資を『廃棄品』として偽装して送りつけてきた」


 エレノアは静かに目を伏せた。


「……それは、私です」


「やはりな」


 カイルは驚かなかった。むしろ、確信していた表情だった。


 それは戦場で勝利した夜よりも、ずっと静かで、ずっと確かな高揚だった。


「当時のお前は何歳だった?」


「十四歳です」


「十四歳で、あの物流操作をやってのけたのか」


 エレノアは少し恥ずかしそうに微笑む。


「父の領地倉庫に、廃棄予定の山がありました。

『こんな不揃いな矢を戦場に送れば、我が家の恥になる』と言って、燃やそうとしていましたから」


「それを?」


「もったいないので、勝手に運び出しました。燃やすくらいなら、狼に当てた方が合理的ですから」


(出た。このブレない合理性)


 カイルは内心で喝采を送った。


「地図と気象記録だけで、北側谷間の戦術まで読み切ったのか」


「はい。風の通り道ですから、油を撒いて火を放てば、少ない燃料で最大の火壁を作れると計算しました」


 カイルの胸が、不意に熱くなった。


(そうか。お前もか。誰にも理解されない孤独を、お前も知っていたのか)


「恐ろしいな、お前は。俺がその作戦を思いついたのは、油樽を見つけた瞬間だった。

 だがお前は、現場を見もせずにその戦術を導き出し、必要な物資を送りつけた」


 それは、言葉を交わさない「対話」だった。


 前線の指揮官と、顔の見えない後方支援者。

 数十キロ離れた場所にいながら、完全に同じ思考回路で戦場を支配していた。


「おかげで勝てた」


 カイルは遠い目をする。


「油で敵の足を止め、不揃いな矢の雨を降らせた。

 王都の騎士団が泥に足を取られている間に、俺たちは損害ゼロで敵を撃退した」


「私も……嬉しかったです」


 エレノアが静かに言う。


「後日、戦場からの報告書を見ました。

『規格外品、全弾消費。油樽、指定地点にて使用。作戦目標、完全達成』と」


 彼女の瞳が、静かに輝く。


「私の計算を、完璧に実行してくださる方がいた。

()()として捨てられるはずのものを、武器として使いこなしてくださる方がいた」


 エレノアは胸に手を当てる。


「あの時、初めて思いました。自分の思考が、誰かの役に立ったと」


「俺もずっと探していた」


 カイルは真剣な表情でエレノアを見つめる。


「あの夜、俺と同じ言語で話せる人間が、この国のどこかにいるはずだと。

まさか、それが『悪役令嬢』として断罪され、俺の目の前に現れるとはな」


 二人の視線が絡み合う。


 出会う前から、二人はすでに「同志」だった。

王都が捨てたものを拾い上げ、王都が軽視する「実利」で勝利を掴む。

その戦い方は、三年前のあの夜にすでに完成していたのだ。


「エレノア」


 カイルがグラスを掲げる。


「王都へ行っても、お前は変わるな」


「変わりません」


 エレノアも自分のグラスを持ち上げる。


「規格外品を集め、必要な場所へ届ける。それが私の戦い方です」


「そして俺は、その『規格外品』を武器に変える」


 カチン、とグラスが触れ合う音が響いた。


「三年前と同じだ。場所が離れていても、俺たちは同じ図面の上で戦っている」


 それは、過去の勝利を祝う音であり、これから始まる困難な戦いへの契約の音でもあった。


「カイル様」


 エレノアが静かに言う。


「王都で私が作る『規格外品』を、必ず受け取ってください」


「約束する」


 カイルは力強く頷いた。


「お前が送るものを、俺が最強の武器に変えてみせる」


 暖炉の火が、二人の影を壁に映し出していた。


 三年前、顔も名前も知らぬまま完璧な連携を見せた二人。

今度は、互いを知った上で、もっと強い絆で結ばれている。


 カイルは、グラスを置いた。


 手が、わずかに震えている。

 数字では測れない領域に、足を踏み入れるのは初めてだった。


(これは……緊張か? 俺が?)


 戦場でも、監査でも、どんな交渉の席でも震えたことのない手が、今、微かに震えている。


「さあ」


 カイルは息を整える。


「過去の話はこれで終わりだ。次は……」


 彼の表情が、ふと真剣なものに変わる。


「お前が旅立つ前に、俺たちの『関係』に、正式な名前をつけておく必要がある」


 同志。主従。共犯者。


 それらの言葉では括りきれない、魂の結びつき。


「エレノア。俺は……」


 別れの前夜。秘めていた想いが、ついに言葉となろうとしていた。

お読みいただき、ありがとうございます。


三年前の夜。互いの名も知らぬまま、二人は完璧な連携で勝利を掴んでいました。

規格外と呼ばれた二人が、規格外の関係を選ぶ夜。

次話、契約の告白へ。


次話、カイルがついに想いを告げます。

別れの前夜。二人の関係に、新たな名前が刻まれます。


☆評価やブックマーク、感想などいただけると執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