EP 4
天敵、その名はリベラ
T-SWAT結成から数時間後。
鮫島率いるチームは、王都の裏路地にある古びた木造アパートの前にいた。
「いいか、今回のターゲットは違法薬物『魔界パウダー』の売人だ。中にいるのはウェアラット(鼠人族)が数名。武装している可能性が高い」
鮫島がインカム越しに指示を飛ばす。
だが、部下たちは気負いすぎていた。
「へっ、ネズミ狩りか! 俺様の『イグニス・ブレイク』でアパートごと消毒してやるぜ!」
「ちょっとトカゲ! 建物壊したら私のボーナスが減るでしょ! 私が突入して全員蹴り飛ばすわよ!」
イグニスが斧に炎を纏わせ、キャルルが安全靴の紐を締め直す。
鮫島はこめかみを揉みながら、タバコの煙を吐いた。
「……建物は壊すな。犯人も殺すな。あくまで『確保』だ。行くぞ、突入!」
鮫島の合図と共に、イグニスが動いた。
「オラァァァ!! 宅配便だァァァ!!」
ドォォォォン!!
イグニスの蹴りが、アパートのドアを直撃した。
いや、直撃しすぎた。
ドアは蝶番ごと弾け飛び、そのまま部屋の奥の壁を突き破り、裏の路地まで貫通した。
「チュウッ!? な、なんだ!?」
部屋の中で薬物を小分けにしていたネズミ男たちが、驚愕に飛び上がる。
その隙を、今度はキャルルが突く。
「月影流・乱れ鐘打ちッ!」
ガガガガッ!!
マッハの速度で部屋に侵入したキャルルが、残像を残しながら回転蹴りを放つ。
安全靴の鉄芯が、ネズミ男たちの鳩尾に正確にめり込んだ。
防御する暇もない。彼らは「ヂュッ!」と短い悲鳴を上げて、白目を剥いて沈んだ。
「……制圧完了! ほら隊長、残業なしで終わったわよ!」
「俺様のドア破り、完璧だったろ!?」
ドヤ顔の部下たち。
鮫島は、半壊したアパートの壁と、泡を吹いて気絶している容疑者たちを見て、深いため息をついた。
「……お前らな。手加減という言葉を職安で習ってこなかったのか?」
とはいえ、結果は出た。
部屋の奥からは大量の『魔界パウダー』が発見された。現行犯逮捕だ。
***
一時間後。
王都警備隊の取調室を借り、鮫島は逮捕した売人(リーダー格)と対峙していた。
「……吐け。このパウダーの出所はどこだ。お前らごときが扱える量じゃない」
鮫島は机に足を乗せ、コーヒーキャンディを噛み砕きながらドスを利かせた。
ネズミ男は怯えきっている。
「し、知らねぇ! 俺たちはただ運んだだけで……!」
「ほう。なら、お前が一生牢屋でカビの生えたチーズを食うことになるだけだ」
鮫島が手錠をチャラリと鳴らした、その時だ。
ガチャリ。
取調室のドアが、ノックもなく開かれた。
「――そこまでになさい。鮫島隊長」
部屋の空気が一変した。
入ってきたのは、場違いなほど洗練されたスーツに身を包んだ、ハニーブロンドの美女だった。
知的な銀縁メガネの奥で、優雅な瞳が微笑んでいる。
「誰だ、あんたは」
「初めまして。彼の弁護を担当します、リベラ・ゴルドですわ」
リベラ。
その名を聞いた瞬間、隣に立っていた警備隊員が「げっ、悪徳弁護士……」と小声で漏らした。
彼女はマンルシア大陸最大のコングロマリット『ゴルド商会』会長の愛娘であり、勝つためなら手段を選ばない敏腕弁護士として悪名高い。
「弁護士だと? 現行犯だぞ。言い逃れはできん」
「あら、そうですかしら?」
リベラは優雅に書類鞄を開き、一枚の羊皮紙を取り出した。
それは鮫島が申請した『家宅捜索令状』だ。
「隊長。この令状の執行可能時間をご覧になって?」
「……日付が変わる『午前0時』からだ」
「ええ。そして、貴方の部下であるドラゴンさんがドアを粉砕したのは……タロウ時計台の鐘が鳴る、わずか一分前。『午後11時59分』でしたわ」
鮫島は眉をひそめた。
イグニスが張り切りすぎて、突入のタイミングが早かったのだ。
「たかが一分の誤差だ」
「法治国家において、その一分は致命的ですわ。令状の効力発生前の突入は、不法侵入および器物破損。……よって、そこで得られた証拠品も、違法収集証拠として証拠能力を失います」
リベラはニコリと笑い、拘束されているネズミ男の肩に手を置いた。
「さあ、帰りましょう? 貴方は無罪ですわ」
「へ、へへっ! さすがリベラ先生だぜ!」
ネズミ男が勝ち誇った顔で立ち上がる。
鮫島のこめかみに青筋が浮かんだ。
異世界に来てまで、こんなくだらない屁理屈で悪を見逃すのか。
「……待て。コイツは子供にも薬を売っていたクズだぞ。それを逃がすのが、あんたの正義か」
鮫島の低い声に、リベラが足を止めた。
彼女は振り返り、眼鏡の位置を直しながら、冷徹な声で告げた。
「ええ。誰にでも弁護を受ける権利はありますもの。……それに、鮫島さん?」
リベラは鮫島の耳元に顔を寄せ、誰にも聞こえない声で囁いた。
「(……こんなトカゲの尻尾を捕まえて、満足ですか?)」
「(……なんだと?)」
「(本丸を叩きたいのなら、もっと確実な『ネタ』を持ってらっしゃい。……例えば、今夜の港の倉庫とか、ね)」
悪戯っぽくウインクを残し、リベラはネズミ男を連れて部屋を出て行った。
残されたのは、怒りに震える鮫島と、ぽかんとしている警備隊員だけ。
「……クソッ!!」
鮫島は机を蹴り飛ばした。
あの女、最初からこの結末を知っていて、俺を試したのか。
「隊長! あいつら行っちゃったわよ! 蹴っ飛ばして連れ戻す!?」
「燃やすか!? 今なら骨も残さねぇぞ!」
廊下で待機していたキャルルとイグニスが殺気立って入ってくる。
鮫島は大きく息を吐き、新しいコーヒーキャンディを口に放り込んだ。
「……よせ。手を出せば、あのアマの思う壺だ」
だが、手ぶらで帰るつもりはない。
リベラは去り際にヒントを残した。『港の倉庫』。
それが罠なのか、あるいは彼女なりの「正義」なのかは分からない。
だが、情報が必要だ。
「おい、行くぞ。……飯だ」
「え? 飯? 豚汁か!?」
「カツ丼だ。……情報を食ってる厄介な『スパイ』に会いに行く」
鮫島はよれたジャケットを羽織り直す。
法の網を潜り抜ける悪党には、SWAT流の「超法規的措置」で応えるしかない。
そのための鍵を握る、貧乏アイドルを確保するために。




