表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

EP 3

婚活ウサギは安全靴を履いて

 イグニスという「火力」を手に入れた鮫島が次に向かったのは、王都の目抜き通りだった。

 太郎王の近代化政策により、アスファルトで舗装された大通りには、多くの出店や「タロウマート」などの商店が立ち並び、活気に溢れている。

「ひったくりだぁぁ! 誰か捕まえてくれぇ!!」

 突然、悲鳴が上がった。

 人混みを縫って、風魔法で加速ブーストした男が疾走してくる。

 手には豪奢な婦人モノの鞄。

「へへッ! 俺の『疾風歩行ウィンド・ウォーク』に追いつける奴なんざいねぇよ!」

 犯人は勝利を確信し、路地裏へと曲がろうとした。

 だが、その瞬間。

 ――ドンッ!!

 空気が破裂するような衝撃音と共に、犯人の目の前に「何か」が着地した。

 アスファルトが蜘蛛の巣状にひび割れる。

 土煙の中から現れたのは、プラチナブロンドの長い髪と、ピョコピョコ動くウサギの耳を持つ少女だった。

「……え?」

 犯人が呆気にとられた、次の瞬間。

 少女がくるりと回転した。

「月影流――『鐘打ち』ッ!!」

 ゴォォォンッ!!

 重厚な金属音が響き渡る。

 少女の足が、犯人の横っ腹に深々とめり込んでいた。

 魔法の防御など紙同然。犯人は「ぐべらッ!?」と汚い悲鳴を上げて吹き飛び、ゴミ箱に突っ込んで気絶した。

「ふぅ。……時速60キロってとこかな。止まるのにブレーキかけなくていいから楽ね」

 少女――キャルルは、人参柄のハンカチで額の汗を拭った。

 その可愛らしい容姿とは裏腹に、彼女が履いている靴は、太郎国のワークマン系ショップで売られている『鉄芯入り安全靴ハイカットモデル』だった。

「あーあ、またやっちゃった。これじゃまた靴の買い替えだわ……経費落ちないかなぁ」

 キャルルは犯人から鞄を取り返すと、駆けつけた衛兵に引き渡し、謝礼の小銭を受け取って溜息をついた。

「はぁ……これじゃいつまで経っても目標額(1000万)なんて貯まらないよぉ」

 そんな彼女の背後に、赤マルの煙をくゆらせる男が立った。

「いい蹴りだ。安全靴の使い方が分かってる」

「きゃっ!? ……な、なによオジサン。私へのナンパならお断りよ? 私は年収と将来性のある男以外とは口を利かない主義なの」

 キャルルは警戒心を露わにし、いつでも蹴り出せる構えを取った。

 鮫島は懐から、先ほどと同じ(職安から拝借した)求人票の束を取り出す。

「ナンパじゃない。ビジネスの話だ。……お前、月兎族のキャルルだな? 元ガルーダ国の近衛騎士候補」

「ッ!? なんでそれを……まさか、連れ戻しに来た追っ手!?」

「違う。俺は太郎国の治安維持組織、T-SWATの隊長だ。お前のその『脚』を買いに来た」

 鮫島は単刀直入に切り出した。

「単発の冒険者稼業じゃ、結婚資金は貯まらないぞ。怪我をすれば収入はゼロ。装備の修理費も自腹。……不安定だとは思わないか?」

「うぐっ……そ、それは……痛いところを……」

 キャルルの長い耳がしょんぼりと垂れ下がる。

 そこに、鮫島は悪魔の囁き(現代知識)を吹き込んだ。

「俺の部隊に入れば、身分は『国家公務員』扱いだ」

「こっか……こうむいん……?」

「そうだ。国が雇用を保証する。毎月の給料は固定給。怪我をしても労災が下りる。さらに、タロウマートやタロウキングでの『職員割引』も利く」

 キャルルの瞳が、カッ! と見開かれた。

 彼女の脳内で、電卓が高速で弾かれる音が聞こえるようだ。

「固定給……労災……職員割引……!?」

「それに、『公務員』という肩書きは婚活市場において最強の武器になる。安定した収入のある妻は、夫から見ても魅力的だからな」

「やります!!!」

 食い気味だった。

 キャルルは鮫島の手をガシッと握りしめ、目をキラキラと輝かせた。

「私、やります! 悪党でも魔王でも蹴り飛ばします! だからその『公務員』ってやつにしてください!」

「……契約成立だな。コードネームは『ポイントマン(斥候)』だ」

 チョロい、と鮫島は思った。

 だが、これで「火力イグニス」と「機動力キャルル」が揃った。

 ***

 一時間後。T-SWAT本部(汚い倉庫)。

「……ねえ隊長。ここ、本当に役所なの? 廃墟じゃなくて?」

「予算の都合だ。中は多少マシだぞ」

 キャルルは疑わしげな目で倉庫を見上げたが、中に入ると、そこにはすでに先客がいた。

 ドラム缶の横で、大事そうに豚汁の空き椀を舐めている赤髪の巨漢だ。

「あぁ? なんだァ、その女。新入りか?」

「げっ。あんた、職安でよく見かける『燃やしすぎのイグニス』じゃない。……え、まさか同僚?」

「なんだとコラ! 俺様は『ブリーチャー』様だぞ! お前みたいなチビウサギ、ブレスで丸焼きにしてやる!」

「ハァ? やんのかトカゲ野郎! 私の安全靴でスネを砕かれたいようね!」

 出会って3秒で喧嘩が始まった。

 イグニスが火の粉を散らし、キャルルが高速でステップを踏む。

 狭い倉庫の中で、S級の魔力と闘気が衝突しようとしたその時。

 パンッ!

 乾いた破裂音が響いた。

 二人の足元、わずか数センチの床に、銃弾がめり込んでいた。

「……お前ら。俺の倉庫で暴れるなら、修理費は給料から天引きするぞ」

 鮫島が、硝煙の昇るリボルバーを構えていた。

 その目は、完全に据わっている。

 「給料天引き」というパワーワードに、二人はピタリと動きを止めた。

「き、給料は……困る……」

「わ、私の結婚資金が……」

「分かったら座れ。作戦会議だ」

 鮫島はホワイトボードの前に立ち、二人の問題児を見下ろした。

 火力馬鹿のドラゴン。

 守銭奴のスピードスター。

 そして指揮官は、金欠の元SWAT隊長。

「最初の任務ヤマだ。……今夜、違法薬物『魔界パウダー』の取引現場を押さえる」

 こうして、世界で最も凶悪で、最も予算のない特殊部隊が結成された。

 だが彼らはまだ知らない。

 その先に、法と秩序をあざ笑う「天敵」が待ち構えていることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