EP 4
見えすぎる未来、見えない殺意
ナンバーズのアジト。
革張りのチェアーに座るゼロは、苛立ちを隠せずにいた。
「……ツーからの連絡が途絶えた。GPS反応も、魔力反応も消失。……T-SWATに消されたか?」
彼は知らない。
部下のツーが今頃、公園のベンチで新聞紙を布団代わりにして、リーザと共に幸せそうな寝息を立てていることを。
「フン。所詮は捨て駒だ。代わりはいくらでもいる」
ゼロは板チョコを乱暴に噛み砕いた。
ツーが消えたことで、計画に多少のズレが生じた。
T-SWATの動きが予想以上に早い。ならば、こちらから先手を打つ必要がある。
「スリー。準備しろ」
「はっ。次はどちらへ?」
「この国の『裏』を掃除する。……T-SWATと繋がりがある闇の処刑人、『鬼神・龍魔呂』。奴が私の邪魔になると予知が出た」
ゼロの赤い瞳が冷酷に光る。
彼のユニークスキル『未来予知』は、確定した未来だけでなく、自分にとって脅威となる存在をあぶり出すことができる。
そのレーダーが、龍魔呂という男を「特級障害」として警告していたのだ。
「奴を消せば、T-SWATは裏からの支援を失う。……チェックメイトだ」
***
深夜の王都、下町。
路地裏にひっそりと佇む『龍魔亭』。
カラン、カラン。
ドアベルが鳴り、静寂に包まれた店内に、ゼロとスリーが足を踏み入れた。
客はいない。
カウンターの奥で、赤いジャケットの男――龍魔呂が、無言でグラスを磨いていた。
「……いらっしゃい」
龍魔呂は顔を上げず、低い声で迎えた。
その佇まいは、ただのバーテンダーに見える。
だが、ゼロには分かっていた。この男から漂う、死臭のような血の匂いが。
「君が龍魔呂か。……いい店だ。だが、今夜で閉店してもらう」
ゼロはカウンターに歩み寄り、ポケットから出した角砂糖(龍魔呂の好物への皮肉)を弾いて飛ばした。
コロン、と角砂糖がカウンターを転がる。
「……注文がないなら、帰ってくれ」
「帰る? クックック……。君には理解できないだろうね。君の運命は、私がこの店に入った瞬間に詰んでいるんだよ」
ゼロは優雅に両手を広げ、宣言した。
「私はゼロ。世界の支配者となる男だ。……君の死に様を、予知してあげよう」
ゼロは瞳を見開き、ユニークスキル**『未来予知』**を発動させた。
脳内で、数秒後から数分後に起こりうる「戦闘シミュレーション」が高速再生される。
さあ、どう殺してやる?
魔法で焼き殺すか? 空間切断でバラバラにするか?
無数の勝利ルートが見えるはずだ――。
【シミュレーション開始】
ルートA:ナイフによる強襲
(ゼロが隠し持ったナイフで、龍魔呂の喉を突く未来)
ゼロが動く。ナイフが首に届くコンマ1秒前。
龍魔呂の指が動く。
パシュッ。
デコピンのような『指弾』が、ゼロの頭蓋骨を粉砕して貫通した。
→ 結果:死亡(即死)
「……ッ!?」
ゼロの頬に冷や汗が流れる。
なんだ今の未来は? 私が反応すらできずに死んだ?
……まあいい。接近戦はリスクがある。なら、魔法だ。
ルートB:広範囲爆裂魔法
(距離を取り、店ごと吹き飛ばす未来)
ゼロが詠唱を開始する。
龍魔呂がグラスを置く。
世界から「色」が消える。
赤黒い闘気の嵐が店内に吹き荒れ、ゼロは原子レベルで分解され、塵も残らず消滅した。
→ 結果:死亡(消滅)
「ば、馬鹿な……!? 魔法の発動より速い……!?」
ルートC:人質を取る
(スリーを盾にして脅す未来)
龍魔呂の目が赤く光る。
次の瞬間、ゼロの心臓が止まっていた。
殺気だけでショック死させられた。
→ 結果:死亡(心停止)
ルートD:土下座して命乞い
龍魔呂は無視してグラスを磨き続ける。
ゼロが安心した瞬間、後ろから入ってきた鮫島に逮捕される。
→ 結果:社会的死
【シミュレーション・ループ】
ルートE:死亡
ルートF:死亡
ルートG:死亡
ルートH:死亡……死亡……死亡死死死死死死死死死死死……!!!!
「あ、あ……が……?」
ゼロの視界が赤く染まる。
どこを見ても、どの未来を選んでも、結果は**「DEATH」**。
何億通りの未来すべてにおいて、目の前の男は、ただタバコを吸ったり、角砂糖を齧ったりしているだけで、ゼロの命を刈り取っていた。
勝てない。
次元が違う。
これは「人間」じゃない。人の皮を被った「災厄」だ。
「あば……あばばばばば……!!」
現実世界のゼロが、白目を剥いて痙攣し始めた。
脳が処理しきれないほどの「自分の死に様」を見せつけられ、精神が崩壊寸前まで追い込まれたのだ。
股間から、生温かい液体が滲み出し、床を濡らす。
「……おい、どうした」
現実の龍魔呂が、不思議そうに声をかけた。
彼はまだ指一本動かしていない。ただ、グラスを磨く手を止めただけだ。
「客かと思えば……発作か? 水でも飲むか?」
龍魔呂が親切心でコップに水を汲もうと動いた。
その動作が、予知の中の「首をへし折る動作」と重なった。
「ヒィィィィィィッ!!?? ご、ごめんなさいィィィ!!」
ゼロは絶叫した。
世界支配を目論む男の威厳など、微塵もない。
彼は床を這いつくばり、失禁しながら後ろへ下がった。
「スリー! スリーぇぇぇ!! 逃げるぞ! 早くしろォォォ!!」
「ボ、ボス!? どうなされたんですか!?」
スリーは狼狽えたが、主人の尋常ではない怯え方に、即座に能力を発動させた。
「テ、テレポートッ!」
シュンッ。
二人の姿が掻き消えた。
残されたのは、床の汚れと、転がった角砂糖一つ。
「…………」
龍魔呂は、二人が消えた空間を無表情で見つめ、やれやれと肩をすくめた。
「食い逃げならぬ、漏らし逃げか。……最近は変な客が多いな」
彼は雑巾を取り出し、淡々と床を拭き始めた。
自分がたった今、世界を揺るがすテロ組織のボスを、指一本触れずに撃退したことなど、露ほども知らずに。
「……鮫島にツケとくか。掃除代」
龍魔呂は新しい角砂糖を口に放り込み、カリリと噛み砕いた。
最強の男の夜は、今日も平和(?)に更けていく。




