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断罪された悪役令嬢ですが、異端と呼ばれた合理主義の転生公爵と辺境から王国を改革します 〜契約で家族になった二人の制度戦〜  作者: そらのことのは


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第21話 異端の起源

 王都からの招集状が届いたその夜。


 執務室には暖炉の火が静かに燃え、パチパチと薪の爆ぜる音だけが響いていた。

エレノアは窓辺で月を見上げ、カイルは年代物のブランデーを二つのグラスに注いでいる。


「……エレノア」


 カイルは一つのグラスを彼女に差し出した。


「王都へ行く前に、話しておきたいことがある」


 エレノアが振り返る。その瞳には、一点の曇りもない信頼があった。


「俺の過去の話だ」


 カイルはグラスを傾け、琥珀色の液体を一口含む。


「お前はこれから、王都という魔窟に入る。

そこで戦うためには、俺という人間がなぜ『異端』として弾き出されたのかを知っておく必要がある」


「お聞かせください。カイル様の全てを」


 エレノアは静かにソファに腰を下ろし、彼の言葉を待った。


 カイルは自嘲気味に笑い、ぽつりと言った。


「俺はな……金貨三枚で売られたんだ」


 エレノアの指先が、わずかに揺れた。


「……売られた?」


「そうだ」


 カイルは視線を落とし、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「俺には、前世の記憶がある」


 彼の声は、不思議と淡々としていた。


(この告白をするのは、お前が初めてだ。だが、お前になら話せる。

きっと、哀れみじゃなく筋道で受け止めてくれる)


「いわゆる転生者ってやつだ。だから、この世界の"おかしなところ"がよく見える。

特に、王都の価値観の歪みがな」


 エレノアは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに冷静さを取り戻した。


「それで、数字や制度への理解が……」


「ああ。前の世界では、魔法なんてなくても橋は架かるし、城も動く。そういう世界から来た」


 カイルは窓の外、暗い辺境の空を見つめる。


「俺は、王都の名門侯爵家の三男として生まれた。だが、その家には致命的な病があった。

魔力が全てだと信じて疑わない連中だった」


 彼の声に、古い怒りが滲む。


「魔力量こそが血統の証明。魔法が使えない者は、家の恥。

そんな家で、俺の魔力量は測定不能に近かった」


「測定不能……」


「そうだ。だが、俺にとってはどうでもよかった。

魔法がないなら、別のやり方を使えばいい。前の世界ではそうしていたからな」


 ほんの少し、肩をすくめてみせる。


「問題は、その考え方そのものが、あの家にとっては"汚れ"だったってことだ」


「七歳のとき、領内の橋が崩れた」


 カイルは記憶を辿る。


「春の増水で支柱が流されてな。

父は高位の魔導師を雇い、莫大な費用をかけて『浮遊魔法』で橋を持ち上げようとした。

だが途中で魔力切れを起こして、橋は中途半端に傾いたまま、三日も止まっていた」


「三日も……」


「その間、荷馬車は足止め、川向こうの村には物資が届かない。

けれど誰も、魔導師が詠唱を終えるのを待つ以外の手を考えなかった」


 カイルの口元が、苦く歪む。


「見ていられなかったから、現場の職人を集めた。

支柱の位置を変え、丸太を組み、滑車とロープを使った。

テコと重心の話をして、石の下に丸太を噛ませて……そういう()()()だ」


 エレノアは黙って聞いていた。

彼の言う「そういう手作業」が、普通の貴族なら一生思いつかない発想だと分かっていながら。


「結果はすぐに出た。魔導師が三日かけても動かなかった石が、

屈強な男たち数人の力だけで持ち上がり、半日で仮の橋が通った」


「素晴らしいことです」


「俺もそう思ったよ」


 カイルは短く笑う。


「これで父も、少しは考えを変えるだろうと。

『橋が通ればそれでいい』とまではいかなくても、やり方の一つとして認めるだろうと」


 グラスの中の酒が、わずかに揺れる。


「その夜、俺は父の執務室に呼び出された」


 褒められるのだと、そのときの少年は信じていた。


「ドアを開けた瞬間、空気が違うと分かった。

父の顔は真っ赤に染まり、こめかみの血管が浮き上がっていた。

握りしめた杖で床を何度も叩いた跡が残り、机の上のグラスは粉々に割れていた」


 エレノアが小さく息を呑む。


「『貴様……』」


 カイルは、低くくぐもった声を真似た。


「『神聖な魔法を、()()()()と同じ土俵に立たせたつもりか』」


「土方仕事……」


「『侯爵家の名のもとに築かれた橋を、泥まみれの手で持ち上げるとは何事だ!

