EP 3
婚活ウサギは安全靴を履いて
イグニスという「火力」を手に入れた鮫島が次に向かったのは、王都の目抜き通りだった。
太郎王の近代化政策により、アスファルトで舗装された大通りには、多くの出店や「タロウマート」などの商店が立ち並び、活気に溢れている。
「ひったくりだぁぁ! 誰か捕まえてくれぇ!!」
突然、悲鳴が上がった。
人混みを縫って、風魔法で加速した男が疾走してくる。
手には豪奢な婦人モノの鞄。
「へへッ! 俺の『疾風歩行』に追いつける奴なんざいねぇよ!」
犯人は勝利を確信し、路地裏へと曲がろうとした。
だが、その瞬間。
――ドンッ!!
空気が破裂するような衝撃音と共に、犯人の目の前に「何か」が着地した。
アスファルトが蜘蛛の巣状にひび割れる。
土煙の中から現れたのは、プラチナブロンドの長い髪と、ピョコピョコ動くウサギの耳を持つ少女だった。
「……え?」
犯人が呆気にとられた、次の瞬間。
少女がくるりと回転した。
「月影流――『鐘打ち』ッ!!」
ゴォォォンッ!!
重厚な金属音が響き渡る。
少女の足が、犯人の横っ腹に深々とめり込んでいた。
魔法の防御など紙同然。犯人は「ぐべらッ!?」と汚い悲鳴を上げて吹き飛び、ゴミ箱に突っ込んで気絶した。
「ふぅ。……時速60キロってとこかな。止まるのにブレーキかけなくていいから楽ね」
少女――キャルルは、人参柄のハンカチで額の汗を拭った。
その可愛らしい容姿とは裏腹に、彼女が履いている靴は、太郎国のワークマン系ショップで売られている『鉄芯入り安全靴』だった。
「あーあ、またやっちゃった。これじゃまた靴の買い替えだわ……経費落ちないかなぁ」
キャルルは犯人から鞄を取り返すと、駆けつけた衛兵に引き渡し、謝礼の小銭を受け取って溜息をついた。
「はぁ……これじゃいつまで経っても目標額(1000万)なんて貯まらないよぉ」
そんな彼女の背後に、赤マルの煙をくゆらせる男が立った。
「いい蹴りだ。安全靴の使い方が分かってる」
「きゃっ!? ……な、なによオジサン。私へのナンパならお断りよ? 私は年収と将来性のある男以外とは口を利かない主義なの」
キャルルは警戒心を露わにし、いつでも蹴り出せる構えを取った。
鮫島は懐から、先ほどと同じ(職安から拝借した)求人票の束を取り出す。
「ナンパじゃない。ビジネスの話だ。……お前、月兎族のキャルルだな? 元ガルーダ国の近衛騎士候補」
「ッ!? なんでそれを……まさか、連れ戻しに来た追っ手!?」
「違う。俺は太郎国の治安維持組織、T-SWATの隊長だ。お前のその『脚』を買いに来た」
鮫島は単刀直入に切り出した。
「単発の冒険者稼業じゃ、結婚資金は貯まらないぞ。怪我をすれば収入はゼロ。装備の修理費も自腹。……不安定だとは思わないか?」
「うぐっ……そ、それは……痛いところを……」
キャルルの長い耳がしょんぼりと垂れ下がる。
そこに、鮫島は悪魔の囁き(現代知識)を吹き込んだ。
「俺の部隊に入れば、身分は『国家公務員』扱いだ」
「こっか……こうむいん……?」
「そうだ。国が雇用を保証する。毎月の給料は固定給。怪我をしても労災が下りる。さらに、タロウマートやタロウキングでの『職員割引』も利く」
キャルルの瞳が、カッ! と見開かれた。
彼女の脳内で、電卓が高速で弾かれる音が聞こえるようだ。
「固定給……労災……職員割引……!?」
「それに、『公務員』という肩書きは婚活市場において最強の武器になる。安定した収入のある妻は、夫から見ても魅力的だからな」
「やります!!!」
食い気味だった。
キャルルは鮫島の手をガシッと握りしめ、目をキラキラと輝かせた。
「私、やります! 悪党でも魔王でも蹴り飛ばします! だからその『公務員』ってやつにしてください!」
「……契約成立だな。コードネームは『ポイントマン(斥候)』だ」
チョロい、と鮫島は思った。
だが、これで「火力」と「機動力」が揃った。
***
一時間後。T-SWAT本部(汚い倉庫)。
「……ねえ隊長。ここ、本当に役所なの? 廃墟じゃなくて?」
「予算の都合だ。中は多少マシだぞ」
キャルルは疑わしげな目で倉庫を見上げたが、中に入ると、そこにはすでに先客がいた。
ドラム缶の横で、大事そうに豚汁の空き椀を舐めている赤髪の巨漢だ。
「あぁ? なんだァ、その女。新入りか?」
「げっ。あんた、職安でよく見かける『燃やしすぎのイグニス』じゃない。……え、まさか同僚?」
「なんだとコラ! 俺様は『ブリーチャー』様だぞ! お前みたいなチビウサギ、ブレスで丸焼きにしてやる!」
「ハァ? やんのかトカゲ野郎! 私の安全靴でスネを砕かれたいようね!」
出会って3秒で喧嘩が始まった。
イグニスが火の粉を散らし、キャルルが高速でステップを踏む。
狭い倉庫の中で、S級の魔力と闘気が衝突しようとしたその時。
パンッ!
乾いた破裂音が響いた。
二人の足元、わずか数センチの床に、銃弾がめり込んでいた。
「……お前ら。俺の倉庫で暴れるなら、修理費は給料から天引きするぞ」
鮫島が、硝煙の昇るリボルバーを構えていた。
その目は、完全に据わっている。
「給料天引き」というパワーワードに、二人はピタリと動きを止めた。
「き、給料は……困る……」
「わ、私の結婚資金が……」
「分かったら座れ。作戦会議だ」
鮫島はホワイトボードの前に立ち、二人の問題児を見下ろした。
火力馬鹿のドラゴン。
守銭奴のスピードスター。
そして指揮官は、金欠の元SWAT隊長。
「最初の任務だ。……今夜、違法薬物『魔界パウダー』の取引現場を押さえる」
こうして、世界で最も凶悪で、最も予算のない特殊部隊が結成された。
だが彼らはまだ知らない。
その先に、法と秩序をあざ笑う「天敵」が待ち構えていることを。




