第14話 嫌われ者の合理と、黒い石の熱
開拓村は、雪に埋もれかけていた。
家々の煙突から出る煙が薄い。道を行く村人の背中が丸い。
寒さだけじゃない。
息を吐くたび、背中がもう一段丸くなる。
村長の家で、エレノアたちは囲炉裏を囲んでいた。
火が小さい。薪を惜しんでいる。
村長が土下座せんばかりに頭を下げる。
「代行殿! どうかお慈悲を! このままでは凍え死ぬ者が……」
カイルは表情を変えない。
「森への立ち入りは許可しない。水源を守るためだ」
村長の顔が絶望に染まる。
後ろに控えていた若い男たちが、殺気立った目でカイルを睨む。
「水源だの水源だの……俺たちが死んだら意味ねえだろ!」
「城は暖かいだろうが! あんたらは分からねえんだ、凍える辛さが!」
若い男の一人が、拳を握りしめた。
殴りかかるつもりではない。ただ、やり場のない怒りを握りしめているだけだ。
「……俺の弟は、去年の冬に死んだ。寒さで、肺をやられて」
声が震えている。
「今年は妹が咳をしてる。このままじゃ、また……養子のくせに、俺たちを見殺しにするのか!」
罵声。怒号。 カイルは動じない。言い返さない。
(言わせておけばいい。憎まれ役は慣れている。
……知っている。去年の冬、三人が凍死した。全員、子どもだった)
その背中が、エレノアには痛々しく見えた。
彼は守ろうとしている。
春の土砂崩れから、まだ生まれていない命まで。
なのに、今は理解されない。
エレノアは静かに口を開いた。
「……森には入れません。それは決定事項です」
火が、小さく爆ぜた。
村人たちの怒りの矛先が、エレノアに向く。
「なんだ、この女は!」 「罪人の分際で!」
エレノアは声を荒げない。
「ですが、薪の代わりはあります」
一瞬、場が静まる。
「……代わり?」
エレノアは一枚の地図を広げた。
村の近くにある、古い鉱山の跡地。
「ここにあるのは、石炭の層です」
村長が顔をしかめた。
「石炭……? あの黒い石か?
あれは駄目です。昔、冬に試した者がいましたが、黒煙で子どもが咳き込んで、誰も近づかなくなった。
それに火床が弱くて、燃え切らずに黒い煙ばっかり出て、薪より手間がかかった」
過去の失敗。それが、この選択肢を消していた理由だ。
(やっぱりか。過去に試して失敗している。だから誰も言い出さなかった)
エレノアは頷いた。
「燃えにくいのは、空気が足りないからです。
煙が出るのも、温度が上がりきっていないから」
彼女は簡単な図面を描いて見せた。
通風口を広げ、煙突を高くする。それだけの改良。
「かまどを少し改良すれば、煙も減り、十分に使えます」
若い男たちが疑わしげな目を向ける。
「本当かよ……あんな臭い石が」
「試してみましょう」
エレノアは即座に言った。
若い男が半信半疑で、庭先に積まれていた黒い石を持ってきた。
手のひらほどの大きさ。表面は黒く、少しざらついている。
囲炉裏にくべる。
火は一度、鈍く沈んだ。
黒い煙が立ち上がりかける。臭い。焦げた油のような、鼻の奥に残る匂い。
「ほら、やっぱり燃えね――」
「通風口を開けて」
エレノアが指示する。
村長が慌てて板をずらし、空気を入れる。
その瞬間。
ボッ、と音がして、火が一段、強くなった。
煙が吸い込まれ、強い熱気が広がる。
薪よりも強く、長く続く熱。
囲炉裏の周りにいた村人たちが、思わず顔を近づける。
「……燃えた」
誰かが呟いた。
「すげえ…これなら、朝まで保つぞ」
カイルが、エレノアを見た。
驚きと、感嘆の目。
(石炭。その手があったか。質が悪いからと見落としていた。
いや、過去の失敗に囚われて、可能性を捨てていた。……この人、本当に視点が違う)
「鉱山への立ち入りを許可する。採掘した石炭は、村で自由に使っていい」
村長の手が震える。
「あ、ありがとうございます……!」
カイルは続けた。
「ただし、掘りすぎるな。崩落の危険がある。一日に運べる量だけを掘れ」
若い男たちの殺気が消える。 バツが悪そうに、視線を逸らす。
「……悪かったな。言い過ぎた」
カイルは短く頷いた。
「気にするな。生きるためだ」
(責める気はない。俺だって、同じ立場なら同じことを言っただろう)
「……三日だ」
エレノアが言った。
「三日だけ、試してください。それで駄目なら、また一緒に考えます」
三日。
期限を切られた提案は、村人の「全部を賭ける不安」を和らげる。
村長が深く頭を下げた。
「……分かりました。三日、やってみます。
だが、子どもが咳き込むようなら、すぐ止めます」
命を守る線。それだけは譲らない。
エレノアは頷いた。
「もちろんです。それが最優先です」
(うまい。撤退路を残した上で、前へ進ませる。
そして相手の一番大事な線を尊重する。……本当に、交渉の達人だ)
若い男が、恐る恐るエレノアに近づいた。
「……あんた、本当に罪人なのか?」
エレノアは頷いた。
「王都では、そう呼ばれています」
「なんで、俺らなんかを助けるんだ」
エレノアは少しだけ考えて、答えた。
「困っている人を見たら、助けたくなります。それだけです」
若い男は、何か言いかけて、やめた。 代わりに、小さく頭を下げた。
「……助かった」
その言葉が、エレノアの胸に温かく残った。
帰り道。 馬車の中で、カイルが言った。
「……助かった」
エレノアは首を横に振る。
「いいえ。あなたが森を守ろうとしたからです。
その判断がなければ、春に村はなくなっていました」
カイルは苦笑する。
「だが、伝え方が下手だ。いつも反感を買う」
「ええ。下手ですね」
エレノアは正直に言った。
「でも、間違っていません」
カイルが顔を上げる。
「あなたは、合理的です。
感情に流されず、未来のリスクを計算できる。
それは、領主として一番必要な能力です」
エレノアは、カイルの目を真っ直ぐに見た。
「私は、その合理性を好ましく思います」
ドクン。 カイルの心臓が、大きく跳ねた。
(……好ましい。合理的であることが。
冷たいと言われ、人の心がないと言われ続けてきた、この性格を。
……初めてだ。こんなふうに言われたのは)
カイルは口元を手で覆った。 顔が熱い。
「……君は、ずるいな」
「何がですか?」
「いや、なんでもない」
(無自覚か。……本当に、敵わない。この人には、何もかも見透かされている気がする)
カイルは窓の外を見た。 雪景色が、少しだけ暖かく見えた。
隣には、自分を理解してくれる人がいる。
それだけで、世界はこんなにも違って見える。
「……帰ったら、石炭の採掘計画を立てよう」
「はい。手伝います」
二人の声が重なる。
(……君と一緒なら、どんな困難も乗り越えられる気がする)
馬車は、雪道を力強く進んでいった。
その頃、王都では。
監察局の局長が、机の上のファイルに指をかけていた。
表紙の赤字が、指先の下で冷たく光った。
辺境の成功は、すでに監視対象になっていた。
お読みいただき、ありがとうございます。 「私は、その合理性を好ましく思います」 エレノアの言葉に、カイルの心が大きく動きました。 石炭という新たな解決策と共に、二人の絆も深まっています。
次話では、ついに「夜の帳簿室」での重要な場面をお届けします。
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