魔導師の仕事を取り上げるつもりか!』」


 杖が床を叩く音が、耳の奥によみがえる。

石の床が欠け、破片が飛び散った。それでも父は叫び続けた。


「俺は言った。『橋が通れればいいのでは? 川向こうの村が困っている』と」


「……当然の返答です」


 エレノアの声は低い。


「父は、ますます顔を歪めた。『黙れ!』と。『手段こそが貴族の魂なのだ!』」


 そのときの父の目を、カイルは忘れられなかった。

自分を見ているようでいて、その実、「橋に群がった職人たち」の姿を心の中で踏みにじっている目だった。


「『結果などどうでもよい! 我らが()()()使()()()という事実が重要なのだ!』」


(今でも意味は分からない。だが、あのときの父は本気だった。虚勢ではなく、本気でそう信じていた)


「『貴様のその、数字で成果を量る浅ましい根性こそ、この家の汚点だ』」


 カイルは拳を握る。


「『貴様は異端だ。これ以上、我が家の敷居を跨ぐな』」


 その一言で、話は終わった。


「翌日、俺は屋敷を追い出された」


 カイルの声が、わずかに掠れる。


「持たされたのは、最低限の衣類が入った鞄一つ。外は、季節外れの冷たい雨だった」


 石畳に叩きつけられる雨粒。足元で泥と水が混ざり合う音。

少年の頬を打つ冷たさと、そこにまとわりつく土の匂い。


「七歳の子供が一人で生きていける世界じゃない。ただ、俺の頭は妙に静かでな」


「静かに、ですか」


「『ここは、橋が通るかどうかより、()()()()()()()()()の方が大事な世界なんだな』と、そう理解した」


 カイルは自嘲気味に笑う。


「橋を渡る人の数より、『侯爵家が魔法を使った』という儀式が優先される世界。

そこで、俺のやり方は邪魔者だった」


 エレノアの胸が、きゅっと締めつけられる。


(構造としては分かる。けれど、それで、七歳の子どもを捨てるなんて)


「泥道を歩いていると、一台の馬車が通りかかった。車輪が泥をはねて、その泥が俺の靴と裾を汚した」


 ふと、馬車が止まる。


「降りてきたのは、顔に大きな古傷を持つ巨漢だった」


 カイルの表情が、わずかに和らぐ。


「当時の辺境伯、ガラルド・フォン・ヴァレンシュタイン。俺の()()だ」


「『おい、小僧。こんなところで何をしている』と聞かれて、俺は答えた。『就職活動中です』と」


 エレノアが思わず吹き出しかけ、慌てて唇を押さえた。


「七歳で就職活動……」


「ガラルドは一瞬ぽかんとした後、腹を抱えて笑った。

『魔法より滑車か! 王都も落ちぶれたもんだな!』と」


 カイルの声音に、懐かしさが混ざる。


「それから、顔つきが変わった。

俺の足元の泥を見て、屋敷の方角を見て、その上で、しばらく無言で俺を見た」


 その目は、獲物を見る目ではなかった。

砦の壁材を吟味する職人のように、「使えるかどうか」を測る目だった。


「『で? 俺に拾えと言うのか?』」


「俺は答えた。『拾うのではありません。投資です』と」


 エレノアの指が、膝の上でぎゅっと握られる。


「『辺境は万年人手不足で、予算も足りないと聞いています。

魔法使い一人を雇う金で、俺ならその十倍の仕事をする仕組みを作れます』」


 七歳の子どもの台詞ではない。だが、そのときの少年には、それしか生き残る方法がなかった。


「ガラルドはニヤリと笑い、懐から金貨を三枚取り出した。

手のひらの上で、じゃらりと音を立ててな」


 カイルは指を三本立てる。


「『いいだろう。金貨三枚だ。それでお前の人生、俺が買った』」


「金貨三枚……」


「馬一頭より安い」


 カイルは静かに目を伏せる。


「だが、俺にとっては初めてだった。自分の存在を、『いらない』以外の言葉で測られたのは。

安かろうが何だろうが、()()()()()


