EP 7
作戦名「ドラゴン・ダイブ」
日付が変わった直後。午前0時05分。
港の第4倉庫内部は、異様な熱気に包まれていた。
広大な倉庫の中央には、厳重に梱包された木箱が山積みになっている。
その前で、恰幅の良い男――ギルバート商会の幹部が、取引相手である黒ローブの男たちと握手を交わしていた。
「へへへ……。これが約束の品、『旧時代の魔導兵器』の発掘品です。これさえあれば、小国の一つや二つ、簡単に火の海にできますぜ」
「素晴らしい。我が国の悲願、これで達成できる」
黒ローブの男たちが、木箱の隙間から漏れ出る魔力光を見て、満足げに頷く。
周囲を固めるのは、商会が雇った腕利きの魔導師たち。彼らは三重の魔法障壁を展開し、アリ一匹侵入させない構えだ。
「外の黒犬傭兵団も優秀だ。今夜は月も出ていない。邪魔が入る心配は――」
幹部がそう言いかけた、その時。
ズズズンッ……。
地鳴りのような振動が、倉庫の床を揺らした。
いや、違う。
振動は「上」から来ている。
「な、なんだ!? 地震か!?」
「おい、天井を見ろ! 何かが……!」
魔導師の一人が叫び、全員が頭上を見上げた。
倉庫の天窓の向こう。夜空を背景に、巨大な影が急速に拡大していた。
次の瞬間。
ドォォォォォォォンッ!!!!
爆音と共に、鉄骨とスレートで作られた倉庫の屋根が、紙細工のように粉砕された。
降り注ぐ瓦礫の雨。
その中心に、紅蓮の炎を纏った「隕石」が落下してきた。
「ヒャハハハハ! T-SWAT宅配便だァァァ!! 受け取りやがれェェェ!!」
イグニス・ドラグーンだ。
彼は上空からトップスピードで急降下し、自らを巨大な質量弾として叩きつけたのだ。
「ば、馬鹿な! 魔法障壁がある! 弾き返せ!」
魔導師たちが慌てて杖を掲げる。展開されていた三重の障壁が輝きを増す。
だが、イグニスは止まらない。
「んな薄っぺらい壁で、俺様が止まるかよォォォ!!」
パリィィィィンッ!!
けたたましい破砕音。
魔法防御は、物理的な質量と、イグニスの規格外な闘気の前には無力だった。障壁はガラス細工のように砕け散り、その衝撃波だけで周囲の魔導師たちが吹き飛ぶ。
ズドンッ!
イグニスが倉庫の中央に着地した。コンクリートの床がクレーター状に陥没する。
土煙の中から現れたその姿は、以前とは違っていた。
身に纏っているのは、煤けた革鎧ではない。艶消しの黒い金属で作られた、重厚な全身鎧――女神ルチアナが「倉庫の肥やしになってたからあげる」と横流しした、地球製の『対爆・対魔導ヘビーアーマー』だ。
「へっ、頑丈な鎧だぜ! これならバックドラフトも怖くねぇ!」
「ひ、ヒィィッ! ドラゴンだ! 撃て! 魔法を撃ちまくれ!」
パニックに陥った商会の護衛たちが、一斉に攻撃魔法を放つ。
炎弾、氷槍、雷撃がイグニスに集中する。
だが、ヘビーアーマーの表面に施された対魔導コーティングが、それらを全て弾き返した。
「無駄無駄ァ! 今日の俺様は『公務員』だぜ! 福利厚生が違うんだよ!」
「ば、化け物かコイツは……!?」
イグニスが巨大な両手斧を肩に担ぎ、ニヤリと笑う。
敵の注意が完全に彼に引きつけられた。
その隙を、T-SWATの「速度」は見逃さない。
「はいはーい、注目注目ゥ! お楽しみはこれからよ!」
屋根の穴から、軽やかな声が降ってきた。
キャルルだ。彼女は空中で回転しながら、腰のポーチから数個の黒い缶をばら撒いた。
「隊長からのプレゼントよ! 『閃光弾』!」
カッ! カッ! カッ!
