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EP 2

職安のドラゴンと、豚汁の契約

 翌朝。

 王都の外れにある第3倉庫――通称『T-SWAT本部』の空気は、湿ったカビと絶望の味がした。

「……残高、マイナスか」

 ドラム缶をテーブル代わりにして、鮫島は通帳を睨みつけていた。

 昨日の銀行強盗制圧は見事だった。だが、そこで使用したスタングレネードと特殊弾薬の補充費が、国からの報奨金を上回ってしまったのだ。

 ルチアナとの密約で仕入れている地球製装備は高性能だが、維持費が異常に高い。

「このままじゃ、次の出動で弾切れだ。……安くて、頑丈で、俺の代わりに壁をぶち破ってくれる『重機』みたいな奴が必要だ」

 鮫島は冷めたコーヒーを飲み干すと、よれたジャケットを羽織って外に出た。

 向かう先は、王都リバーサイド地区。

 通称――『テント村』だ。

 ***

 太郎国は豊かな国だ。だが、光があれば影もある。

 リバーサイド地区には、職を失った者や、夢破れた冒険者たちが身を寄せる、ボランティア運営のテント村が広がっていた。

「……並んでるな」

 昼時。炊き出しの列は長蛇のなっていた。

 その最前列付近に、見覚えのある少女の姿があった。

 人魚族のアイドル、リーザだ。

 彼女は真剣な眼差しで、持参したタッパーを握りしめ、配給のおばちゃんに「大根の葉っぱ、多めでお願いします!」と交渉している。

(……あのアイドル、またいるのか。逞しいな)

 鮫島は心の中で敬礼しつつ、列の最後尾に近いベンチに視線を移した。

 そこに、周囲から浮きまくっている男がいた。

 燃えるような赤髪。額から突き出た鋭い二本の角。

 背中には、折り畳まれた立派な竜の翼。

 着ている革鎧は少し煤けているが、明らかに高級な素材――竜の鱗で作られた一級品だ。

 イグニス・ドラグーン。22歳。

 竜の里から出てきたエリート……のはずだが、現在は職安ハローワーク帰りの無職である。

「はぁ……。なんで俺様が、こんな所でトライバードと睨めっこしなきゃなんねぇんだ……」

 イグニスは深く溜息をつき、足元の石ころを蹴っ飛ばした。

 その石が、うっかり公園の木に当たる。

 ボッ!

 瞬間、石が摩擦熱(?)で発火し、木の幹が黒焦げになった。

「あ、やべっ」

 イグニスは慌てて手で火を消した。

 その様子を、鮫島は冷静に観察していた。

(……過剰火力。制御不能。だが、あの威力は使える)

 鮫島はタバコに火をつけ、ゆっくりと竜人に近づいた。

「いい火力だ。ライターがいらないな」

「あぁ? ……誰だテメェ。俺様をスカウトに来た冒険者か?」

 イグニスは鮫島を睨みつけた。

 痩せ我慢をしているが、その腹からは「グゥ~」という情けない音が鳴り響いている。

「スカウトには違いないが、冒険者ギルドじゃない。……お前、またクビになったんだろ? 『素材を燃やしすぎる』って理由で」

「ッ!? な、なんでそれを……!」

 図星を突かれ、イグニスが動揺する。

 鮫島は、懐から一枚の求人票(職安から盗み見たデータ)を取り出した。

「冒険者稼業は『成果物』が全てだ。毛皮を焦がせばゴミになる。牙を砕けば無価値だ。お前のその馬鹿げた火力は、狩りには向いてない」

「う、うるせぇ! 俺様の『イグニス・ブレイク』は最強なんだよ! 手加減なんかできねぇんだよ!」

 イグニスが叫ぶ。その瞳には、認められない悔しさと、空腹による涙が滲んでいた。

 最強であるがゆえに、社会から弾き出された男。

「なら、俺が雇ってやる」

 鮫島は、炊き出しの列から戻ってきたおばちゃんを呼び止め、金貨ではなく小銭を渡した。

 受け取ったのは、湯気を立てる二つの椀。

 具沢山の豚汁。しかも、オプションの『煮卵』入りだ。

「……は?」

「食え。面接だ」

 鮫島は豚汁をベンチに置いた。

 味噌と出汁の暴力的な香りが、イグニスの鼻腔を直撃する。

 竜人の喉が、ゴクリと鳴った。

「俺の仕事は『SWAT』だ。狩りじゃない。制圧だ」

「すわっと……?」

「そうだ。俺たちが相手にするのは、法を破る悪党だ。犯人が立てこもったドア、逃げ込んだビルの壁、邪魔なバリケード……。それらは『素材』じゃない。ただの『障害物』だ」

 鮫島は、自分用の豚汁をすすりながら、イグニスの目を見て告げた。

「俺の部隊では、素材の価値なんて気にしなくていい。邪魔なものは全部燃やせ。粉砕しろ。……お前のその過剰な火力バカヂカラ、俺が全部『必要経費』として処理してやる」

「……燃やして、いいのか? 怒られねぇのか?」

「あぁ。俺が許可する。ドア一枚につき、豚汁一杯だ」

 イグニスの手が震えた。

 誰からも「迷惑だ」「やりすぎだ」と否定され続けてきた彼の力。

 それを初めて、「必要だ」と言ってくれる男が現れた。

 イグニスは、恐る恐る豚汁を口に運んだ。

 熱い汁が、空っぽの胃袋に染み渡る。

 煮込まれた野菜の甘みと、煮卵のコク。それは、故郷の母ちゃんが作ってくれた鍋の味に似ていた。

「……う、うめぇ……」

 ボロボロと、竜人の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

 プライドの高い「俺様キャラ」の仮面が、豚汁の湯気で溶けていく。

「うめぇよぉ……ちくしょう……!」

「契約成立だな」

 鮫島はニヤリと笑い、泣きながら豚汁をすする巨漢の肩を叩いた。

「歓迎するぞ、イグニス。今日からお前のコードネームは『ブリーチャー(突入担当)』だ」

「ぶりーちゃー……わかんねぇけど、強そうだな……! 俺様、やるぜ! 豚汁のためなら、魔王の城だって壊してやる!」

 こうして、T-SWATに最初の隊員が加わった。

 火力はS級、知能はE級、コストは豚汁。

 理想的な「生きた破城槌」を手に入れた鮫島だったが、まだ足りない。

 パワーの次は、スピードだ。

(次は、あの噂の『ウサギ』だな……)

 鮫島は残りの汁を飲み干し、次なるスカウト対象――安全靴を履いた婚活狂戦士の元へと向かうのだった。

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