 ブランデーを一口飲み下す。その熱が喉を落ちていく。


「それが、俺と先代との出会いだ」


 カイルは遠い目をする。


「辺境に来てからは、まあ地獄だった。魔物は出るし、冬は骨まで凍る。食い物は固く、少ない。

だが……王都よりはずっとマシだった」


「なぜですか?」


「ここでは、誰が呪文を唱えたかなんて、誰も数えない」


 カイルの声に、わずかな熱が戻る。


「魔力があろうとなかろうと、魔物を倒せればいい。

家柄がどうあれ、畑を耕せればいい。橋を一年早く渡れるなら、やり方なんて誰も気にしない」


「それは……健全です」


「だから、俺のやり方は、ここでは役に立った。

狼煙の連絡網、巡回隊の配置、貯蔵庫の管理……数字を並べて、最も無駄の少ない形に組み直す。

それだけで、いくつもの冬を乗り越えられた」


 エレノアは、今自分たちが使っている仕組みの原型を思い浮かべる。


「ですが、あなたは『異端』と呼ばれ続けた」


「そうだ」


 カイルは肩をすくめる。


「結果を出せば人は頼る。だが、同時に恐れもする。

『氷の公爵』『人の心を持たない計算機』……好き勝手なあだ名をつけてくれたよ」


 口調は軽いが、その奥に微かな痛みが滲んでいる。


「祭りの日も、皆の輪に入れなかった。俺がそこにいると、皆、姿勢を正してしまうからな。

失敗を見られるのが怖いらしい」


 それは、笑い話のようでいて、確かに彼の孤独を語っていた。


「俺は、仕組みを作ることはできても、そこに血を通わせることができなかった。

少なくとも──お前が現れるまでは、そう思っていた」


「……カイル様」


 エレノアは、真っ直ぐに彼を見つめる。


「だから、エレノア」


 カイルも視線を返した。その瞳は、いつになく真摯だった。


「お前が王都で直面するのは、かつて俺を追い出した()()()()()だ。

奴らは橋を渡る人間の数じゃなく、橋の上で誰が呪文を唱えたかを数える」


「……はい」


「だが、恐れるな。俺には壊せなかった壁でも、お前にはできることがある」


 カイルは、エレノアの手をそっと握った。


「お前は、仕組みの中に()を入れられる。

条文の裏側で、いつも誰かの暮らしを思い浮かべている。それは、俺にはできなかったことだ」


 エレノアの指が、きゅっと握り返す。


「……カイル様は、計算機ではありません」


 静かだが、確信に満ちた声だった。


「七歳で雨の中に捨てられて、それでも『商談成立』と考えた男の子は、誰よりも必死に生きようとしていた。

私は、その必死さを知っています」


 カイルは目を見開いた。


 胸の奥が、熱くなる。


「……敵わんな、お前には」


 こみ上げてきた笑いは、うまく形にならなかった。不器用で、少しだけ震えている。


 だがそれは、あの日、雨の中で全てを失って以来、初めて胸の奥から湧き上がってきた「安堵」に近い感覚だった。


 七歳の少年が凍らせた何かが、ようやく緩んだ気がした。


「次は……俺たちが初めて『連携』した、あの小さな侵攻の話をしようか」


 カイルが、グラスをテーブルに置きながら言う。


「俺とエレノアが、まだ互いの名前さえ知らなかった頃の話だ。

だが、あの夜すでに──俺たちは同じ戦場で、背中を預け合っていた」


 エレノアは静かに頷いた。


「お聞かせください。その夜から、私たちの物語は始まっていたのですね」


 暖炉の火が静かに揺れる中、過去という名の深い井戸へ、二人の視線が同時に沈んでいく。


 まだ互いを知らぬまま、同じ敵と戦っていたあの夜へと。

お読みいただき、ありがとうございます。


「金貨三枚で売られた」カイルの原点。魔力至上主義の王都で「異端」とされた合理主義者が、辺境で居場所を見つけるまでの物語でした。


「魔法より滑車」──この価値観の対立は、エレノアがこれから王都で直面する壁そのものです。


次話は、二人がまだ出会う前の「奇跡の連携」。運命の糸が静かに紡がれていた過去が明かされます。


面白いと感じていただけたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。カイルの物語を最後まで書ききる力になります。

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