倉庫内で、強烈な閃光と爆音が連続して炸裂した。
暗順応していた敵の目は完全に機能を失い、平衡感覚を破壊された魔導師たちが床を転げ回る。
「目が、目がああぁぁ!?」
「何も見えん! どこだ、敵はどこだ!?」
視界を奪われた彼らにとって、倉庫内は地獄と化した。
暗闇(実際は閃光の残像)の中を、マッハの速度で駆け抜ける影がある。
「月影流・鐘打ち! はい一人! 残業代プラス!」
ドゴォォン!
安全靴の鉄芯が、魔導師のわき腹にめり込む重い音。
キャルルは壁を蹴り、天井の梁を蹴り、三次元的な動きで戦場を支配する。
「次はあんた! 休日出勤手当も追加ね!」
ガッ! バキッ!
彼女が通り過ぎた後には、泡を吹いて気絶した男たちの山が築かれていく。
「す、すげぇ……。あいつら、本当に二人だけかよ……」
倉庫の隅で、ギルバート商会の幹部が腰を抜かしていた。
自慢の魔法部隊が、たった二人の侵入者に蹂躙されている。これは悪夢だ。
「お、おい! 取引は中止だ! 逃げるぞ!」
幹部が這いつくばって裏口へ向かおうとした。
だが、その目の前に、一足のタクティカルブーツが立ちふさがった。
「……どこへ行くつもりだ」
冷徹な声。
見上げると、そこには赤マルを咥え、Korthのリボルバーを構えた男――鮫島勇護が立っていた。
龍魔呂が掃除した正面入口から、悠々とエントリーしてきたのだ。
「ひィッ!? た、助け……!」
「動くな。動けば、公務執行妨害で撃つ」
鮫島は幹部に銃口を向けたまま、インカムで部下たちに指示を飛ばす。
「ブリーチャー(イグニス)、暴れすぎだ。証拠品(木箱)を燃やすなと言っただろう。豚汁抜きにするぞ」
『げぇっ!? わ、わりぃ隊長! つい楽しくなっちまって!』
「ポイントマン(キャルル)、制圧速度が遅い。あと5秒で終わらせろ」
『無茶言わないでよ! これでも最速なんだから!』
文句を言いながらも、部下たちの動きは洗練されていた。
イグニスが斧の峰打ちで重装兵を吹き飛ばし、キャルルが残った魔導師の杖をへし折る。
戦闘開始から、わずか3分。
倉庫内の敵戦力は、ほぼ無力化された。
「……状況終了か」
鮫島がリボルバーの撃鉄を戻そうとした、その時。
倉庫の奥、取引相手だった黒ローブの男の一人が、血を吐きながら瓦礫の下から這い出してきた。
「お、のれェェェ……! 太郎国の犬どもがァァァ!」
「まだ元気なのがいたか」
鮫島が再び銃口を向ける。
だが、男は懐から奇妙な形の「鍵」のようなものを取り出し、一番大きな木箱に突き刺した。
「こうなればヤケだ! この国ごと吹き飛べ! 起動しろ、古代の破壊兵器ィィ!!」
ズズズズズ……。
男の魔力に呼応し、木箱が内側から弾け飛んだ。
中から現れたのは、鈍い金属光沢を放つ、全長5メートルほどの巨体。
全身に古代の魔導回路が刻まれた、自律型の殺戮兵器――『魔導ゴーレム』だった。
「ヴヴヴヴ……排除対象ヲ、確認。殲滅モードヘ移行シマス」
ゴーレムの目が赤く輝き、機械的な音声が響く。
その装甲は、現代の魔法や通常の物理攻撃を一切受け付けない、ロストテクノロジーの結晶だ。
「……チッ。面倒なオマケ付きか」
鮫島はタバコを吐き捨て、リボルバーのシリンダーをスイングアウトした。
通常のゴム弾を排出し、ポーチから「特別な弾丸」を取り出す。
「イグニス、キャルル。……残業確定だ。あのデカブツを止めるぞ」
T-SWATの初陣は、まだ終わらない。




