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断罪された悪役令嬢ですが、異端と呼ばれた合理主義の転生公爵と辺境から王国を改革します 〜契約で家族になった二人の制度戦〜  作者: そらのことのは


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第12話 養子のくせに

 辺境が、少しだけ回り始めた。


 荷車が増え、倉庫の中身が増え、兵の靴紐が新しくなった。 数字としての黒字はまだ小さい。

けれど、兵舎から湯気が立ち上る夜が一度でもあれば、それは確かな変化だ。


 変わるものがあれば――揺れるものもある。


 その日、エレノアは書類を抱え、兵舎脇の通路を歩いていた。

補修予定の靴と革紐のリスト。優先順位を、現場の歩き方と照らし合わせるためだ。


 兵舎の壁は心許ない。声も通る。


「……最近、やり方が変わっちまったな」


 低い声が聞こえた。焚き火の前で鎧を外している兵たちの輪。

エレノアは足を止めない。歩調だけを少し緩める。


「悪い方じゃねえだろ。飯も少し増えたし、靴も支給されるって話だ」


「そりゃそうだがよ……やり方が変わると、責任が俺らに来る」


 言い淀みの後に、擦れた笑いが混じる。


「先代のやり方なら、責められなかったのに。養子のくせに、勝手に変えやがって」


 変化への恐怖。責任を負わされることへの、根源的な不安。


「元の公爵様の血も引いてねえ奴が……失敗したら、俺らごと切り捨てられるんじゃねえのか」


 エレノアは、指先に力が入るのを自覚した。 抱えている紙が少しだけ歪む。すぐに緩める。


(……養子の、くせに)


 その言葉に、胸の奥が一度だけ痛んだ。 理由は分からない。

けれど、「役に立てなければ価値がない」と同じ匂いがする。


 足音が近づいてきた。 曲がり角で、リュードと鉢合わせる。


「あ」


 リュードは一瞬だけ驚いた顔をし、それから視線を逸らした。


「……聞こえてたか」


「通りかかりました」


 エレノアはあいまいな返事をしない。聞いた現実を、曖昧にしない。


 リュードが舌打ちを飲み込んだ。


「悪気はねえ、って言い訳する気はねえ。でも、あいつらの言うことも分かる」


「分かります」


 エレノアは頷いた。


「だから、放っておきません」


 翌朝、執務室に伝令が飛び込んできた。


「当主代行殿! 王都より監察官が到着いたします!」


 息を切らした兵の報告に、文官たちの顔色が変わる。


 カイルは窓際で、そろばんの珠を一つ弾いた。


 カチ。


(来たか。予想通りだ。黒字の報告が届いた瞬間に動いたんだろうな)


「名前は」


「グレゴール・ヴァイス殿と」


 カイルの目が細くなる。


(グレゴール・ヴァイス。『数字の亡霊』と呼ばれる男か。厄介だな。

あいつは褒める前に、必ず刺す)


 エレノアは冷静に言った。


「準備はできています。帳簿は整理済み、古い記録も保管済み。問題ありません」


 その時、扉がノックされた。 返事を待たずに入ってきたのは、古参の家令セバスチャンだった。


「代行殿、大変なことになりました!」


 慌てふためいた様子で、息を荒くしている。


「監察局に睨まれれば、領地ごと潰れますぞ! あの女を隠すべきでは……?」


 あの女。 エレノアを指している。


(また始まった。都合が悪くなると、エレノアのせいにする)


 カイルが口を開こうとした時、エレノアが一歩前に出た。


「隠す必要はありません。やましいことは何もありませんから」


 セバスチャンが顔を赤らめる。


「やましくない?

 あなたは王家から断罪された罪人ですぞ! 公爵家の看板に泥を塗るおつもりか!」


「事実を説明します」


 エレノアは淡々と答えた。


「私が行った帳簿整理、関所正常化、物流改善。全て記録に残っています」


「記録など! 血筋もない養子風情が――」


 養子風情。


 その瞬間、カイルの表情が一瞬だけ硬くなった。


(……また、その言葉か)


 だが、エレノアは動じない。


「血筋と実績、どちらが重要ですか」


 セバスチャンが言葉に詰まる。


「それは……しかし……」


「カイル様は、この領地を立て直しました。血筋ではなく、能力で。

 それを否定するのは、この領地の発展を否定することです」


 その時、石畳の上で、車輪が乾いた音を立てた。


 監察官の到着だ。


 グレゴール・ヴァイスは、痩せた中年の男だった。

 髪は薄く、目は細い。笑っているようで笑っていない顔。

  指先にはインクの染みが沈着している。数字と心中してきた人間の手だ。


「辺境公爵家当主代行殿ですな。監察局のグレゴールです」


 丁寧だが、目が笑っていない声。


 カイルは頷いた。


「ようこそ。遠路、ご苦労」


 グレゴールの視線が、エレノアに移る。


「こちらが、噂の令嬢ですか」


 噂の、という言葉に棘がある。


 エレノアは表情を変えない。


「エレノア・ヴァルディエールです」


(来た。数字の亡霊。……この人の前では、一つの誤魔化しも通じない)


