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EP 6

涙の逃走エスケープ

「……いい匂い」

テント村の中心広場。

そこには、絶望と希望が入り混じった長蛇の列ができていた。

巨大な寸胴鍋から立ち上る、味噌と豚肉、そして根菜が煮込まれた芳醇な香り。

『豚汁』だ。

「並ぶわよ、ツーちゃん。ここが正念場よ」

「は、はい……!」

リーザとNo.2(ルルシア)は、ボロボロの服を着たおじさん達に混じって列に並んだ。

ルルシアの仮面は既に外され(質屋に入れようとして断られた)、ドレスは泥と草の汁で薄汚れている。

もはや、どこからどう見ても「生活に困窮した家出少女」だった。

「お嬢ちゃん達、新入りかい? 寒い中大変だなぁ」

「ほら、俺のカイロ使いな。ぬるいけど」

前後に並ぶホームレスのおじさん達が、優しく声をかけてくる。

普段のルルシアなら「気安く触るな下民が!」と衝撃波で吹き飛ばしていただろう。

だが今の彼女は、その優しさに涙ぐんでいた。

「あ、ありがとうおじさん……。あったかい……」

(……なんで? 私、ナンバーズの幹部なのに。世界を支配する側なのに。なんで歯の抜けたおじさんに優しくされて感動してるの……?)

自己矛盾。

コピーした【貧困耐性S】が馴染みすぎて、オリジナルの自我を浸食していく恐怖。

「次の方ー! お待たせしました!」

ついに二人の番が来た。

割烹着を着たボランティアのおばちゃんが、満面の笑みでお椀を差し出す。

「あらあら、可愛い子達だねぇ。お腹空いたでしょ? お肉多めに入れとくからね!」

ドプンッ。

お玉ですくわれた具材が、並々と注がれる。

黄金色に輝く脂。湯気。

それは、宝石箱よりも輝いて見えた。

「あ……あぁ……」

ルルシアは震える両手で、温かいお椀を受け取った。

指先から伝わる熱が、冷え切った体に染み渡る。

「いただきまーす!!」

隣のリーザは、既に椀に口をつけ、猛獣の勢いで啜り始めていた。

「はふっ! 熱っ! うまっ! 大根シミシミ~!」と幸せそうな声を上げている。

ルルシアも口をつけようとした。

豚肉の香りが鼻孔をくすぐる。

その瞬間。

プツンッ。

彼女の中で、何かが切れた。

(……私は、キャリデリン伯爵令嬢よ)

(毎朝、焼きたてのパンと紅茶を飲んでいたのよ)

(なんで……なんで私、こんなところで、知らないおじさん達と並んで、施しのスープを飲もうとしてるの……!?)

「……やだ」

ルルシアの目から、大粒の涙が溢れ出した。

「ツーちゃん? どうしたの?」

リーザが口の周りに味噌をつけながら振り向く。

「いやあああああああああああああッ!!!!」

ルルシアは絶叫した。

夜のテント村に響き渡る、魂の悲鳴。

「もう嫌ぁぁぁぁ! 雑草なんて食べたくないぃぃ! 床の玉拾いたくないぃぃ! お家に帰りたいぃぃぃ!!」

彼女の手から、豚汁のお椀が滑り落ちる。

スローモーションのように宙を舞うお椀。

「あっ!?」

リーザが目を見開く。

「うわあああぁぁぁん!! ママぁぁぁぁ!!」

ルルシアは踵を返すと、脱兎の如く走り出した。

もはや彼女の中に「No.2」としての矜持も、任務も残っていなかった。

あるのは、ただ「この惨めな現実から逃げ出したい」という一心のみ。

「ちょ、ちょっとツーちゃん! 待って!」

リーザが呼び止める……かと思いきや。

シュバッ!!

リーザは音速の動きでスライディングし、地面に落ちる寸前の「お椀」を見事にキャッチした。

一滴もこぼさずに。

「危なーい! ……ふぅ、セーフ。豚肉が地面に落ちるところだったわ」

リーザは遠ざかるルルシアの背中を見送りながら、寂しげに、しかししっかりと二つ目のお椀に口をつけた。

「……行っちゃった。せっかくいいコンビになれると思ったのに」

ズズズッ。

彼女は友の分まで、豚汁を美味しく完食した。

***

その様子を、テントの影から見つめる男たちがいた。

T-SWAT隊長の鮫島と、イグニスだ。

「……隊長。あの子、逃げてったけど」

イグニスが焼き鳥(ボランティアの賄い)を食いながら言う。

「ああ。……組織の仮面をつけていたな。おそらく、ナンバーズの構成員か、幹部クラスだろう」

鮫島はタバコの煙を吐き出し、走り去った少女の方向を見た。

「追わなくていいのか?」

「必要ない」

鮫島は、豚汁を二杯完食して「おかわり!」と叫んでいるリーザを見て、肩をすくめた。

「既に『敗北』している。……精神的にな」

リーザという天然の兵器(貧乏神)に巻き込まれ、自滅した哀れな刺客。

彼女が再び立ち直り、敵として現れるには、相当なリハビリとカウンセリングが必要だろう。

「それにしても……」

鮫島はリーザを見た。

「あいつ、ある意味で最強の『防衛システム』かもしれんな」

T-SWATは何もしなかった。弾一発撃たずに、敵幹部一人を再起不能リタイアに追い込んだのだから。

「よし、俺たちも食うか。……おばちゃん、俺にも豚汁くれ。七味たっぷりでな」

「おう! 俺様はおかわりだ! 肉だけでいいぞ!」

こうして、No.2による潜入作戦は、豚汁の湯気と共に霧散した。

だが、ナンバーズの脅威が去ったわけではない。

むしろ、この失態が引き金となり、No.0(ギアン)の本気の怒りを買うことになる。

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