表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された悪役令嬢ですが、異端と呼ばれた合理主義の転生公爵と辺境から王国を改革します 〜契約で家族になった二人の制度戦〜  作者: そらのことのは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/19

第16話 王都からの召喚状

 冬が本格的に近づいていた。


 石炭を使う村が増え、市場に並ぶ物資が安定し、兵たちの装備が整い始めた。

 変化は小さい。だが、確実に積み重なっている。


 エレノアは倉庫の検分を終え、城へ戻る途中だった。

 ノアが作った物流経路が機能している。リュードが立ち会った受領記録が、不正を防いでいる。


 一つ一つは小さな改善。

 けれど、それが重なれば、領地は変わる。


(このまま春まで保てば、次の種を蒔ける)


 そう考えた瞬間、城門の前に見慣れない馬車が停まっているのが見えた。


 装飾が多い。車輪が綺麗すぎる。

 王都の匂いがする馬車だ。


 エレノアの足が、ほんの少しだけ遅くなった。


 執務室では、カイルが一人の男と向かい合っていた。


 男は四十代ほど。痩せ型で、目が細い。

 監察局の制服を着ている。グレゴールではない。別の監察官だ。


「辺境公爵家当主代行殿。監察局次席監察官、ハインリヒ・ベルクと申します」


 丁寧な言葉。だが、温度がない。


 カイルは頷いた。


「ようこそ。何の用件で」


(また監察か。グレゴールの報告で終わったはずだが)


 ハインリヒは懐から一通の書状を取り出した。

 封蝋に、王家の紋章。


「王都より、正式な召喚状です」


 カイルの目が細くなる。


「……誰への?」


「エレノア・ヴァルディエール殿へ」


(来たか)


 カイルは表情を変えない。だが、内心では既に計算を始めていた。


「理由は」


「人材の適正配置です。彼女の帳簿整理能力は、王都でも高く評価されております」


 丁寧な言葉。だが、含みは隠していない。


 ハインリヒは続けた。


「加えて、王太子殿下付き特別監察官、オスカー・リンデル殿が、近日中にこちらへ向かわれます。  急激な収支改善の実態を、詳細にご確認なさる予定です」


(オスカー・リンデル。数字を武器にする男だ)


 カイルは書状を受け取らなかった。


「彼女は、この領地の改革を担っている。今、引き抜けば、全てが止まる」


 ハインリヒは、かすかに首を傾げた。


「そのご懸念は理解いたします。

ですが、王国全体の視点から申せば、一領地の事情で前例を作るのは、賢明ではございません」


(中央は、いつもそうだ)


 カイルは答える前に、一拍置いた。


「……彼女本人の意思は?」


「もちろん、確認いたします。ただし――」


 ハインリヒは声を落とした。


「そのような前例は、過去に良い結果を生んでおりません」


 カイルの指先が、わずかに机を叩いた。


 脅しだ。

 丁寧な言葉で包んだ、逃げ場のない圧力。


 エレノアが執務室に入ると、空気がわずかに冷たかった。


 カイルが窓際に立っている。

 見知らぬ男が、椅子に座っている。


「失礼します」


 エレノアが頭を下げると、ハインリヒが立ち上がった。


「エレノア・ヴァルディエール殿ですね。お初にお目にかかります」


 丁寧に名乗り、書状を差し出す。


「王都より、召喚状をお持ちしました」


 エレノアは書状を受け取った。

 封蝋を割り、中身を読む。


 内容は簡潔だった。


『監察局への出仕を命ずる。期日は一月以内』


 一月。

 春の準備が始まる前。種の確保、農具の手配、税の調整。

 全てが動き出す前に、引き抜く気だ。


 エレノアは書状を静かに折りたたんだ。


「……お受けする時期について、相談は可能でしょうか」


 拒否ではない。だが、従属でもない。


 ハインリヒの目が細くなる。


「お立場をお忘れなきよう。あなたは断罪された身です。

 そのような選択は、過去に良い結果を生んでおりません」


 エレノアは、少しだけ視線を落とした。


「承知しています。だからこそ、確認させてください。

 私が王都へ行けば、この領地の改革は誰が引き継ぐのですか」


 ハインリヒがわずかに眉を動かす。


「それは……後任を――」


「後任が来るまで、どれくらいかかりますか。

 その間、この領地の物流は止まります。兵站も止まります。春の準備も止まります」


 エレノアは、淡々と数字を並べた。


「私が王都へ行くことで、王国全体の利益が増えるとおっしゃいました。

 では、この領地が崩壊することで生じる損失は、どなたが、どの予算で補填なさるおつもりでしょうか」


 ハインリヒは苛立ちを隠さなくなった。


「屁理屈を――」


「理屈ではなく、計算です」


 エレノアは遮った。声を荒げない。数字で殴る。


「この領地の黒字転換により、王国への税収が増えました。

 私が去れば、それが消えます。王都の利益も、減ります」


(……強いな。この人は、本当に強い)