 執務室での査定が始まった。


 グレゴールは整理された帳簿を見て、一瞬目を見開いた。


「……随分と、綺麗に整理されていますね」


 皮肉な笑み。そして、決定的な一言。


「帳簿は美しい。だが、美しい帳簿は嘘も隠す」


(来た! やっぱり刺してきた)


 エレノアは即答した。


「だからこそ、古い帳簿を全て保管してあります」


 部屋の隅を指差す。 紐で縛られた帳簿の束。


「照合が必要であれば、いつでも。どの項目でも」


 グレゴールの目が鋭くなった。


「では、試させていただきましょう」


 彼は新しい帳簿の一ページを開き、日付を確認する。

そして、古い帳簿の束から同じ日付のものを引き抜いた。


「この日の麦の通行記録。新帳簿では『通常税』とありますが――」


 古い帳簿を開く。


「旧帳簿では『三倍税』ですね。説明を」


 エレノアは落ち着いて答えた。


「三倍税は、根拠のない上乗せでした。関所長の独断です。

当主代行殿の承認もなく、条例にも記載がありません」


 グレゴールは別の紙を取り出した。


「関所の条例、持参しています。確かに三倍税の記載はない」


 彼は顔を上げた。


「では、この『根拠』欄。現場の兵が署名していますね」


「はい」


 グレゴールの目が鋭さを増す。


「この署名の意味は分かっていますか? 虚偽があれば、署名者も罪に問われます」


(そこを突いてきたか。さすが亡霊だ)


 エレノアは頷いた。


「承知しています。だからこそ、立会人には現場を知る者を選びました。

嘘をつけば、自分が責任を負う。その覚悟がある者だけが署名しています」


 グレゴールは数秒、沈黙した。


「……整合している。だが、これは事実だ」


 彼は立ち上がった。


「現場を見せていただきましょう」



 関所で、リュードが待っていた。 姿勢は硬いが、目は逸らさない。


「あなたが、帳簿に署名している兵ですね」


 グレゴールが近づく。


「この内容は、本当にあなたが見たものですか? 虚偽があれば、あなたも罪に問われますが」


 リュードは一瞬だけ喉を鳴らし、それから真っ直ぐに答えた。


「はい。嘘はありません。俺が見た通りです」


 グレゴールは古い帳簿の写しを取り出した。


「三倍税を止めて、関所は回っているのですか?」


 リュードは頷いた。


「むしろ、楽になりました。荷が増えて、通常税でも収入は増えました」


 グレゴールは長い沈黙の後、小さく息を吐いた。


「……なるほど」



 城に戻ると、セバスチャンが待ち構えていた。


「監察官殿! この度は遠路はるばる……」


 へりくだった様子で近づく。


「実は、代行殿と令嬢の件で、お耳に入れたいことが……」


 グレゴールが眉をひそめる。


「何ですか」


「代行殿は養子の身でありながら、断罪された罪人を重用し…… 監察局に睨まれれば、領地ごと潰れますぞ!」


「待ちなさい」


 グレゴールが手を上げた。


「血筋は監査対象ではない。だが結果は監査対象だ」


 セバスチャンの顔が青ざめる。


「し、しかし……」


「私が見るのは、責任の所在と再現性です」


 グレゴールはエレノアを見た。


「この令嬢の手腕は見事でした。 王都でも、これほどの整理能力を持つ者は稀です」


 そして、カイルに向き直る。


「当主代行殿。あなたは優秀な人材を見抜く目をお持ちだ」


(……認められた。エレノアが。俺が。二人とも)


 セバスチャンが震え声で言った。


「そ、そんな……養子風情が……」


「養子であることと、能力は関係ありません」


 グレゴールが冷たく言い放つ。


「数字は嘘をつかない。あなたの偏見とは違ってね」


 セバスチャンは顔を真っ赤にして、逃げるように去っていった。


 グレゴールが帰った後。


 エレノアとカイルは、執務室で向かい合っていた。


「……終わりました」


 エレノアが小さく息を吐く。


 カイルは、そろばんを取り出した。 カチ、と一つ弾く。


「……ありがとう」


 短い言葉。


「何に対してですか」


「俺が言えないことを、代わりに言ってくれたことに」


(養子のくせに。血筋がない。……何年も言われ続けた言葉を、君は一瞬で論破してくれた)


 エレノアは首を横に振った。


「言えないのではなく、言わないのでしょう。 合理的ではない争いは、避けた方がいいですから」


 カイルの口元が、微かに緩んだ。


「君は、本当に合理的だな」


「あなたが合理的なので、合わせやすいです」


 ふっと、二人の間に小さな笑いが落ちた。


(好きだ。……もう、認めざるを得ない。 俺は、この人に救われたんだ)


 カイルは窓の外を見た。 冬の空は高い。 だが、隣に立つ人の体温が、寒さを忘れさせてくれた。


「養子のくせに」という呪いが、ようやく解けた気がした。

お読みいただき、ありがとうございます。

「血筋と実績、どちらが重要ですか」――この一言が、カイルの中に残っていた言葉をほどきました。

監察官の査定で、まずは“形にしたもの”が認められます。


次話、王都がどう動くのか。

そして辺境が、それにどう応えるのか。


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