EP 5
試食と雑草のフルコース
『いらっしゃいませ~♪ タロー、タロー、タローソン♪』
軽快な入店音が、空腹の二人に追い打ちをかける。
タローソン王都中央店。
店内には、深夜だというのに数名の客がいた。
「いい? ツーちゃん。まずは偵察よ」
リーザが商品棚の影から、ホットスナックコーナーを凝視する。
そこでは、エルフの店員がフライヤーで何かを揚げながら、カウンター上の『試食コーナー』に爪楊枝を刺したウィンナーを並べていた。
『新発売! 激辛チョリソー! 今ならご試食いただけます!』
赤いポップ。湯気を立てる肉片。
ルルシアの喉がゴクリと鳴る。
「おいしそう……。ねぇ、もう行っていい? 全部食べていい?」
「バカッ! 焦るんじゃないわよ!」
リーザが小声で叱咤する。
「いいこと? 試食は『購入を検討している客』の特権なの。ガツガツ行ったら『貧乏人』としてマークされるわ」
「うっ……ハイエナ……」
「まずは私が手本を見せるわ。……見てなさい」
リーザは深呼吸をし、背筋を伸ばした。
そして、優雅な(ボロボロの服だが)足取りでカウンターへ歩み寄る。
「あら、良い香り。新商品かしら?」
「はい! 激辛チョリソーです。よろしければどうぞ」
リーザは「あらそう、一ついただこうかしら」という余裕の表情で爪楊枝を手に取り、口に運んだ。
その瞬間、彼女の表情が至福に歪むのを、ルルシアは見逃さなかった。
(噛んだ! 肉汁が出た! 飲み込んだ!)
「ん〜、スパイシーで素敵ね。……でも、ちょっと辛すぎるかしら? もう一つ確認のために……」
「どうぞどうぞ」
リーザは自然な流れで二つ目をゲット。
そして「検討しますわ」と微笑んで、何も買わずに雑誌コーナーへ退避した。
「完璧……! あれぞ王族の振る舞い……!」
ルルシアは感動した。
「さぁ、次はツーちゃんの番よ。……その仮面、逆に目立つから外しなさい」
「えっ、でも……」
「いいから! 素顔の方が『あ、可愛いから許すか』ってなる確率が上がるの!」
ルルシアは渋々、組織の仮面を外した。
現れたのは、深窓の令嬢らしい可憐な美少女の素顔。
彼女は意を決して、カウンターへと特攻した。
「あ、あの……! し、試食……いいですか……?」
「はい、どうぞ!」
店員が笑顔で勧める。
ルルシアは震える手でウィンナーを手に取った。
口に入れた瞬間、肉の旨味とスパイスの刺激が脳髄を直撃した。
「んんっ……!」
美味い。美味すぎる。
伯爵家のフルコースより、高級レストランのステーキより、この一口の加工肉が美味い。
涙が出そうだった。
「お気に召しましたか?」
「は、はい……! あの、もう一つ……!」
ルルシアは理性を失いかけた。
さらに手を伸ばそうとする。三つ、四つと皿ごと掴もうとする。
「あっ、お客様、お一人様一つまでで……」
「うるさい! 寄越せ! 私は腹が減ってるのよぉぉ!」
「ツーちゃん! 撤収!!」
暴走しかけたルルシアの首根っこを、リーザが掴んで引きずった。
店員の「あっ、ちょっと!」という声を背に、二人は店外へと脱出した。
***
「はぁ……はぁ……。危なかったわよツーちゃん」
「うぅ……ごめんなさい……でも、もっと食べたかった……」
路地裏で肩で息をする二人。
ウィンナー2個と1個。
これだけのカロリーでは、成長期の少女たちの胃袋は満たされない。
むしろ、呼び水となって空腹感は増していた。
「仕方ないわね。……最終手段を使うわ」
リーザが決意の眼差しで向かったのは、街外れの公園だった。
「ここは……?」
「タロー公園。またの名を『無料サラダバー』」
リーザは植え込みの前にしゃがみ込んだ。
そして、生えている草を慣れた手つきで摘み始めた。
「見て、これが『ペンペン草』。シャキシャキしててサラダ向きよ」
「えっ……く、草?」
「こっちは『ノビル』。ちょっと辛いけど、野生のネギみたいなものね」
「ネギ……?」
「そしてこれがメインディッシュ、『タンポポ』。葉っぱはお浸し、根っこはコーヒーになるわ」
リーザは摘みたてのペンペン草を、服で軽く拭って口に放り込んだ。
ムシャムシャ。
「……ん、今日のペンペン草は瑞々しいわね。はい、ツーちゃんも」
差し出されたのは、泥のついた雑草の束。
ルルシアは後ずさった。
いくら何でも、これは一線を超えている。
私は人間だ。伯爵令嬢だ。ナンバーズの幹部だ。
草を食うなんて、家畜のやることだ。
『ギュルルルルル……(限界突破)』
だが、体は正直だった。
コピーしたスキル【王家の誇り(貧困耐性S)】が、目の前の草を「オーガニック野菜」として認識させる。
「い、いただき……ます……」
ルルシアは震える手で草を受け取り、口に入れた。
青臭い。土の味がする。
でも――噛めば噛むほど、微かな甘みと水分が染み出してくる。
(……意外と、イケる!?)
「でしょ? マヨネーズがあればもっと最高なんだけど」
「マヨネーズ……! 欲しい……!」
ルルシアの目から涙がこぼれた。
悲しいからではない。
「味」がしたからだ。生きている実感がしたからだ。
「ううっ、ううっ……! 美味しい……ペンペン草、美味しいよぉ……!」
「よく噛んで食べるのよ。消化に悪いから」
月明かりの下、二人の美少女が並んで雑草を貪り食う。
その光景は、シュールを通り越して、ある種の荘厳さすら漂わせていた。
「……まだ足りないわね」
一通り雑草を食べ尽くしたリーザが、キリッとした顔で立ち上がった。
「えっ、まだあるんですか先輩?」
「ええ。草は前菜。……メインは『肉』よ」
リーザが指差した先。
そこには、太郎国が設置した「テント村」の灯りが見えた。
「あそこでは今夜、伝説の『豚汁』の炊き出しが行われているわ」
「と、豚汁……!?」
「行くわよツーちゃん! 戦争の時間よ!」
「はいっ! ついて行きます!」
もはやルルシアに、ナンバーズの任務など頭になかった。
あるのは「豚汁を食いたい」という、生物としての根源的欲求のみ。
二人は互いに励まし合いながら、湯気の立つ約束の地へと走り出した。