 カイルは窓際で、エレノアの背中を見ていた。


 ハインリヒは数秒だけ黙り、それから薄く笑った。


「……興味深い視点です。では、逆に伺いましょう。いつなら、王都へお出ましいただけるのですか」


「春の準備が終わり、後任への引き継ぎが完了してから。

 最短でも、三ヶ月後です」


 三ヶ月。

 その間に、状況は変わる。変えられる。


 ハインリヒは、わずかに肩をすくめた。


「三ヶ月の猶予、ですか。……局長には、そのようにお伝えしておきましょう」


 了承ではない。伝達の約束だけだ。


「ただし」


 ハインリヒの声が、わずかに低くなった。


「王太子殿下付き特別監察官、オスカー・リンデル殿の査閲は予定通り行われます。

 彼は、あなた方の『急激すぎる改善』に強い関心をお持ちです」


 名前だけが、部屋の温度を下げた。


「特に――」


 ハインリヒは、机の端に視線を落とした。


「『関所』と『寄付』の帳簿。数字の揺れには、敏感なお方でして」


 脅しではない。  ただ、事実を告げているだけだ。

 だからこそ、逃げ場がない。


 エレノアは、微かに目を細めた。


(狙いは、そこ)


「承知しました。記録は全て、整えておきます」


 ハインリヒは頷いた。


「……本日は、これにて。なお――」


 扉へ向かいかけて、振り返る。


「召喚状の封蝋は、できるだけお早めにお返事いただければ。

 蝋が冷える前の方が、後味がよろしいこともありますので」


 皮肉か、比喩か。  判断がつかないまま、男は部屋を出て行った。


 扉が閉まる。


 静寂が戻る。


 エレノアは、ふぅ、と小さく息を吐いた。


「……冷たい人ですね」


 カイルが窓際から離れ、机の方へ来る。


「中央の人間は、あれが普通だ」


「よくやった」


 エレノアは首を振る。


「交渉は、まだ何も勝っていません。時間を動かしただけです」


「時間を動かせれば、充分だ」


 カイルは、封を切られた召喚状に目を落とした。


「三ヶ月。短いが、何もできないほどではない」


「準備、ですね」


「ああ。君がいなくても回る仕組みを作る。

 ノアを育てる。リュードに権限を与える。

 文官を増やす。引き継ぎ書を完璧にする」


 カイルはエレノアを見た。


「君が王都へ行っても、この領地が崩れないように」


 淡々とした口調。

 だが、その裏にあるものは、エレノアには分かった。


(この人は、"帰る場所"を残そうとしている)


 胸の奥が、静かに温かくなる。


「……ありがとうございます」


「礼はいい。君は……俺の同志だろう」


 昨夜、確かめ合った言葉が、静かに繰り返される

 言い切らない余白が、逆に深い信頼を感じさせた。


 エレノアは、小さく笑った。


「では、同志らしく。三ヶ月で、この領地をもう一段、整えます」


 カイルもわずかに口元を緩めた。


「……最後まで、だな」


 言葉はそれだけだった。

 だが、どちらも目を逸らさなかった。


「はい。最後まで」


 それ以上、何も言わない。

 だが、視線は揺らがない。


 その夜。


 エレノアは自室で、一枚の紙に向かっていた。


 引き継ぎ書の草案。

 帳簿の体系。物流の経路。人材の配置。交渉の手順。


 全てを、文字にする。

 自分がいなくても、この領地が回るように。


 ペンが走る。


 その頃、カイルも執務室で同じことをしていた。


 そろばんを弾きながら、予算の再配分を計算する。

 文官を一人増やす余裕。

 ノアに与えるべき権限の範囲。

 リュードを正式な立会人として任命するための手続き。


 カチ。カチ。


(オスカーは数字を疑う。なら、こちらは数字で塞ぐ)


 二人とも、夜を削っていた。


 だが、その夜は孤独ではない。


 同じ時間に、同じ方向を見ている。


 それだけで、心は少し軽かった。


 翌朝。


 エレノアが執務室に入ると、机の上に一枚の紙が置かれていた。


 カイルの字で、短く書かれている。


『文官一名、採用可。ノアへの権限委譲、承認。

 リュード、正式任命手続き開始。

 関所・寄付記録の再精査、着手。──K』


 紙の端に、小さな図が描かれていた。

 そろばんの珠。三つ、寄せられている。


 エレノアは、その紙を静かに折りたたんだ。

 懐にしまう。


 窓の外では、薄い雲が流れている

 辺境の空は澄んでいた。


 机の上には、王都からの召喚状。

 封蝋は、まだ冷えていない。

お読みいただき、ありがとうございます。 「理屈ではなく、計算です」 静かな圧力と、「封蝋は、まだ冷えていない」という不穏な余韻。 嵐の前の静けさを感じていただけたでしょうか。


次話では、数字を武器にする男、オスカー・リンデルがついに姿を現します。


続きが気になりましたら、☆評価やブックマーク登録をしていただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