EP 3
貧乏神の感染
タロウマートの屋上。
華麗なドレスがボロボロに破れ、片方のヒールが折れた状態で、ツーは震えていた。
「……か、帰らなきゃ。アジトに戻って、ゼロ様に報告を……」
彼女はNo.3(スリー)からコピーしてストックしていた『テレポート』を発動しようとした。
指を鳴らし、魔力を練り上げる。
「テレポート……!」
――プスン。
空間は微動だにしなかった。
代わりに、彼女の腹から盛大な音が鳴り響いた。
グギュルルルルル……!
「うそ……魔力(MP)が……足りない……?」
ツーは愕然とした。
リーザからコピーした『貧乏神の加護』。このスキルは、所持者の運気を下げるだけでなく、**「燃費を極悪にする」**という隠し効果があった。
常に空腹状態を維持するために、魔力が勝手に胃袋の消化活動へと変換されているのだ。
「そんな……歩いて帰れって言うの……?」
所持金ゼロ。魔力ゼロ。体力エンプティ。
ツーはよろめきながら、非常階段を降り始めた。
***
一時間後。
王都の中央公園。
ベンチの上に、魂の抜けた少女が倒れていた。
「……お腹……すいた……」
ツーの意識は朦朧としていた。
通り過ぎる人々は、彼女を「可哀想な家出少女」あるいは「新しいパフォーマンスアート」だと思って遠巻きに見ている。
世界征服を目論むナンバーズの幹部が、餓死寸前。
あまりにも惨めな最期が迫っていた。
「あら? あなた、さっき屋上にいた子?」
頭上から、呑気な声が降ってきた。
ツーが薄目を開けると、そこには後光が差した青髪の天使――ではなく、大量の「もやし」を抱えたパーカー姿のリーザが立っていた。
「……あ、なたは……タロウマートの……怪物……」
「怪物って失礼ね。私は清純派アイドルのリーザちゃんよ」
リーザはベンチの隣に座り、ツーの顔を覗き込んだ。
「ふーん。顔色が土気色で、目が死んだ魚みたい。……今の私と同じ匂いがするわね」
「……殺すなら……ひと思いに殺しなさい……」
「何言ってんの。お腹空いてるんでしょ?」
リーザはパーカーのポケット(四次元ポケット並みに色々入っている)をごそごそと探った。
取り出したのは、少し潰れた「食パンの耳」の束だった。
「ほら。これ食べなさい。さっきパン屋の裏口で貰ってきた『特上』よ」
「パンの……耳……?」
普段のツーなら、そんなゴミを見るような目で一蹴していただろう。実家では最高級のブリオッシュしか食べたことがない。
だが、今の彼女にとって、その茶色い棒切れは、黄金の延べ棒よりも輝いて見えた。
「た、食べて……いいの……?」
「いいわよ。もやしセールで勝ったから、私は機嫌がいいの」
ツーは震える手でパンの耳を受け取り、口に運んだ。
カリッ。モグモグ……。
その瞬間。
ツーの脳内に電流が走った。
「…………ッ!!!」
香ばしい小麦の香り。わずかに残ったバターの風味。そして、空っぽの胃袋に染み渡る炭水化物の暴力的な旨味。
『貧乏神の加護』が持つスキル効果――【空腹補正:味覚感度3000倍】が発動したのだ。
「お、おいしい……! なにこれ、おいしいぃぃぃ!!」
ツーの目から滝のような涙が溢れ出した。
王室御用達の料理人が作ったフルコースよりも、この湿気たパンの耳の方が、遥かに美味く感じる。
「あぐっ! はぐっ! うめぇ! パンうめぇ!」
「でしょ? 焦げ目がついてるところが特に香ばしいのよねぇ」
リーザはうんうんと頷き、もやしの袋を愛でながら言った。
「人間、見栄を張ってもお腹は膨れないわ。……地面に生えてる草も、パン屋のゴミも、見方を変えれば『ご馳走』になるのよ」
その言葉は、ツーの心に深く突き刺さった。
ナンバーズとして「選ばれし者」であることに固執し、世界を見下していた自分。
だが、今の自分を救ったのは、見下していた「ゴミ」だった。
(この人……凄い。世界の真理を知り尽くしているわ……!)
ツーの中で、リーザへの認識が「敵の強者」から「人生の師匠」へと書き換わった。
「……ごちそうさまでした!」
完食したツーは、口の周りをパン屑だらけにしながら、リーザに向かって土下座に近いお辞儀をした。
「私、勘違いしていました! あなたこそ、真の強者です!」
「え? いや、ただの貧乏アイドルだけど」
「お願いします! 私に、その『生きる術』を教えてください! ……私、もうアジトに帰る魔力もなくて……行き場がないんです!」
リーザは瞬きをした後、ニカッと笑った。
「なるほど、家なき子ってわけね。……いいわよ。私のシェアハウスには入れないけど(家賃的に)、公園での『狩り』のやり方なら教えてあげる」
リーザはベンチの足元に生えていた、黄色い花を指差した。
「例えばこれ。タンポポ」
「お花……ですね?」
「ノンノン。これは『サラダ』よ。葉っぱは少し苦いけど、お湯で湯がけば立派なおかずになるわ」
「サ、サラダ……! 路傍の草が食材に……!?」
ツーは感動で打ち震え、手帳(高級革張り)を取り出してメモを取り始めた。
「パイセン(先輩)! 勉強になります!」
「ふふん、素直でよろしい。ついてきなさい後輩。次は『スーパーの試食コーナーで怒られずに三周する方法』を伝授するわ」
こうして、ナンバーズ幹部・No.2は、組織を離脱し、リーザの「一番弟子」となった。
二人は夕暮れの公園で、仲良く雑草を摘み始めた。
「パイセン、これは?」
「それはドクダミ。お茶にすると健康にいいけど、臭いから上級者向けね」
「なるほど……奥が深い……!」
その頃。
ナンバーズのアジトでは、リーダーのゼロが苛立ちながら貧乏揺すりをしていた。
「……ツーの反応が消えただと? 未来予知にも映らない……まさか、T-SWATに消されたか?」
彼らが想像するよりも遥かに恐ろしい「貧乏」という名の沼に、部下が沈んでいるとは知る由もなかった。




