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断罪された悪役令嬢ですが、異端と呼ばれた合理主義の転生公爵と辺境から王国を改革します 〜契約で家族になった二人の制度戦〜  作者: そらのことのは


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第1話 婚約破棄宣言

 謁見の間は明るい。

 高窓から落ちる冬の光が床の模様をはっきり浮かび上がらせ、並ぶ貴族たちの衣擦れさえ目立つ。


 静かすぎる、とエレノアは思う。


 人が集まれば必ず音が出る。

息遣い、飾りの擦れる音、誰かが立ち位置を直すわずかな足の動き。

今日はそれらが抑えられている。皆、聞き逃すまいとしている。


 エレノア・ヴァルディエールは指名された位置に立つ。背筋を伸ばし、顎を引いた。

視線は王太子の胸元より少し上。目を合わせに行かない角度で、表情の変化だけは拾える位置。


 王太子レオンハルトの声が落ちてきた。


「エレノア・ヴァルディエール。本日この場をもって、そなたとの婚約を破棄する」


 宣言は、短く、容赦がなかった。


 誰かが息を詰め、誰かが喉を鳴らす。

笑いをこらえた気配が一つだけ混じった。エレノアはその一つ一つを静かに観察する。


 王太子の目が定まっていない。言い切った直後なのに、視線がわずかに宰相へ寄る。

自分の言葉として落としていない。


 宰相は、薄く笑っている。笑みの形だけを作り、瞳の温度を落としたまま。


 王太子の隣に、少女が立っている。

近頃急に持ち上げられた令嬢――聖女めいた扱いをされ始めた、あの子だ。

涙の跡を綺麗に見せるように頬を上げ、肩を震わせている。震えは恐怖でも寒さでもない。

緊張だ。期待も混ざっている。


 期待。


 エレノアの胸の奥に、鈍い違和感が残った。

個人の感情が、場の結論に先回りしている。筋書きがある。


 王太子は続けた。


「そなたは王家を欺き、国庫を蝕み、さらに――」


 横領。収賄。陰謀。


 単語だけが重い。だが空気は軽い。

周囲がすでに結論を知っているときの軽さだ。形式を消化しているだけの場。


 エレノアは、まず選択肢を捨てる。


 泣いて縋れば、見世物になる。叫べば、悪役が完成する。沈黙すれば、認めたことにされる。


 必要なのは勝利ではない。ここで生き残ることだ。生き残れば、後で切り返せる。


 王太子の言葉が途切れた瞬間、エレノアは一度、深く頭を下げた。

礼は崩さない。崩せば、相手に()()()()を与える。


「恐れながら、殿下」


 声は揺れない。喉の乾きはあるが、音に滲ませない。


「婚約破棄の宣言と、罪状の提示。理解しております。

ですが一点、お伺いしてもよろしいでしょうか」


 ざわめきが小さく跳ねる。反論が来る、と皆が期待した。

だがエレノアは反論ではなく、確認を選ぶ。


「私が横領したとされる国庫金。その経路の証憑は、どちらにございますか」


 王太子のまばたきが増えた。視線が宰相へ逃げる。


 宰相が咳払いを一つし、手元の書類を掲げた。


「証憑は揃っている。王家の会計簿、ならびに侯爵家の帳簿――双方に不一致が見られた」


 不一致。便利な言葉だ。具体を示さずに罪へ押し込める。


 ここで踏み込めば、相手は感情の話に逃げるだろう。

踏み込み過ぎると、こちらが()()()()()になる。

エレノアは一段だけ、言葉を弱めた形で次を置く。


「承知いたしました。では、その不一致の確認を、正式な監査の場で行うことは可能でしょうか」


 監査、という単語に周囲の空気がわずかに固くなる。

貴族にとって監査は他人事ではない。だから嫌う。だからこそ効く。


 王太子は返答を探している。そこで、隣の少女が一歩前に出た。


「……殿下。エレノア様は、私を陥れようとなさったのです。昨日も、私の――」


 涙声。場がそちらへ傾く。皆が求めるのは監査ではなく、被害者の物語だ。


 宰相は、場を畳むように言った。


「エレノア・ヴァルディエール。

そなたの処遇はすでに決している。監査を行う必要はない」


 必要はない、と言えるのは権力だけだ。


 エレノアは頷く。相手の筋書きを壊さない。壊しても得はない。

ここで必要なのは、相手の手札を増やさせないこと。


「……承知いたしました。殿下のご決定に従います」


 失望が走る。

泣かないのか、縋らないのか――観客は拍子抜けしている。だから、誰かが苛立つ。


「強がりね」


 小さい声。けれど刺すには十分な距離。


 少女は涙を拭いながら、こちらを見る。

 その指先が、ほんのわずかに震えていた。

 勝者の顔を作りながら。


 エレノアは、その震えを記録する。完全な悪ではない。不安がある。

なら、この子もまた筋書きの駒で、駒であることを分かっている可能性がある。


 胸の奥が一度だけ沈んだ。悲しみというより、土台が抜ける感覚に近い。


 役に立てなければ価値がない。

 そう思い込んで生きてきた。侯爵令嬢として。王太子の婚約者として。

 求められる役割を理解し、果たすことが、価値そのものだと。


 その役割を、今この場で切り捨てられる。


 ――なら、次の役割を作るしかない。


 その考えは、驚くほど自然に自分の中へ収まった。


 王太子が最後の宣告を落とす。


「エレノア・ヴァルディエール。そなたは断罪され、王都を離れる。処遇は追って告げる」


 貴族たちは一斉に息を吐いた。

 芝居が終わった、と言わんばかりに。隣の者と目を合わせ、次に安全な話題へ移る準備をする。


 エレノアはもう一度、礼をした。深く。ゆっくり。余計な感情を見せないための動き。


 踵を返し、歩く。ドレスの裾が床を滑り、音を立てないように足を運ぶ。

背中に視線が突き刺さる。振り返らない。振り返る価値が、この場にはない。


 扉の前で一度だけ息を整える。取っ手に手を伸ばすと、金属が冷たい。指先が少しだけ強張った。


 扉が閉まる。


 王太子の迷い。

 宰相の焦り。

 少女の震え。


 ――理解している限り、私は負けていない。


 基準を、作り直す。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。 泣かないエレノアを、どう感じられたでしょうか。 次話では正式な罪状が告げられます。

 続きが気になりましたら、☆評価やブックマーク登録をしていただけると励みになります。 応援よろしくお願いします。

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